ベテランとひよっこ
本日2回目の更新です。
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──ベテランとひよっこ
「しかし、士官として近衛騎士団に仕えている騎士は家柄もよく、礼儀作法に通じ、そして高度な教育を受けているぞ? 戦史についても通じている。近衛少尉は確かに手元に置いておきたいが、そちらが望むのならば彼らの内どちらかを派遣してもいいのだぞ?」
「アガレス。そっちがどれほど毎日戦争をしていたかは知らない。だが、俺の戦争における個人的な見解からするとこのような現場で必要になるのは戦史に通じていることでもないし、机上の学習でもない。必要なのは実戦を何度も経験して生き延びていることだ」
久隆は国防大学校で戦史などについて深く学習した。トラファルガー海戦や日本海海戦についても当然のことながら学習したし、ローマとカルタゴの間で起きたポエニ戦争での海戦についても学んだ。
確かにそれらは大局的な視点から戦場を見る上では重要だろう。地図を睨み、部隊や艦隊を動かしていく上では参考になるかもしれない。
だが、戦場そのものにいて、目の前に敵がいてそいつらに鉛玉を叩き込まなければならないという状況においては、それらが役立つことは皆無と言っていいのである。
戦場で生き延びるためには戦史や机上の学習など一旦頭から取り除くべきだ。いかなる戦術も眼前の敵には無力だ、という言葉は現実だ。戦場では敵も味方も、机上演習で学ぶような効率的な動きをしてくれるわけではない。
そういう状況で生き残るには咄嗟の判断が下せる有能な指揮官とそれを実行する忠実な兵士が必要だ。そして、戦場という異常な環境でそういう判断が下せるのは場数を踏んだ人間である。戦った経験が多ければ多いほど、彼らは学習する。ビスマルクは『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』と言ったが、経験も重要な要素である。
久隆は中尉に昇進したときに汎用駆逐艦勤務から海軍特別陸戦隊に志願し、それから海軍特別陸戦隊でのキャリアを積み重ねてきた。
その時から海軍特別陸戦隊は東南アジアに度々派遣されており、久隆も現地の兵士の訓練や移乗戦闘を体験していた。だが、海軍特別陸戦隊で最初に移乗戦闘を行った時には指揮がおぼつかず、ナノマシンを使用していても緊張でがちがちだった。
汎用駆逐艦勤務の時は彼は砲雷科にいたが下士官からちょっとしたアドバイスをもらうだけで、艦艇勤務をこなせると学んだに過ぎなかった。汎用駆逐艦に勤務しているときは、特に部下の命を意識することはなかった。
しかし、彼は最初の実戦では久隆は指揮する部下が直接命の危険に晒されるという状況に遭遇した。緊張した。恐ろしく緊張した。自分が間違えば部下が死ぬ。そして、自分も死ぬという状況に緊張しつくした。国防大学校で学んだ戦史や机上の戦闘理論など思い出すことすらできなかった。
そういう時に役立ったのは下士官だった。
彼らは指揮官である久隆の緊張をほどき、訓練のことを思い出させた。『中尉、そこまで怯えることはありません。訓練と一緒です。訓練を思い出して。あの通りに動けたら、誰も死なずに任務を終えられる』と。
久隆は体に叩き込んだ訓練を思い出し、ナノマシンによる戦場適応措置を受け入れ、適度な緊張と人工の殺意で海賊が奪った貨物船を奪還した。人質も無事に救出し、部下に死者はいなかった。
それが久隆が優秀な下士官に拘る理由でもあった。
ナノマシンは精神を落ち着かせようとするかもしれないが、精神が落ち着いていても頭が真っ白になることはある。あの時の戦場適応化ナノマシンが第2世代だったからということもあるのかもしれないけれども、ナノマシンは万能ではないのだ。
あの時、場数を踏んだ下士官がいなければ久隆たちは任務を遂行できなかっただろう。頭脳である指揮官がマヒすれば部隊もマヒするのだから。
「ふうむ。我々はそこまで考えたことはなかったな。ベテランの騎士で士官になれないというのは問題を抱えているものだとばかり思っていたからな。家柄がよくないことや、近衛騎士として相応しい礼儀作法に通じていないなど。そういう兵士は怠け者だと思われていた。戦闘で生き残りはするが、向上心がないと」
「有能な怠け者という奴だ。前線指揮官には向いている。場数を踏んで、生き残っているだけで評価できる。本当に無能ならば戦場で死んでいる。生き残ったということはそれだけ有能だということだ」
ゼークトの発言だと言われている4つの人間の分類は説明するまでもないだろう。ネット社会ではちょっと検索すれば出てくる話で、ビジネスの分野などにおいても有名だ。
「確かに怠け者は使えないように思えるだろう。軍のトップとなる司令官である政治家に実際の計画を立てて見せる参謀たちは、有能な働き者となる。アガレス、あなたもそうなのだろう。だが、怠け者というのは怠けるためのコツを知っている。それが時として生き延びることに繋がる」
久隆は続ける。
「怠け者は人を使う。自分ではやりたがらないからだ。だが、有能なので自分たちが生き残れるように人を使える。また戦場において必要なことのみを遂行するので、余計な問題を起こさない。そして、命令が実行不可能だと判断してたらはっきりとそう伝える」
「確かにそういわれると、彼らは戦場に適応しているのかもしれないな。いつまでたっても礼儀作法を覚えたりしないし、家柄もよくないが、戦場では味方とともに生き残っている。なるほど、これは確かに前線における指揮官に向いている」
アガレスも久隆の言葉に納得した。
「少尉は家柄がよくて戦史を知っているかもしれない。だが、実戦経験は不足している。それだけ有能で実戦経験があればとっくに昇進してるだろう?」
「そうだ。実戦経験は乏しい。近衛騎士団にもふたつのキャリアが存在し、近衛准尉から始まる士官として育成されるキャリアと、一般騎士からスタートする戦場での指揮を受ける側というキャリアがある。近衛少尉はふたりとも今回の戦いが初めての実戦だ」
「このダンジョンという戦場で生き延びるにはひよっこに経験を積ませてやることも重要かもしれないが、下士官を活用することの方が重要だ。お互い、軍人だ。戦場で生き残れる人種というものは概ね分かるだろう?」
「ふうむ……」
アガレスは少しばかり考え込んだ。
「しかし、レヴィア陛下を預けている以上、礼儀作法に欠ける人間だけというわけにはいかない。やはり近衛少尉をひとり連れて行ってくれ。その上で経験豊富な騎士を渡す。そなたならば、実戦経験に欠ける近衛少尉でも使い物にしてくれるのではないか?」
「それは……。何とも言えないな。新米少尉を育成しているような余裕はないんだが、それでもそちらがそれを望むのならばそうせざるを得ないだろう。こちらとしては共同作戦だが、人を借りる立場だ。文句は言えない」
これが共同作戦の面倒なところだ。主導権を握れないといいように使われる。そして、現状戦力規模からして主導権を握っているのはアガレスだ。
「助かる。彼らを猛者である久隆殿の手で教育してくれれば、優秀な士官となるだろう。それにレヴィア陛下も安心なされるはずだ」
いいようにやられたなと久隆は内心でため息をついた。
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