回復傾向
本日1回目の更新です。
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──回復傾向
久隆が朝起きるとカップ麺の匂いがした。
ある程度の想像をつけながら久隆が台所に向かうとダイニングで朱門がカップ麺を啜っていた。目の前にはタブレット端末とエナジードリンクの瓶がおいてある。
「あれから朝まで起きてたのか?」
「まさか。仮眠は取ったさ。患者が気になってな。傷の治りは早いように見えるが、何せ未知の相手だ。どう急変するか分からん。3時間ごとに様子を見ている」
「すまんな」
「気にするな。ちゃんと金はもらっている」
久隆はいつものように朝食を作り始める。今日は4人分のフレンチトーストとベーコンエッグにバナナ。それを皿に盛り付けていく。
「患者の方は食事はとれているのか?」
「ああ。かゆを食わせているが、そろそろ普通の食事に切り替えてもいいな。適当に何か弁当でも買ってきてくれるか?」
「分かった。今日は出かけるから夕食から弁当にしよう。流石の俺も7人分食事を作るのは苦労するからな」
「嫁さん、もらえばよかったんじゃないか? なんで別れたんだ?」
「俺は子供が欲しくなかった。彼女は子供が欲しかった。それだけの話だ」
「そういうものかね。まあ、独身貴族は気楽でいいがね」
久隆も朱門も独身だ。朱門はマフィアとつるんでいる以上、誰かと結婚して弱みを握られるようなことになるのを恐れていた。
久隆は付き合っている女性はいたが、彼が言った理由のように別れている。
「しかし、こんなデカい家に独り暮らしか。犬でも飼おうとは思わなかったのか?」
「犬も猫も寿命が短い。子供のころに飼っていたゴールデンレトリバーが死んでから、そういう生き物を飼おうという気にはならなかった」
「難儀なことで。俺は結婚はしないが、体だけの付き合いなら結構いるぞ」
「そういうのも疲れる。俺は人付き合いを避けるために田舎に来たんだ。遊びまわりたいなら、もっと都会に引っ越しているさ」
「おいおい。確かに俺たちはもう36歳だが、男としてはこれからだぞ。酸いも甘いも噛み分けて、成熟した大人になっている。それに今の女はインテリとマッチョが好きだ。海軍の退役将校ならモテまくるだろう」
「海軍の退役軍人はインテリでもマッチョでもない」
「そうかね? 指揮参謀課程には合格してるんだろう? それに少佐だ。インテリというには十分。そして、特別陸戦隊なら十分すぎるほどマッチョだ」
「四肢が義肢でもか?」
「ああ。傷のある男はモテるぞ」
「お前、普段からどういう雑誌を読んでるんだ?」
「雑誌の知識じゃない。実経験と伝聞だ」
「陸軍の軍医少佐殿はそんなにマッチョかね」
「マッチョだと思わせておけばいいのさ」
そう告げてずずずっと朱門はカップ麺のスープを飲み干した。
「そうそう。聞きたかったんだが、どうして俺たちの言葉は向こうの連中に理解できる上に、向こうの連中の言葉はどうして俺たちが理解できるんだ?」
「魔法だと」
「便利なものだな。翻訳要らずか」
「お前も中国語の講義、受講していたよな?」
「都合の悪いときは通じない振りをしている。馬鹿の振りも便利なものだ」
「全く」
呆れるべきか、感心するべきかと久隆は思った。
だが、相手はマフィアだ。ある程度の交渉術がなければ食い物にされるのだろうと久隆は考えた。ただ、朱門が金にがめついだけかもしれないが。
「おはようございます」
「おはようございます!」
そうこうしているうちにフルフルとマルコシアが起きてきた。ふたりとも寝起きのままではない。女性として譲れない点はあるのだろう。
「おはよう。朝食は準備できてる。適当に座って食ってくれ」
「はい!」
マルコシアにとっては地上で最初の朝だ。
「さて、俺は患者を診てくる。娘っ子たちと仲良くしろよー」
朱門がカップ麺のゴミをゴミ箱に放り込むと、久隆が台拭きで食卓を拭いて自分の分のフレンチトーストを乗せた。
「昨日は眠れたか? 夏場は暑いだろう?」
「ヴェンディダードの夏より涼しいですよ。ヴェンディダードの夏は死人が出ますからね。夏場は地獄です。ね、フルフル?」
マルコシアがフルフルに話題を振る。
「そ、そうですね。私も夏は苦手です……。秋が一番いいですね……」
「ヴェンディダードの秋と言えばランタン祭りだしね!」
「いいですよね、ランタン祭り。普通の祭りと違って静かで、穏やかですし」
どんな祭りなんだろうかと久隆は内心首をひねった。
「ふわあ。おはようなの」
そして、最後にレヴィアが起きてくる。
「おはよう。朝飯をしっかり食っとけよ」
「今日も美味しそうなご飯なの!」
レヴィアは嬉しそうな声を上げて席に着いた。
「今日の予定だが、まずは買い物だ。マルコシアのための服を買う。昼飯も外食で済ませる。晩飯は弁当だ。そろそろ負傷者にもまともな飯を食わせてやらないといかん。他にほしいものとかはあるか?」
「この世界の植物はどこかで買えますか?」
「ホームセンターに苗や種が売っているが、重要なのか?」
「ええ。どうにかして魔力回復ポーションを作らないといけないんです」
「それで植物が?」
「植物は大気や水分、土の栄養とともに魔力を吸い上げ、蓄積させる効果がありますから。もっとも、私たちの世界ではの話ですが……」
「ふうむ」
確か放射線除去の話にも遺伝子操作された菜の花を使うとの話があったことを久隆は思い出した。原発事故の後にそういう話があった。放射性物質を吸収する植物がいるならば、魔力を吸収する植物がいてもおかしくはないなと考える。
「分かった。早めに帰ってホームセンターに行こう」
「ありがとうございます」
マルコシアが頭を下げ、フルフルも頭を下げる。
「しかし、ただ苗だけ買っても草花は育たない。肥料や鉢も準備しないといけないな。しかし、魔力というのはどこにあるんだ?」
「ダ、ダンジョン内ですよ……。あそこは魔力を魔物に与えるために魔力が流れていますから……」
「それはエリアボスがいた階層でも大丈夫なのか?」
「は、はい。魔力は下層から上層に向けて流れるものですから。そのために下層ほど魔力の濃度が濃く、強力な魔物が発生しやすいのですが……」
「なるほど」
一応ダンジョンの深層に潜れば潜るほど強力な魔物に出くわすのにはゲーム的な理由以外のものがあったのだなと久隆は納得した。
だが、ダンジョン内のエリアボスが消滅したり、エリアボス前の階層の魔物が少なくなるのはどういう理由だろうか?
久隆にはどうにもダンジョンコアが知性を持っているようでならなかった。
「今日の予定は決まりだな。マルコシア、ここから街までは遠いが街でも襲われるようなことはないから魔法は使うな。いいな?」
「了解」
マルコシアが頷く。
「では、出かけるか」
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