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ILIAD ~幻影の彼方~  作者: 夙多史
Episode-02
15/119

014 海賊襲来

 シグルズ山岳を、魔物を倒しつつ越えたセトルたちは、その日の夕方にサンデルクへ到着した。

 そこはこれまでの町とは比にならないくらい大きい――大都市である。流石に《学術都市》と言われるだけあって、都市の中心には大きな大学がどんと構えている。

 セトルたちは宿に向かっていた。――と。

「きゃっ!」

 しぐれが通行人の女性とぶつかり、その二人はほぼ同時に短い悲鳴を上げて尻もちをつく。

「またやってるよ……」

 アランは溜息混じりでそう呟き、セトルも呆れたように肩を竦める。

 しぐれはドジというか何というか、よくこんな風に転ぶ。アクエリスでもレストランでウエイトレスとぶつかってたし、まあ、これが彼女らしいと言えばそうなる。

「……ごめん、大丈夫?」

 しぐれは謝り、手を貸そうとするが、女性は答えず、それを無視して立ち上がった。彼女は肩などを出した露出の高い服と短めのスカートを着ていて、腰の後ろのところから長いふわっとした飾りのような物をつけている。その飾りのベルトに、取っ手のある棍のような武器を二つ下げている。オレンジ色の髪は長すぎず短すぎずで、サングラスをしているため種族はわからない。年は二十歳くらいだと思われる。

 女性はそのまま無言で歩き始めた。

「何だ、感じ悪いな……」

 そう言ってアランは彼女の後ろ姿を睨むように見た。すると――

「待ってよ、シャルン!」

 通りの向こうから彼女を追いかけて、藍色の髪を耳に掛からない程度に刈った、彼女と同じ年頃の女性がやって来た。紫のラインが入った白いノースリーブの服に、同色のタイツと二の腕近くまである長い手袋をしている。それと、サングラスも……。

 彼女はセトルたちの前で立ち止まると軽く会釈をする。

「すまない、あいつが失礼を……。あまり気にしないでくれ、あいつもあれで悪気はないんだ」

「まあ、悪いのはこちらですから」

 セトルが言うと、しぐれは恥ずかしそうに何度も頭を下げた。

 すると彼女は微笑み、あの女性――シャルンと呼ばれていた――を追いかけて行き、すぐに見えなくなった。

「何だったんだ?」

 肩を竦め、アランは横目で彼女たちを見ていた。その隣でセトルが苦笑ぎみの微笑みを浮かべる。

「しぐれも、もう少し気をつけてないとね」

「ご、ごめん、うちも一応気をつけてるんやけど……」

「今度からは僕たちもしぐれに気を配ってた方がいいかな?」

 セトルはアランを見る。

「そうだな。じゃ、そろそろ宿へ行こうぜ!」


        ✝ ✝ ✝


「うっぷ!……キモワル」

「早いよアラン! まだ出航もしてないのに……」

 早朝、首都行きの定期船――サンデルクからは帆船――に乗り込んだセトルたちは、アランのいきなりの船酔いに戸惑っているようだった。

 首都《セイントカラカスブルグ》に到着するまで約五日、いままでの船旅でも一番長い。アランにとっては地獄だろう、とセトルは思った。

 そして、三日後のちょうど昼時、船室で休んでいるアランを残し、セトルとしぐれは船の食堂へと向かっていた。

「アラン、だいぶ慣れてきたんちゃう?」

 しぐれが通路を歩きながら言う。

「うん。冗談を言えるくらいだから、もうほっておいても大丈夫と思うよ。まあ、これで船に酔わなくなってくれたら僕らも助かるんだけど」

 ハハハ、と笑い、セトルは小さい溜息をついた。

『うちはセトルと二人っきりになれるからええんやけどなぁ』

 しぐれはセトルから目を反らして小声でそう呟く。

「ん? 何か言った?」

「な、何でもないて、アハハ!」

 しぐれは慌てた様子で手を顔の前で振った。その顔は赤い。そんな彼女を見て、セトルは首を捻った。その時――

 ――ドオォォォォォン!!

 突然爆撃音が轟き、船内が慌しくなった。

「何や、何があったんや!?」

 ぎょっとし、しぐれは辺りを見回す。セトルも息を呑む。すると、向こうで誰かが叫んでいるのが聞こえてくる。

「海賊だー! ――カイザー一味だー!」

 再び爆撃音がし、船が大きく揺れる。外したのか威嚇なのかわからないが、船は無事のようだ。

 その後、多数のわーという雄叫びが聞こえ、海賊たちが船に乗り込んできたことがわかった。この船にも、こんな時のための傭兵がいて、今甲板で激しい攻防戦が繰り広げられているのは音でわかる。だが、必ずしもこちらが勝つとは限らない。

