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ILIAD ~幻影の彼方~  作者: 夙多史
Episode-01
11/119

010 海底洞窟の主

「あれ? セトルって目、青いんやね?」

 洞窟内をさらに奥へ進んでいると、突然しぐれがそう訊いてくる。いや、別に突然ではないか、道中彼女はやたらと話しかけてくる。それも主にセトルにだ。まあ、青い目の人間なんて初めてだろうから気持ちはわかるが、それを最初に訊かなかったのは気づいてなかったか、訊きづらかったかだ。が、アランには前者のように思えた。

「うち、目が青い人なんて初めてみたわ。そんな人がいるなんて聞いたこともないし、セトルって何者なん?」

「すみません、さっきも言ったように、僕は記憶喪失だからそういうのはちょっとわからないんです」

 そのことはとっくに話していた。他にもいろいろと話した。自分たちがアスカリア出身だとか、アランが猟師だとか。

「ごめん、せやったな……それよりセトル、敬語使うのやめてくれへん? アランと喋ってる時みたいに自然に接してや!」

 でも、とセトルは渋ったが、何かサニーに近いものを感じ、

「う、うん、わかったよ……しぐれ」

 とセトルはたじたじにそう答えた。やはり、彼女のそういうところはどこかサニーに似ている気がする。

「変わってるっていやぁ、しぐれのその服装や喋り方もずいぶん変わってるな。黒髪なんてのも初めて見たぜ!」

 頭の後ろで腕を組んだアランが彼女の独特は服装を見ながらそう言った。するとしぐれは笑って自分の服の裾を掴んだ。

「ああ、これは忍装束いうて、《アキナ》の忍者が着る服なんや。うちはそこでくの一しててん。黒髪もこの喋り方もアキナ特有のものや」

「忍者!?」

 アランは驚き後ろで組んだ腕をほどく。忍者のことは噂で聞いたことがあったが、見るのは初めてだ。実際、存在してるのかも疑わしかった。でも、しぐれは嘘をついているようには見えない。それに、

「忍者ってのは秘密主義って聞いてるぜ? いいのか? 俺らにバラして……」

 ということだ。

 だが、しぐれは笑い飛ばした。

「アハ、こんくらいかまへんて。それに、二人になら話しても問題ないと思ったんやもん」

 その時、セトルの足が止まった。

「セトル、どうした?」アランが訊く。

「気をつけて、現れたみたいだよ!」

 セトルは剣を抜いた。この先に見える広い空間の壁に、蠢く巨大な影が映る。

 アランたちも武器を構え、セトルに続いてその影の前に出た。

 そこには巨大なトカゲのような青い魔物がいて、こちらに気づいたのか、双頭の四つの目で三人を睨んでいる。間違いない、《クェイナー》だ。奴の後ろには海に繋がっていると思われる穴がある。逃がさないようにしないと……。

「さあ、とっととやっちまおうぜ!」

 そう言ってアランが真っ先に走った。二人もその左右から攻める。

 迫りくるアランにクェイナーは片方の口から緑色の液体を吐き出す。それが何かアランにはわからないが、受けるとマズイ、ということだけはわかる。彼は一旦横に跳び、それを躱した。液体は後ろの突き出た岩にあたり、その岩はじゅう、と音を立てて水泡と化した。

「あ、危ねぇ……ありゃくらったらマジやばいぞ」

「アラン!」

 セトルの叫びでアランはさっきのと同じ液体が襲ってきていることに気づいた。が――

(――かわせない!)

 彼の表情が恐怖に染まる。その時、凄まじい風が吹き抜け、その液体を吹き飛ばした。セトルの飛刃衝だ!

「サンキュー、セトル!」

 アランは笑みを浮かべると一気に間合いを詰め、クェイナーの喉元を横薙ぎに斬りつけた。血が溢れ出す。

 ――シャアァァァァァァ!! 

 叫びが上がる。だがクェイナーは倒れず、体を回転させた。尾が勢いよくアランを打つ。なすすべなくアランは壁に背中から叩きつけられた。直後、ぼんやりと温かい光が彼を包む。これは――

