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プロポーズ

本日1回目の更新です。

……………………


 ──プロポーズ



「少佐は独身でしたよね? それならばいいのではないですか?」


「待て、待て。どうしていきなりそんな話が出てきた?」


 久隆にはいきなりサクラから求婚されるような覚えはなかった。


「私、考えたんですよ。これからずっとひとりで生きていくのかって。両親は少佐と同じように既に他界していますし、頼れる親戚もいません。戦友たちとは除隊したら疎遠です。これからずっと、ずっと、自分ひとりで生きていくのかと思ったら虚しくなって」


 サクラが俯いて拳を握り締める。


「それで俺と、か? 他にももっといい人間はいただろう。何も俺でなくとも」


「私はあの東南アジアの戦場を知っている人間としか分かり合えないと思うんです。きっと私はあの戦争の影響を受けた言動をする。そのとき、それを理解してくれるのか、それとも理解不能だと突き放すのか」


「……そうだな。あの地獄を知らない人間には分からないこともあるな」


 久隆は違う理由で女性と付き合うことを止めたが、自分の戦争経験を田舎の年寄りたちとの会話に出さないのは、それを理解されないということが分かっていたからだ。


 朱門は中央アジアの地獄を体験した。だから、完全に無理解とまではいかない。だが、田舎の年寄りたちは完全に無理解だ。彼らは戦争を後方でしか体験していない。アジアの戦争では熊本も確かに巡航ミサイルによる爆撃を受けたが、それは限定的なものだった。だが、東南アジアの戦争は年寄りたちには完全に無関係だ。


 そこで戦った軍人以外は戦争を知らない。


 そんな戦争だった。


 あの戦争を体験した軍人たちはすぐに普通の生活に戻ることはできない。久隆自身も未だに自分をこの平和な日本の不純物だと思っている。この平和な日本に馴染めていない証拠である。


 恐らくはサクラも同じことを感じているのだろう。


「少佐は分かりますよね? 私たちがやってきたこと。そしてどうしてこの平和な日本に適応できないかを。他の人間には分からないことを」


「ああ。俺たちは異物だ。軍人として戦争に行った人間がいくら体験談を聞かせても、その人間に戦争の何たるかが理解できるはずがない。せいぜい『戦争とは大変なものなんだ』程度の馬鹿にでも思い浮かぶ感想を思い浮かべるだけだ」


「私たちはそこまで単純ではないというのに」


 問題は単純ではない。


 久隆たちは戦争で大変な目に遭ったから困っているわけではないのだ。温度差の問題なのだ。戦場と日本のあまりにもかけ離れた空気と温度差を前に、自分たちは本当にここにいていいのだろうかと迷っているのだ。


 だから、戦場に戻りたがる。あそこならば自分の居場所があると思って。


 サクラも同じタイプなのだろう。彼女の軍歴は久隆より長い。たたき上げの准尉など軍隊を兵卒の目から知り尽くしている。そんな古巣から両腕を失ったからという理由で追い出されれば、誰でも困惑するものだ。


 自分の積み上げてきたものはなんだったのだろうか、と。


「だがな、准尉。そう簡単に結婚することはできないのだ。俺はこの不便な田舎から動くつもりはない。俺は結局、平和な日本には適応できなかった。だから、こうして田舎に引きこもっている。ここでの暮らしは不便だ。きっと失望するだろう」


「私は構いませんよ。戦場より不便ってことはないでしょうから」


「それはそうだが……」


 けど、俺たちのいた基地にはコンビニがあったじゃないかという言葉を久隆は呑み込んだ。あれは後方での話だ。戦場そのものは常に物資があるとは分からない環境だった。確かにスーパーがあってホームセンターがあって、自動車を走らせれば郊外に行きつくこの村の方が圧倒的に便利だ。


「それでもだ。俺たちはお互いにそういう関係にはなかっただろう? 一緒に戦争は経験した。だが、男女の関係ではなかった。上官と部下。同じ部隊の戦友。そういう関係だったはずだ。違うか?」


 そもそもサクラが海軍特別陸戦隊に入れたことが稀に見ることだった。


 特殊作戦部隊に女性を入れるというのは様々な抵抗と問題があった。アメリカ陸軍特殊部隊群──グリーンベレーが女性を受け入れたが、日本の方は何とも言い難かった。陸軍の特殊作戦群は最後まで受け入れを拒んだし、海軍も対応は渋かった。


 唯一、情報軍だけが特殊作戦部隊に女性を大々的に活用した。彼らはナノマシンで女性特有の生理現象を押さえつけ、男性と変わらないようにした。情報軍の特殊作戦部隊はヒューミントを担当する部隊でもあるので、女性の存在は不可欠だったのだ。


 その成功を見て、陸軍と海軍も考えを改めた。確かに特殊作戦におけるストレスは多大なものだし、仮に女性兵士が捕虜にされた場合には対外的な問題も生じる。それでも少子高齢化で軍人のなり手がいないのに、選り好みできる立場だろうかと。


 陸軍の特殊作戦群は女性隊員を受け入れ、海軍の特別陸戦隊も女性隊員を受け入れた。サクラが最初に海軍特別陸戦隊に入った女性隊員だった。


 彼女は当初は掃海部隊のダイバーだったが特別陸戦隊に入ると狙撃手選抜課程、格闘課程、爆発物取り扱い課程など様々な資格を獲得していった。そのことで女性でも男性と同じように戦えるのだということを示した。


 そして、戦場でも彼女は己の存在を示した。


 久隆と組む前から彼女は下士官として専門性と自主性のある行動ができていた。狙撃手選抜過程と爆発物取り扱い課程を経験しているので、久隆より扱える武器は多かった。掃海部隊のダイバーだったこともあり、潜水技術についても長けていた。


 そんな彼女だからこそ、久隆は頼りにした。


 だが、それは男女の関係ではなかった。


「私は任務中ではそういう素振りを示しませんでしたけれど、それ以外のときにはアプローチしていたんですよ。軍規に背かない範囲で」


「任務外……。食事のときとかか?」


「他にもですよ。基地や船でよく話していたじゃないですか。趣味の話とか、任務の話とか、今の情勢についてとか」


「ああ……。だが、あれは男女の関係とは言えない」


「それはそうです。軍規で規制されていたんですから」


 軍規は軍隊内で恋愛関係を築くことを禁止している。


「少佐は私のことは嫌いですか?」


「いや。そういうことはないのだが……」


「今は行くところもないんです。軍病院を退院したばかりで、私物もそのままで。誰も当てにできる人はいないんですよ。少佐、私と結婚してくれませんか。金銭面に不安があるなら、私働きますよ。実を言うと台湾に本社がある民間軍事企業(PMC)から誘いを受けていて。戦闘請負じゃなくて、軍事教練の仕事です。少佐も一緒に受けませんか?」


「准尉。お前が本気なのは分かった。だが、今は受けられない。もっと互いを理解し合ってからにしよう。お互いに軍人としての立場でしかものを知らない。まずは呼び方から変えよう。俺のことは久隆と呼んでくれ」


「では、私のことはサクラと」


「サクラ」


「はい、久隆さん」


 サクラはそう告げて微笑んだ。


……………………

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― 新着の感想 ―
[良い点] 貴重な戦力になりそうですが、恋愛バトルに発展して部隊での人間関係がどうなるかな。
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