「セトル、どうしよ……」

「僕らも加勢しよう! どうせ逃げ場はないんだからさ!」

 しぐれはセトルの裾を掴んでオロオロしていたが、セトルはかまわず走りだした。それを見たしぐれも、表情を引き締めてあとを追う。

「アランとザンフィは大丈夫やろか?」

「今は信じるしかないよ!」

 そしてT字の角に辿り着いた途端、セトルは、どん! と誰かとぶつかり、尻もちをついた。

「――った……あ、君は!」

 その相手は、この間サンデルクでしぐれとぶつかったあの女性――シャルンだった。

「あんたらはあの時の……」

 もう一人の藍色の髪をした女性もいる。

「何でここにおるんや?」

「フン、首都に行くために決まってるじゃない……」

 しぐれの問いに答えたのは、シャルンだった。すると、彼女は立ち上がる。

「行くわよ、ソテラ!」

「あ、そっちは危険ですよ!」

 彼女が向かった方向は、甲板。そこは今、海賊とこの船の傭兵たちが交戦していて危険である。セトルは止めようと声をかけるが、ソテラと呼ばれた藍色の髪の女性がそれを制した。

「知っている。わたしたちは加勢に行くつもりなんだ」

「加勢に行くわけじゃないわよ、ソテラ!」とシャルン。「わたしはただ、こんなところでみすみす殺されるなんてごめんなだけ! ――わたしにはやらなければならないことがあるから……」

「やらなければならないことって……?」

 しぐれが首を傾げてそう言うが、セトルが半歩前に出てソテラを、シャルンを見る。

「しぐれ、そのことは、後にしようよ。今は海賊たちをどうにかしないと……僕たちも手伝います!」

 セトルがそう言った後ろで、しぐれはゆっくりと頷いた。――と。

「……好きにすれば?」

 振り向かず、シャルンが答えた。するとソテラは驚いたような表情をする。

「わたしたちの邪魔さえしなければ、その二人が何しようと、どうでもいいわ」

 シャルンは吐き捨てるようにそう言うと、再び歩き、いや、走りだした。

 ソテラは嘆息し、それでは頼む、と言って彼女を追う。セトルたちも甲板へと向かう。



「ぐわっ!」

 青いバンダナをした、いかにも海賊という格好の男が、壁に叩きつけられて悲鳴を上げる。

 それをやったのはシャルンだ。あの取っ手のある棍のような武器を両手に一つずつ持っている。ソテラが言うには、あれは《トンファー》というものらしい。

 ここはまだ通路なのだが、ここまで海賊たちが来ているということは、甲板の状況が悪いと言っているようなものだ。

(急がないと!)

 四人は海賊たちを退けつつ甲板へと急いだ。そして――

「一、二……ボスのカイザーを入れて十人か、どうするシャルン?」

 扉の影に隠れて、ソテラが甲板にいる敵の数を数える。生死はわからないが、味方の傭兵は全滅していた。

「少し多い……数を減らそう」

 シャルンはそう言うと、何かを呟きだした。いやこれは、唱えている、霊術だ!

「――闇に呑まれろ、ダークフォール!!」

 突如、海賊たちの頭上に漆黒の巨大な球体が出現する。海賊たちがそれに気づいた時には、もう遅い。漆黒の闇は彼らを呑みこむように降ってきた。多くの悲鳴が上がり、闇が破裂すると、そこに立っていたのは四人だけだった。

(カイザーは残ったか……くそっ!)

 シャルンは舌打ちをすると、セトルたちと共に甲板へ飛び出した。

「何だ貴様らは?」

 禿頭に髭を蓄えた大男が、飛び出したセトルたちを睨んでそう言う。言うまでもなく、この大男が海賊の頭、『カイザー』だろう。

「そうか、これは貴様らの仕業だな!」

 セトルが剣を構え、前に出る。

「もう終わりです。武器を捨てておとなしく捕まってください」

「フン、終わりだと? このカイザー様をなめてんじゃねぇ!」

 鼻で笑ったカイザーは、その巨漢から巨大な斧を振り翳して、思いっきり打ち込む。セトルたちは後ろへ飛び退り、それを躱した。今まで立っていた甲板の床に大穴が開く。

(何てパワーだ!)

