114 それぞれの決着
「――エレメンタルブラスター!!」
スラッファの虹色の矢は放つと同時に巨大化。強い輝きを放ち、凄まじいスピードでまっすぐにしぐれとウェスターに襲いかかる。
大きすぎて躱せるものではない。
「ウェスターは下がっとき。うちがなんとか防いでみる」
前に出ようとするしぐれを、しかしウェスターは手で制した。
「その必要はありません。ここは任せてください」
虹色の爆発が起こった。
勝利を確信した表情でスラッファは踵を返そうとする。が、煙の中に浮かぶ人影に眼鏡の奥の瞳を驚愕させる。人影は立っている。それもウェスター・トウェーンと雨森しぐれだけではない。その前にもう一人何者かが立っていた。
「精霊か」
ウェスターは召喚士でもある。スラッファはすぐにそうだとわかった。
「精霊王だ。間違えるなそちらのメガネ」
その声はウェスターでもしぐれでもない。あの精霊のものだ。煙が晴れると、神衣を纏った金髪の美青年がウェスターたちの前にいた。彼はルビー色の瞳を愉快げに細める。
「おい、召喚士。とどめはお前が刺せ」
「ええ、そのつもりです。ですから、少しの間だけ時間を稼いでくれませんか?」
眼鏡の位置を直してウェスターが頼む。しぐれは彼らの後ろで呆然としていた。これが精霊神ピアリオン。今、どうやってスラッファの攻撃を防いだのかさっぱりわからなかった。
「フ、いいだろう。だが、私がここにいられる時間はあと一分もないぞ?」
「十分です」
それを聞くとピアリオンは唇を不敵に歪ませた。そして、一瞬でスラッファの目の前に移動する。
「な!?」
驚きつつ、スラッファは霊素の矢を〝神弓〟ケルクアトールにかける。それを至近距離で放つ。だが、ピアリオンはその矢をまるで止まっているものを掴むように簡単にキャッチした。
「何!?」
またも驚くスラッファ。これはまともに相手をするべきではない。
咄嗟に横に跳び、術者であるウェスターを狙う。飛んでいく輝きの矢は、突如開いた空間の穴の中に消えていった。
「そうか! 時と空間を統べる精霊の神、ピアリオンだな」
そこでスラッファはようやくアレが何の精霊なのか理解した。神の力を返している自分が、神相手に勝てるはずがない。
「『王』だと言っている。覚えろ、メガネ」
「僕もメガネじゃなくて『スラッファ』っていう名前があるん――!?」
完全にピアリオンのペースに呑まれていたスラッファは、いまさらながらウェスターがやろうとしていることに気づいた。
霊素が、異常に集まっている。上級術以上の霊術を使うつもりだ。
止めようとしても、恐らくピアリオンがそれを許さない。――まずい。
「――万物を司る霊素の囁き、我が名において神威の力となせ」
雪がそのまま輝いたような神秘的な光がウェスターの周りで吹き荒れる。
「――終わりです、ゲシュペンド・ウィスペル!!」
唱えたと同時にピアリオンが消える。強い光が放たれたと思うと、スラッファは真っ白な世界の中にいた。
(……やられたね)
輝きの流れがスラッファに集う。次の瞬間、締めつけられるような凄まじい力が彼にかけられる。絶叫するスラッファ。爆発が起き、白の世界は崩壊して元に戻る。
スラッファは倒れていた。もうピクリとも動かない。
「やったんか?」
「そのようです。生きていたとしても、もう動けないでしょう」
ウェスターは眼鏡を押さえて答える。
「ほんなら早よセトル追わんと!」
「ですね。行きましょう」
☨ ☨ ☨
黒いものがアイヴィの足下で渦巻いた。それは闇霊素の集まりだった。
「――ダルクロウゼン!!」
阻止しようと飛び込んだアランとシャルンだが、既に遅かった。
「うわっ!」
「なに!」
アイヴィが〝神槍〟フェイムルグで床を突いた途端、渦巻いていた黒が膨れ上がり、巨大な薔薇の花のような形を作った。それが、二人を包み込む。エネルギー体でできている薔薇だ。触れれば痛い――では済まない。黒薔薇の中、アランとシャルンの悲鳴が上がり、その悲鳴もやがて聞こえなくなる。
薔薇が霧散する。その中心に槍を立てたアイヴィが立っている。強い技を使ったためか、彼女は息を切らしていた。顔も疲労の色が濃い。
「終わったわね」
これで自分の役割は終えた。あとはワースの下に向かうだけ。きっと向こうも、自分が着くころには終わっているだろう。そう思い、踵を返す。だが――
「どこに……行くってんだ?」
肩に籠手をはめた手が被さり、アイヴィは足を止める。見ると、そこには血まみれのアランが。
「すごいわね。まだ意識があるなんて」
「頑丈なもんでね。俺たちは」
アランは血に濡れた顔に笑みを貼りつける。
走り来る足音がした。
誰のものかはわかる。ここにいたもう一人だ。アイヴィはアランを振り払って足音の方に槍を向ける。
金属音。
シャルンのトンファーがアイヴィの槍を受け止めた。やはり彼女も血まみれで瀕死の重傷なのに立ち上がっている。
「おとなしく寝てなさい。そんな体でわたしに勝てると思ってるの?」
「思ってるわ。そっちこそ、ずいぶんつらそうじゃない。さっきの技、かなり疲労するみたいね」
「……いいわ。今度こそとどめを刺して上げる」
アイヴィは神槍に力を入れてシャルンを弾き飛ばす。そのまま槍を突き上げ、床に叩きつけられたシャルンに振り下――す前に彼女は横に飛んだ。
アランの長斧――バハムートが空気を貫く。
「そいつは、こっちの台詞だぜ!」
「!?」
アランの持つ長斧の刃が、真っ黒に変化している。さらに闇霊素が闘気のように纏っている。
「――翔破」
横薙ぎに一閃。黒い奇跡が描かれ、アイヴィの神槍を弾く。アランは一度長斧を思いっきり後ろに引き、そして――
「黒龍閃!!」
闘気が竜の形に変化し、昇竜のように刃を掬い上げながらアランは飛び上がった。黒い竜が、アイヴィを食らう。次の瞬間、鮮血が舞った。
悲鳴もなく目を見開いていただけのアイヴィは、全身の力が抜けたように膝が折れ、その場に崩れた。
「……や、やるわね。少し……あなたたちを……侮ってたのかも……しれないわ」
血だまりの中で、アイヴィは無念そうに囁く。それをアランとシャルンは立ったまま黙って見ていた。
「ワース……ごめんなさい……――」
そしてゆっくり目を閉じるアイヴィ。そこには涙が浮かんでいた。
それを見届けたアランも、糸が切れた操り人形のように倒れた。
「アラン!」
シャルンが駆け寄る。実はシャルンの血は彼女を庇ったアランのものだった。だから彼女は掠り傷程度しか負っていない。
「アラン、しっかりして! ごめん、わたしを庇ったばっかりに。今、治すから」
治癒術の詠唱を始めるシャルン。
「さ、サンキュー。俺たちも……早く……セトルんとこ……行かねえとな。こんなとこで寝てる場合じゃねえ」
この後、二人は登ってきたウェスターとしぐれと合流する。




