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ILIAD ~幻影の彼方~  作者: 夙多史
Episode-15
111/119

110 行く手を阻む者たち②

 異空間となった時計台内部。しぐれとウェスターを残し、上へ上へと駆け登っていた一行は、中間地点と思われる広い場所で立ち止まった。

「何? 何か飛んで――!?」

 サニーの目に遠く映る黒い影。それが凄いスピードで近づいてくる。

 バサッと翼を羽ばたかせる音と獣の咆哮と共にセトルたちの前に舞い降りたのは、巨大なドラゴンだった。巨大な翼、何でも切り裂いてしまいそうな鋭い爪と牙、そして銀色に輝く鱗にルビー色の鋭い目。

「『ファフニール』だ! ということは……」

「その通りよ、セルディアス君」

 ドラゴン――ファフニールの背中かから緑色の人影が飛び出し、すたっと半透明の床に着地する。それは緑色の騎士服を着た茶髪の女性、アイヴィだった。

 彼女は神槍フェイムルグを片手に、顔を寄せてきたファフニールを撫でる。

「スラッファは……そこにいない二人が相手してるのね。いいわ」

 彼女はファフニールを撫でる手を止め、その手で何かを合図する。すると、ファフニールが翼を大きく広げ羽ばたき始めた。物凄い強風が吹き荒れる。そのままファフニールは宙に浮くと、咆哮を上げてどこかに飛び去った。

「え? 何で?」

 アイヴィの行動を不思議に思ったサニーが声を上げる。

「あの子が戦うにはここは狭すぎるし、真上に続いている道は邪魔になるからいない方がいいの」

「でも、それじゃ僕たちが有利だ」

「どうかしら? ここから先は進ませないわよ。竜騎士アイヴィ・ファイン、全力で参る!」

 アイヴィは神槍を構え、足裏を爆発させて飛びかかってくる。

 彼女がファフニールを下げたのはチャンスだ。セトルは素早く神剣を抜き、迫り来るアイヴィを迎え討つ。

 金属音が異空間内を高らかに高らかに鳴り響く。

 だが、それは剣と槍によるものではなかった。

「アラン!?」

 セトルの前に割り込んだアランがアイヴィの神槍を長斧・バハムートで受け止めていた。アイヴィはバックステップで後ろに下がる。

「ここでお前に戦わせたらあの二人の行動が意味ねえ。先に行けよ。ここは俺とシャルンで食い止める」

「アラン……ありがとう!」

 セトルは顔を引き締め、サニーの手を引いて走った。

「通さないわ!」

 とアイヴィが二人に向かって行こうとした時、頭上から黒い塊が落ちてくる。それを飛び退って躱し、術者の方を見る。

「追わせない」

「くっ……」

 その間にセトルとサニーはもう遥か向こうを走っていた。アイヴィは追うのは無理だと判断したのか、戦意を全て目の前の二人だけに向ける。

「案外あっさり通してくれたな。わざとだろ?」

 アランが探るように目を細めてアイヴィを見る。彼女は、ふう、と息を吐き、神槍を立てる。

「何のことかしら?」

「とぼけなくてもいいわよ」

 シャルンが凄みを利かせて睨めつけると、アイヴィはやれやれというように首を振って見せた。

「セルディアス君だけは通してもいいって言われてたんだけど、サニーちゃんも行っちゃったわね。まあ、何とかなるでしょ」

「それ、どういうこと?」

「……ワースの神霊術だけじゃ、『テュールマター』を制御しきれないみたいなの。わたしたちの仮の力じゃ役に立たないし、だからセルディアス君の力が必要なのよ」

「何だと!」

 それじゃあ、セトルを先に行かせたのはまずかったかもしれない。アランは、くそっ、と舌打ちし拳を握った。『テュールマター』とか『仮の力』とかっていう聞きなれない言葉は気になるが、今はそんなことよりセトルの身が心配になった。

「さあ、お喋りは終わりよ!」


         ☨ ☨ ☨


「え? じゃあ、あの二人の神霊術って……」

 半透明の床を駆けながら話を聞いていたサニーがセトルを見る。セトルも、そうだよ、と頷いて走りながら彼女の方を向く。

「アイヴィさんとスラッファさん、あの二人の力は兄さんから借りているものなんだ。しかも今はそのほとんどを兄さんに返してるだろうから、アランたちだけでも勝てない相手じゃない。それでも強いことには変わらないけど」

 そう、だからって勝てる保証はない。アイヴィ・ファイン、スラッファ・リージェルン、彼らの素の強さも尋常ではないのだ。だが、今は仲間たちを信じるしかない。信じることしかできない。皆の行為を無駄にしないためにも、一刻も早く兄の所へ辿り着かなければならない。

 その時、前方に強い光が見えた。

「出口だ!」

 セトルとサニーは走る勢いのまま光の中に飛び込んだ。すると景色が一変し、元のテューレンの時計台の屋上に二人は立っていた。

 元々あった扉の場所が光に変わっている。あそこから出てきたのだ。

 そしてすぐ目の前、光の道が暗い空にまっすぐ延びている。これが『神の階』。これの先に兄、ガルワース・レイ・ローマルケイトがいる。

「サニー、ずいぶん走ったけど休まなくて大丈夫?」

 光の道を目の前に、セトルはサニーを気遣ってそう言う。そのセトルはあのくらいでは息切れ一つすることはない。

「うん、まだ大丈夫。でも、まさかこれずっと歩いてくの?」

 どこまで続いているかわからない光の道を見てサニーは面倒そうな表情をする。セトルは苦笑する。

「まさか。そんなことしてたら日が暮れるどころじゃないよ。それに、これって乗れないしさ」

 セトルは光の道に一歩足を置いてみる。だが足は光をすり抜け、時計台の床についた。

「じゃあ、どうすんの?」

「こうするんだ」

 セトルは神剣を抜き、光の根元に突き刺した。よく見ると、そこには穴が開いていて、それを中心に絶巓の神殿にもあったような陣が描かれている。カチリ、と何かが合ったような音がすると、次の瞬間には描かれていた陣が輝きを持ち、立派な転移霊術陣と化した。

 神剣を穴から抜き、鞘に納める。

「後でみんなが来るだろうから、このまま発動しっぱなしにしておいた方がいいね」

 そう言うと、セトルは最後の確認をするためにサニーをまっすぐ見る。

「行くけど、準備はいいかい?」

 準備とは心の準備である。

「いいに決まってるでしょ!」

「それじゃあサニー、僕の傍へ」

 言われ、サニーは陣の中に入りセトルの隣に立つ。そしてそっと彼の腕を掴んだ。

 セトルは一つ深呼吸すると、顔を引き締めて光の先を見る。


 二人は一つの光に包まれ、神の階に沿って飛び立った。

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