兵士の義務
本日1回目の更新です。
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──兵士の義務
「俺たちは兵士だ。練度の差や種族の差こそあれ、兵士の義務は戦って守ること。それを果たさなければならない。それは大局的にはお前たちを元の世界に戻すことであるし、局地的には仲間が生存することである。そして、その中でもレヴィアは魔王だ。ただの歩兵じゃない。守らなければならない存在だ。みんな、分かってくれるな?」
久隆はそう全員に問いかけた。
「もちろんです。自分は近衛騎士。陛下をお守りするために存在しているのですから」
「あたしも覚悟はできてます。いざとなればわが身に代えてでも」
フォルネウスとマルコシアが頷く。
「ダメなの」
そこでレヴィアが告げる。
「みんなで帰るの。誰ひとりとして死んではダメなの。これは命令なの」
レヴィアは少し涙ぐんでそう告げた。
「ああ。そうだな。全員で帰らせてやる」
久隆はレヴィアの頭をポンポンと叩いた。
だが、久隆はやはり危なくなれば、レヴィアとフルフルだけは脱出させるつもりだった。そうするのがこの場合は適切であるからだ。
久隆は一介の退役軍人にすぎず、そして今は兵士だ。フォルネウスは近衛騎士であり、マルコシアは宮廷魔術師。何かに仕える立場であり、その何かとはレヴィアに他ならなかった。彼らはレヴィアを生存させるために存在するのであり、レヴィアを生存させるのが義務なのである。
久隆が東南アジアで泥に塗れ、血に塗れ、臓物に塗れたのも誰かを守るためだった。
それは海賊や民兵、テロリストに傷つけられている現地の住民であったし、それは日本国に積み荷を運ぶ船員と船であったし、そのことで恩恵を受ける平和な日本に暮らしている多くの日本国民のためであった。
アメリカが民主主義の輸出に消極的になったとしても、もはや民主主義が絶対的な価値観ではなくなったとしても、民主主義は消えてはなくならなかった。
そして、民主主義国家においてその国の軍人が仕えるのは国民だった。
だが、レヴィアたちの国──ヴェンディダードは違う。彼らは君主制国家であり、その忠誠は君主に向けられなければならない。そして、君主もまたその忠誠に報いなければならない。民主主義国家において国民に忠誠を尽くした軍人に、国民が税金という形で報いたようにして。そうやって彼らの世界は回っているのだ。
民主主義が絶対的価値観でなくなり、開発独裁国家や宗教国家が認められるようになって暫くが経ち、久隆もそう言う価値観を完全に否定しなくなった。だから、久隆はレヴィアを君主制国家の、いやこのダンジョンに閉じ込められた魔族全員の精神的支柱として生き延びさせようとしていた。
いざとなればレヴィアとフルフルは逃がす。
そのことは久隆、フォルネウス、マルコシアの間で密かに同意が取れた。
兵士としての義務を果たす。兵士は守るべきものを守るために存在しているのだ。
「さて、話を戻そう。重装オーガは顔面への魔法攻撃と頭部への集中攻撃で対処する。フルフルの付呪があれば鎧を貫くことも可能だが、下手をすると武器を鎧の間に挟まれて失う恐れがある。なるべくならば頭部を。それ以外の場合は予備の武器をすぐに抜けるようにしておいてくれ」
「はい」
近接戦を行うのは久隆とフォルネウスだ。彼らがレヴィアたちの盾となる。
フォルネウスは予備の武器としてナイフを所持している。いざという時はこれを投げて隙を作るか、ナイフでの格闘戦を挑むことになる。
久隆は斧が二振りに、山刀が一振り、軍用ナイフが一振りだ。かなりの柔軟性がある戦いができる布陣になっている。
「それから鎧ジャイアントオーガだが、こいつは正直に言って弱体化していると言っていい。もともと胴体は脂肪と筋肉に守られているから攻撃箇所ではなかったし、それが鎧で守られても何の意味もない。逆に重量のある鎧の分、動きが鈍くなっているので、頭さえ押さえれば確実に勝てる相手になっている」
「その場合も魔法攻撃は頭部を?」
「ああ。頭部だけが弱点だ。だが、逆に言えば分かりやすい弱点があるということだ」
鎧ジャイアントオーガは極端な例だが、ドイツ軍の開発していたマウス重戦車のようなものだ。鈍重すぎて戦闘力を発揮できていない。戦場に到着するまでの時間も遅いし、戦闘時も鈍い。攻撃力と防御力だけは抜群だが、戦場で大事なのは火力と装甲だけではない。機動力もまた同じように重視されるのだ。
だから、第二次世界大戦後の世界では軽戦車、中戦車、重戦車というカテゴリーがなくなり攻守と機動力が満遍なく備わった主力戦車という兵器が生まれたのだ。
その点でいえば鎧ジャイアントオーガは時代遅れな思想の魔物だ。それに防御力を固めてあるとしても弱点である頭部が丸出しでは意味がない。
それを以てして鎧ジャイアントオーガは弱体化したと久隆は判断した。
「では、十分に休息を取ってから18階層に挑む。仮眠しても構わない。18階層への侵攻は1630。これから1時間後だ。しっかり休んでくれ。腹が減っているならチョコレートがあるし、水分補給もしっかり済ませておいてくれ」
「了解なの」
久隆たちはキャンプ用のマットを地面に敷き、栄養補給と休息を行う。
1時間の休息というのは短いようで長い方だ。海軍特別陸戦隊の場合、作戦中に取れる休養の時間はほぼない。15分あれば御の字といったところだ。疲労はナノマシンが強制的に取り払い、兵士を96時間戦い続けられる体にする。
そうでなくとも選抜過程の演習などでは休憩時間なしでひたすら重いバックパックを背負って歩き続けるということを行うし、選抜後の実戦に近い演習でもナノマシンの補助なしで48時間もの時間を15分の仮眠だけで戦い続けなければならない。
これは何もサディストが作戦や演習の計画を立てているわけではない。ただ、それが求められる状況であるから、そうしているだけなのだ。ナノマシンが実戦で突然機能しなくなるという可能性はあるし、兵士たちが戦場の只中で孤立することも可能性としてはある。演習では可能な限り極限を体験させておき、実戦で応じられるようにしておくのだ。
もちろん、実戦では可能な限り兵士を休息させる時間があった方がいい。その方がいいパフォーマンスを出してくれることは素人にだって分かる。
だが、実戦とは演習のようにはいかず、そして敵は自分たちを殺しに来るのだ。演習のようにレーザーによる命中判定ではなく、実弾が飛んで来て、当たれば死傷する。そう考えれば戦地で悠長に休憩しようという気分にはならないだろう。
幸い、このダンジョンはいきなり迫撃砲で攻撃されることもないし、対空機銃や無反動砲を搭載したテクニカルに包囲されることもない。6、7日経たなければ、魔物は復活しない。今はゆっくりと休める。
久隆もダンジョンの壁を背にし、体をほぐす。
レヴィアとフルフル、マルコシアはチョコレートを食べていた。フォルネウスは武器の手入れをしている。
まだまだ戦意はある。
行けるか、18階層と思いながら久隆は階段をじっと見つめた。
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