スタミナのつく料理
本日1回目の更新です。
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──スタミナのつく料理
「さて、晩飯の買い出しに行くか」
久隆は仮眠から目覚めるとそう告げて起き上がった。
「お出かけですか?」
「ああ。晩飯の買い出しだ。そっちは?」
「お部屋を借りたので私物を置いています」
久隆が部屋を出るとサクラが姿を見せた。
「アウトドア向きの衣類は持ってきているか?」
「ええ。もちろんです。それから本当は法律で規制されていますし、役に立つかどうかは分からないですけど、武器がひとつ」
「武器? 俺は今は斧と軍用ナイフ、山刀で戦っている。どんな武器でも歓迎だ。ただし、追跡IDのついてない銃なんかは勘弁だぞ」
「まさか。そんな武器は持ち込んできていませんよ」
サクラは微笑むのみで何を持ち込んだかについては語らなかった。
「まあ、ほどほどにな。買い出しに行くが、何か買ってきてほしいものはあるか?」
「それでしたら私も同行しますよ。久隆さんだけに任せるのも、居候の身としてはあってはならないことですし」
「そうか。では、行こう」
レヴィアたちはまだ眠っている。だが、もう30分程度で目覚ましが鳴るはずだ。
「ここ最近の戦闘は激しかった。連中にはスタミナのつくものを食べさせてやりたい。何か思い浮かぶ料理はあるか?」
「ナスがありましたけど」
「あれは村の年寄りのお裾分けだ。家庭菜園を趣味でやっている年寄りが多いんだよ、この辺りは。体を動かすし、頭を使うしで、健康にいいらしい」
「じゃあ、あのナスは天然ものですか?」
「そうなるな。だが、俺は工場産のナスの方がいいがね。栄養素は工場産の方が上だろう? 味だってそう変わらないはずだ」
「そうですね。久隆さんは合理的です」
「この程度で合理的と言われてもな」
久隆としては当たり前のことを言っただけである。
「私は天然ものの野菜なんて食べるの久しぶりですから、楽しみですけどね。麻婆ナスにしましょうか?」
「それはいいな。じゃあ、今日の一品は麻婆ナスだ」
久隆が麻婆ナスのレシピを音声で検索する。
「では、今日は中華でいくとして、餃子もいいんじゃないですか? ニンニクとニラが入っていますし。スタミナばっちりだと思いますよ」
「冷凍餃子なら人数分仕上げるのも楽だしな。では、餃子だ」
「それから中華風かきたま汁」
「ばっちりだな」
今日の献立はばっちりと決まった。
「それでは、いざ出陣」
「ええ。買い物を楽しみましょう」
久隆たちはスーパーで必要な商品を買い集めていく。冷凍餃子やひき肉、中華調味料、エトセトラ、エトセトラ。久隆の家にないものはどんどん購入していった。
というのも、暫くはレヴィアたちが久隆の家を拠点にするのは確実だからだ。久隆は適度にダンジョンの外に出て物資を運び込まなければならないし、負傷者を運び出したりしなければならない。
だから、食材は多めに買っておいても使う見込みはある。レヴィアたちは食べ盛りだし、フォルネウスは体を動かす。
今晩といつか使用する食材を買って回り、チョコレートなどを補給すると、久隆たちは決済を済ませてスーパーを出た。
「おや。球磨さん。別嬪さん連れて、買い物かい?」
スーパーの出口で久隆はひとりの老人と出くわした。
「ええ。海軍時代の部下が様子を気にして見に来てくれたんですよ」
「そうか、そうか。球磨さんは独り身だったから、今後どうするのかねと話しておったが、それなら安心だな」
「いや。彼女は元部下で……」
「分かっとる、分かっとる。多くは言わんよ。それじゃあ、またね球磨さん。彼女さんも球磨さんの面倒を見てやってくれね」
老人はそう告げると去っていった。
「すまんな、サクラ。変な扱いになってしまって」
「気にしませんよ」
サクラは嬉しそうに微笑んだ。
「しかし、意外と慣れてるんだな。ひとり暮らししていたわけじゃないだろう?」
軍の独身者は寮に入る。寮は集団生活だが、食事は毎回支給される。自炊をしなければならないということはない。士官になれば独身者でも独り暮らしができるが、久隆は自炊など面倒くさく、特に寮での生活に不満もなかったため、そのまま寮での暮らしを選んでいた。
そのような状況にもかかわらず、サクラはレシピも見ずに食材を選べていた。久隆は一応確認したが、間違っていはいなかった。
「料理については若いころに母から。それに個人的にも料理するのは好きなんですよ。あの人数で、余裕があるなら、手作り餃子でもよかったんですけどね」
「そうか。それは知らなかった」
「またひとつ私について知ってもらえましたね」
「そうだな」
サクラは本気なのだろうかと久隆は思う。
確かに戦争では何度も背中を預け合った仲だ。ともに地獄を乗り越えた戦友だ。そのことはかけがえない思い出として久隆の脳裏に刻み込まれている。
だが、サクラほどの人間がわざわざ台湾の民間軍事企業──後で調べたら日本情報軍の退役将校と台湾陸軍の人間が創設した太平洋保安公司という会社だった──の申し出を保留にしてまで、自分のところに来るのは何故だろうかと。
戦争を経験した人間ならば民間軍事企業にだって大勢いるだろう。あそこは軍縮で居場所がなくなった軍人が大勢いる場所だ。軍隊の暮らしが忘れられず、そして稼ぎたい人間が集まる。軍事教練の仕事でも久隆より稼ぐ人間は大勢いる。それなのにサクラは久隆をわざわざこの田舎まで誘いにやってきた。
電話するでもなく、メールを送るでもなく、わざわざ会いに来た。
自分にはそこまで価値があるのだろうかと久隆は自問する。
一介の海軍少佐。両手足を失った傷病兵。戦場を夢見る退役軍人。
戦友としての自分はサクラにとって特別だったのだろうか。それが今も続いているのだろうか。サクラは今も自分を必要としてくれているのだろうか。
いくら悩んでも答えは出ない。
もっと彼女のことを知らなければと思うだけだ。
「それなら料理、手伝ってくれるか? あの人数だと大変だからな」
「もちろんです」
それから久隆たちは帰宅すると夕食の準備を始めた。
「久隆様! お手伝いしますよ!」
「その、私も……」
マルコシアとフルフルも仮眠から目覚めたのか、手伝いにやってくる。
「じゃあ、マルコシアはナスの準備をして、フルフルはこの卵を──」
サクラという追加戦力を得た台所という名の戦場は順調に回り、テキパキと料理が作られていった。
「ふんふん。美味しそうな匂いがするのね」
「おう。そろそろ飯だぞ。フォルネウスを呼んできてくれ」
「了解なの!」
その日の食卓はいつものように賑わったが、マルコシアがサクラを敵視するような姿勢に変化はあまりなかった。
どうにかして仲良くしてもらいたいものだが、と久隆は頭を悩ませる。
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