「――招治法(しょうちほう)!!」

 だ。しぐれの怪我を直した時とは違う、体全体を包む温かい光。アランは痛みがやわらぐのを感じた。

「アラン、大丈夫?」

 心配そうな声を上げ、セトルはもっと近くによって招治法をかけた。その方がよく効くのだ。

「へへ、何度もわりぃな……」

 かっこ悪いぜ、とアランは呟き、クェイナーの姿を探した。一発くれてやったが、あの巨体がそれで倒れるとは思えない。その負傷したクェイナーは海へ逃げようとしている。

「逃がさへんで!」

 クェイナーの前にしぐれが立ち塞がった。クェイナーはあの液体を吐き出し、しぐれを攻撃するも、足の怪我が治っている彼女は前進しながら難なくそれを躱した。そして――

「くらいや! 忍法、強東風(つよごち)!!」

 しぐれは飛び上がり、忍刀を前に突き出すように構え、自身が一本の矢となってクェイナーに突っ込んだ。突きの衝撃が風となってクェイナーを貫く。悲鳴が上がる。

 クェイナーはその場で崩れるように倒れ、光の粒子となり霊素(スピリクル)に還った。

 やった、と言いながらしぐれは着地する。しかし、うまく着地できず転びそうになった。

「おっと、大丈夫?」

 危ないところでセトルが支えてくれた。しぐれは恥ずかしさで顔が真っ赤になる。

「う、うん。うちまたドジってしもて……かっこ悪いわ」

「そんなことないよ。しぐれが魔物を倒したんじゃないか」

 セトルが微笑むと、しぐれは、そうやろか、と言って鼻を啜った。

 すると、アランが面白いものを見るような目をして、歩いて来た。肩にはどこかに隠れていたザンフィが乗っている。

「それじゃ二人とも、いちゃついてないで町に戻ろうぜ!」

「い、いちゃついてへんよ!」

 しぐれは慌てたようにそう言い、アランを睨んだ。

「ハハハ、わりぃわりぃ。でも、さっきの技すごかったな」

 アランはごまかすように話を変えた。

「あれは忍術いうて、うちら忍者の技や!」

 彼女の口調はどこか怒っているように感じる。アランの言ったことを気にしているんだろう。その声にアランは少々たじろぐ。

 今度はセトルが面白いものを見るように笑った。

「ハハ、じゃ、帰ろうか」


        ✝ ✝ ✝


 アクエリスに戻ったセトルたちは船長に魔物を倒したことを報告した。既に日は沈みかけ、町は紅に染まって、より一層美しく感じられた。

 船長は船の準備のためにすぐどこかへ行ってしまったが、明日朝一に船を出してくれると約束してくれた。

 セトルたちはそのままアクエリスの宿屋――水雲亭に向かった。

 そこではいつの間に知れ渡ったのか、宿の主人は彼らがクェイナーを倒したことを知っていて、宿泊費はもちろんアクエリス名物の海鮮料理までタダで食べさしてもらうことになった。

 湖が一望できるテラスで三人はその海鮮料理に舌鼓を打っていた。

「二人はこれからどうするんや?」

 慣れてないのか、使いづらそうにしていたフォークを置き、しぐれが唐突にそう訊いた。

「首都を目指すよ」

 セトルは好物の魚に手を伸ばしながら答えた。

「そういえば、何で二人は旅してんのや?」

 彼女はやっとそのことに触れてきた。まあ話しても別に問題ないだろう、と思いつつアランはセトルに目配せをした。それを察してセトルは頷き、彼女に今までの経緯を語った。

「……そうなん、それは大変やなぁ」

 呟き、彼女は下げていた頭を起こした。

「実はうちもな、行方不明になった里の仲間を探してんねん。事故とか誘拐とかじゃなくて自分で出て行ったみたいなんやけど……見てへんかなぁ、青っぽい忍装束を着たノルティアンのくの一なんやけど」

「う~ん、残念だけど見てないよ」

 とセトルが言う。しぐれはアランを見るが、彼も首を横に振った。

「ま、そんな格好してりゃ一回見たら覚えてるだろうけどな」

 アランは苦笑し、コップに入っている水を啜った。

「他に特徴とかは無いの?」

 セトルが訊くと、しぐれはと少し考えて、

「せやなぁ、とにかく無口で無愛想やったわ。あと、年はうちと同じで、里では珍しい赤髪のポニーテールってことぐらいや」

 と答えた。するとセトルとアランは顔を見合した。それを見て彼女は、どうしたん、と首を傾げる。

「うん、実はサニーも赤髪でいつもポニーテールをしていて――」

「――城で盗みを働いた盗賊もそれが特徴だったらしい」

 セトルの後をアランが引き取った。

「それホンマかいなアラン!!」

 しぐれは血相を変えてテーブルを叩き、身を乗り出す。

「し、しぐれ……」

 そんな彼女に驚き、セトルは周囲を気にしながらそう言うと、彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめて席に着く。そして落ち着けるように息をついた。

「……決めた」

「な、何を……?」

 胸の前で両拳を握って呟いたしぐれに、セトルは苦笑を浮かべて恐る恐る訊いてみた。

「うちも二人についてくわ。一緒に行けば何か手がかりが見つかるかもしれへん。それに、二人には助けてもろた恩もある」

 またあの時と同じ目だ。何を言っても無駄だろう、二人はそう思った。国軍と戦うつもりはないが、危険がないと言えばそれは嘘になる。道中、魔物や賊との戦いは恐らく避けられないだろう。できれば彼女を危険な目には遭わしたくない。が――

「俺は別にいいぜ。戦力的にもしぐれが加わってくれると助かるし、男だけで旅するよりは華があっていいしな。ハハハ!」

 アランははにかんだ笑みを浮かべた。セトルも頷いた。ここで彼女を連れて行かなかったら、彼女は一人で旅をすることになる。当然だがその方が危険だ。実力もクェイナーとの戦いでわかっている。足手まといにはならないはずだ。

「おおきに! これからもよろしくな!」

 しぐれは安堵したようにあの満面の笑みを浮かべた。


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