 セトルは剣を構え直す。

「お前たち、行け!」

 カイザーはシャルンの術から逃れた三人の部下に命令すると、彼らは不敵な笑みを浮かべて襲いかかってきた。

「雑魚はわたしに任せな! ――三人はカイザーを!」

 ソテラが跳び、部下の一人を回し蹴りで吹き飛ばす。彼女は格闘術を使う。実力はここに来るまでに見ているので、心配はいらない。

「行くよ、しぐれ!」

 セトルはそう合図し、しぐれが頷くの待たないでカイザーに飛びかかった。その勢いで剣を振り下す。

 しかしカイザーは、それを斧で受け、そのままセトルを薙ぎ払った。セトルは空中で体勢を立て直し、うまく着地する。

「今度はこっちや!」

 いつのまにかカイザーの背後に回り込んでいたしぐれが、刀を突きつける。が、カイザーは体を捻ってそれを斧で防いだ。すると――

「――くらいぃ、翠雨(すいう)!!」

 しぐれはそこから連続で、しかも高速に突きを繰り出す。一突き一突きが緑色の閃光に見える。

「ぐぬぅ……」

 カイザーは呻き、額に汗が流れる。そこへ――

「ダークフォール!!」

 先程のシャルンの術がしぐれごとカイザーを呑み込んだ。

「ぬわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 聞こえたのはカイザーの悲鳴だけだった。

 破裂し、闇が消えると、カイザーは倒れていた。しぐれは……立っている。

 彼女が無事なことがわかると、セトルはほっとした。霊術には指向性があることは知っていたが、実際まのあたりにしてみると、わかっていてもひやひやする。

 これは、シャルンは自分たちを味方だと思っている証拠。でなければ、しぐれはカイザーと一緒に倒れていただろう。しかし――

「――しぐれ、危ない!」

 叫び、セトルは走った。カイザーが立ち上がり、斧を振り翳していたのだ。

「俺様が……こんなガキどもにやられてたまるかー!」

「きゃっ!」

 何とか斧を防いだしぐれだが、カイザーのパワーに圧倒され、吹き飛び、床に叩きつけられた。

「はあぁぁぁぁぁ!」

 セトルはカイザーの懐へ飛び込む。そして――

「――飛蹴連舞(ひしゅうれんぶ)!!」

「――飛蹴連舞(ひしゅうれんぶ)!!」

 セトルと同じ技名がカイザーの後ろから聞こえた。シャルンだ!

 同じ技だが最後が違う。セトルは蹴りあげたあとに剣で突きを放つが、シャルンはそこで回し蹴りを放った。

「がはっ!」

 前後からの同時攻撃に、流石のカイザーももう立ち上がれないだろう。しかし、死んではいない。セトルが最後に急所を突かなかったからだ。

「終わったみたいだな」

 雑魚を片づけたソテラが、二人の元に歩み寄り、シャルンは彼女に頷く。

「しぐれ、大丈夫?」

 セトルはしぐれの元へ駆け寄り、招治法をかける。

「ありがと、セトル……そうや、はよ残りの海賊を倒さんと!」

 そうだ、ここにいたのが全員なわけではないだろう。船内にあとどのくらい残党がいるのかわからないが、速くしないと他の乗客や船員たちが危ない。とその時――

「その心配はいらないぜ!」

 そう言って船内から現れたのは――

「アラン!?」

 だった。ザンフィもいる。その後ろからは、多くの乗客や水夫たちがロープで縛った海賊たちを連れて出てきた。

 皆が協力して海賊を撃退したのだ。

「負傷者に手当を、急げ!」

 誰かの号令で、皆は一斉にそれぞれの行動をとる。ソテラがセトルたちの元へ歩み寄る。

「二人がいなかったら勝てなかったかもしれない。ありが――!?」

 その時、近くに倒れていた海賊がナイフを投げてきた。

「ソテラ!」

 シャルンが咄嗟に彼女を庇った。ナイフはシャルンをかすめ、サングラスを弾き飛ばした。すぐさまアランがその海賊に止めを刺す。――と。

「あ、赤い瞳……」

 しぐれは驚いたように呟いた。シャルンの瞳は赤、いや、どちらかと言うとオレンジに近い。それは、《ハーフ》の瞳だった。

「いやっ!」

 シャルンは手で瞳を隠すように覆い、サングラスを探してそれをかける。

「シャルン……ハーフやったんや」

 周りには聞こえないようにしぐれが言った。すると、ソテラがシャルンの前に出る。

「シャルンだけではない、わたしも……ハーフだ」

 ちらっと見せたソテラの瞳は、確かにハーフのものだった。

「だったら何?」シャルンがどこか憎しみの混じった声で言う。「お前らも今までの奴らと同じようにわたしたちを――」

「よせ、シャルン」

 諫めるようにソテラは座り込んでいる彼女の肩に手を置いた。そして三人を見る。

「これ以上……何も言わないでくれ。わたしらハーフは、ハーフだからという理由だけで両方の種族から石を投げられてきたんだ。とくに、シャルンの傷は……深い」

 そして彼女はシャルンに肩を貸し、船内の方へ歩き出した。

「その気持ち、僕はよくわかります」

「セトル……」

 表情を悲しげにして、しぐれは彼を見て呟いた。

 ソテラは立ち止り、セトルを振り向いた。その顔には薄い笑みを浮かべている。

「――そうか、あんたの目、青いからな。きっとわたしたちよりつらいことがあったのだろうな。ハーフですらないあんたは……」

「…………」

 シャルンは俯いたまま黙っていた。

 二人はそのまま何も言わず、船内に入って行った。

「そういえばアラン、船酔いはもう大丈夫なの?」

 毒気を抜くような明るい声で、セトルは平然とそこに立っているアランにそう訊いた。

「せ、せや、何かピンピンしてるし、最初から酔ってなかったみたいや」

 しぐれも調子を合せて言う。

「え? ああ――うっ! キモ……ワル……」

 思い出したようにアランの顔色は一気に悪くなった。手で口を押さえ、その場にしゃがみ込む。

「わっ! アランしっかりしぃ!」

 看病の船旅は続く。首都まであと、二日――。


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