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ILIAD ~幻影の彼方~  作者: 夙多史
Episode-02
14/119

013 続く旅、その頃

「――苦無(くない)!!」

 巨大な角の生えた猪の魔物、《ボアホーン》の額にしぐれの投げた両刃ナイフのような物が刺さる。するとボアホーンは悲鳴を上げ、彼女から逃げるように走り出す。

 しかし、そこにはアランが。

「そっち行ったでアラン!」

「――任せな、瞬連斬(しゅんれんざん)!!」

 一閃、さらに一閃。目にも留らぬ速さで、二度ボアホーンを斬り刻む。白いたてがみが散り、ボアホーンは霊素(スピリクル)へと還った。

「……これで全部だな」

 ふう、と息をつき、アランは汗を拭った。

 ソルダイを出て南に三日ほど進むと、《シグルズ山岳》という大きな山がある。そこを越えれば、学術都市サンデルクはもう目と鼻の先だ。

 まだ日は高い。

 これから下りに入るというときに、セトルたちはボアホーンの集団に襲われたのだった。三人と一匹で協力し合い、ようやく倒すことができたが、おかげでかなりの時間を消費してしまった。

「もうこんな時間か……メシにしようぜ!」

「さんせ~い」

 アランの提案に二人は疲れた様子で同時に片手を挙げた。

「ようし、ちょっと待ってな!」

 言うと、アランは手ごろな石で円形の囲いを作り、その辺りに落ちている乾いた枝を、そこへ重ねるように積む。そして紙をちぎって中に入れ、それに火をつけた。煙が立ち昇り、枝がいい感じに燃え始める。

「さてと……」

 アランはそこにあった岩に腰掛けると、荷物の中から調理道具と材料を取り出す。ひき肉と玉ねぎをよく練ったものを何等分かに分け、それぞれを丸くまとめてキャベツの葉一枚で丁寧に包み込む。さらに葉をもう一枚使い、具がはみ出さないようにしっかりと包んだ。そして形を整え、タコ糸のような細い糸を十字にかけ、小包のように縛る。

 次は、火にかけた鍋にこれを並べ入れ、水筒に入れていたスープを注ぎ、蓋をして煮込む。

 じゅう、と音がして、香ばしい匂いが辺りを漂い始める。

 そして何分かして、十分煮込んだと判断したアランはそれを取り出し、縛っていた糸を切りはずし、形が崩れないように皿に盛りつける。

 その後、残ったスープに水で溶いたコーンスターチを加えてとろみをつけ、皿に盛りつけたそれにかける。

「《ロールキャベツ》……できたぜ、ほら!」

 アランは蓄えていたパンと、できあがったロールキャベツを一緒に差しだす。先にしぐれが受け取り、セトルもザンフィに木の実をあげたあとに受け取った。

「いただきまーす!」としぐれ。「あ、これうまいやん! アランってやっぱ料理上手やわぁ」

 ロールキャベツを一口食べて、しぐれは顔を輝かせる。そしてぼそっと、

「うらやましい……」

 と呟いた。セトルも一口かじる。

 確かにうまい。歯を立てると中から肉汁が飛び出し、口の中に甘味と旨味が溢れる。

「村ではじっちゃんと二人暮らしでな、料理は基本的に俺が作ってたから、自然と覚えたんだよ」

 アランは鼻の頭を掻き、ヘヘッ、と笑った。

 そんな二人の会話を聞きながら、セトルはパンをかじって空を仰いだ。

(サニー、今ごろどうしてるだろう?)


        ✝ ✝ ✝


「ここが……あなたの部屋です」

 金色のドアノブを回して、ウェスター・トウェーンはサニーにそう言った。その部屋はスレイプニル号の船室とは違い、見たことがないくらい豪華だった。

 ここは彼の邸、どこの貴族よ、とサニーが思うほど大きい。彼女でなくても邸の中で迷ってしまいそうだ。

「裁判までまだ日があります。この邸内なら自由に過ごしてもかまいませんが、外には出ないでくださいよ」

 眼鏡のブリッジを押さえながらウェスターが言う。

「わかってるわよ! それにしても、この家ってホントにウェスターの家なの? いくつ部屋があるのよ?」

 田舎者丸出しのサニーは怪訝そうにキョロキョロと辺りを見回す。アクエリスまでは両親に連れられて行ったことがあるが、こんなに大きな邸は見るのも入るのも初めてだ。

「そうですよ」ウェスターは含み笑いを浮かべる。「弁護士以外にも王の相談役など、いろいろやっていますからね。部屋の数は……わかりませんねぇ♪」

「いろいろって?」

「そうですね……新しい霊導機械の開発、とかですかね」

 すると彼は踵を返す。

「では、私はこれから裁判の準備がありますから、何かありましたらメイドの者に言ってください」

 そう言い残し、ウェスターはだだっ広い廊下の向こうへと消えていった。

 一人残されたサニーは部屋に入ると、ベッドに仰向けで倒れ込んだ。そして何かを思いついたような顔をする。

「そうだ! どうせ暇なんだし、この家を探検してみよう♪」

 彼女は飛び起きると、部屋を出て適当な方向に歩き始めた。そして――

「……あれ? ここどこ?」

 迷った――。


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