元軍医少佐
本日1回目の更新です。
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──元軍医少佐
「で、患者は?」
「こっちだ」
久隆が室内を案内する。
そこには負傷した魔族たちが横たわっていた。
「外傷がほとんどだな。それは安心できる。外傷の治療はシンプルだ。消毒し、壊疽した部分を切り取り、傷を塞ぎ、治るまで待つ」
「魔族でも治療できそうか?」
「内臓を下手に弄らなければ大丈夫だろう。それにこの手の二足歩行型の生物ってのは進化論的に人間と同じ構造になるものだというシミュレーション結果が出てるんだぜ。宇宙人はどのような姿をしているかって研究でな」
「よくそんなもの知ってるな」
「趣味だよ、趣味」
「そんな話をしていたな。中央アジアは退屈だったのか?」
「中央アジアは地獄さ。うんざりするほどのな。東南アジアも相当ひどかったようだが、俺は中央アジアには負けると思っているな。あそこの軍閥の性質の悪さは折り紙付きだった。毎日、毎日、兵士や民間人の傷を見る医者の気持ちにもなれ。しかも、治してやった民間人は次の日には難民キャンプで襲われて、死体になっているんだ。クソだ」
久隆が東南アジアに投入されているとき、朱門は中央アジアにいた。
彼は中央アジアで日本陸軍に所属し、中央アジアにおける有志連合に加わっていた日本国の作戦に従事した。そして、そこでクソッタレな現実と直面した。
人が死ぬ。呆気なく人が死ぬ。
日本陸軍の兵士は最新のテクノロジーで防護され、滅多なことでは傷ひとつ負わないはずだった。だが、そうはならなかった。中央アジアの軍閥はあらゆる手段で日本陸軍の兵士を攻撃し、彼らに傷を負わせた。
東南アジアと違って、大規模な地上軍を展開する作戦を取っていた有志連合はどうしても犠牲者を出さざるを得なかった。戦車、装甲車、アーマードスーツ、無人攻撃ヘリ、自走榴弾砲、爆撃機、巡航ミサイル、エトセトラ、エトセトラ。人類が発達させてきた技術を際限なくつぎ込んだ兵器が投入されたが、歩兵が土地を占領して、戦線を確保するという方針は変わらなかった。ただ、それを援護するための手段が増えただけだ。
歩兵は土地を占領するために血を流す。どんなにテクノロジーで守ろうとしても、怪我人も死人もでる。朱門は後方の野戦病院でそれを思い知った。
そして、テクノロジーで守られていない民間人はより呆気なく死んだ。
彼らはテクノロジーで守られていないどころか、国際社会からも守られていなかった。日本陸軍はロシアと中国が拒否権を発動して有志連合となった対テロ軍事作戦の他に、国連安全保障理事会で決議された中央アジアの市民の保護にも関わっていた。これまで参加が議論されていた平和維持軍に参加していたのだ。
今では平和維持軍のブルーヘルメット任務ですら、民間軍事企業に外注される時代だが、日本国は律儀に陸軍の一部部隊をその任務に当てていた。
そして、その任務こそ真のクソッタレだった。
平和維持軍に与えられた権限はごくわずか、それでいてやらなければいけないことは山のよう。NGOも協力していたが、平和維持軍の任務のひとつである難民キャンプの運営は地獄だった。
収容量を超える難民が虐殺から逃れるために押し寄せ、食糧は慢性的に不足し、誰もが飢えていた。せめて医療だけでもと朱門たち軍医と看護師は難民たちに医療を施したが、それも無駄に終わる。
難民キャンプに軍閥の兵士が乱入しても、素敵で、紳士な平和維持軍の兵士たちには反撃する権限が与えられていなかったのだ。
難民はレバノン軍団が引き起こしたバシール・ジェマイエル暗殺の報復であるサブラー・シャティーラ事件が生優しく見えるほど軍閥たちは好き勝手にやった。朱門が出産を手伝った子供を地面に叩きつけて殺し、朱門が予防接種を打った子供たちを使い捨ての子供兵として連行していった。
助けようとも死ぬ。死なせるために助けている。そんなクソッタレな現実に嫌気がさして、朱門は知り合いの軍医に『うつ状態にあり軍務継続不可能な精神状態』という診断書を書かせ、傷病除隊した。久隆より3年早く彼は軍を除隊していた。
それからは3か月、自棄になり、酒浸りになり、そこで知り合った中華系マフィアの人間に儲かる話があるということで仕事を始めた。最初は非合法な移植手術で、中国で中国人から摘出された腎臓を移植した。
それからは抗争の際の治療なども行うようになり、特殊なルートで手に入った軍用義肢の移植なども行うようになった。
少なくとも中央アジアの地獄より、今の方が遥かにマシというのは朱門の考えだった。少なくとも命は救えているのだから。
そのような話を3年前の同窓会で久隆は聞いていたので、この状況で朱門を頼ることにした。軍医としては優秀であることに間違いないし、彼自身が闇医者なので警察に通報される可能性もないからだ。
「傷は治せそうか?」
「問題ない。しかし、応急手当が杜撰だな。お前がやったのか?」
「いいや。ダンジョンの中にいるここにいる連中の仲間だ。医療品はないし、清潔な水すら手に入らなかった。だから責めてやるな」
「ふうむ。そのダンジョンというのに俺も潜れるか?」
「お前は軍医だろう?」
「軍医でも軍人だ。戦場でどう行動するべきかは分かっている。それにダンジョンというのに興味がある。ダンジョンだぞ? それに魔法ときた! マフィアとつるんでいるより面白そうじゃないか」
「今は無理だ。観光気分で行ける場所じゃない。今はこの連中の治療に専念してくれ。報酬はあの金貨と宝石でいいか?」
「ああ。俺の伝手を使えば、あれは大金に化ける。普通の質屋に持っていって換金したりしてないだろうな?」
「してない。怪しまれるのが確実だからな」
「いい判断だ。では、治療を始めよう」
朱門は別室を治療室として、清潔にし、持ち込んだポータブルレントゲンや持ち運び可能な手術セット──日本陸軍の装備に似ているが民生品──を展開し、ひとりずつ局所麻酔を打ち、傷口を消毒してから縫合し、ペニシリンなどとは違いアレルギー反応は皆無で薬品耐性菌にも確実な効果があるという新しいタイプの抗菌物質を投与した。
「終わったら、俺の義肢も見てもらえるか?」
「義肢? どうした? 何かあったのか?」
「分からんが、出力が上がった気がする」
「はあ? 海軍が補助して、民間の医者が付けた義肢だろう?」
「ああ。パラアスリート用の義肢だ。富士先端技術研究所製。ダンジョンに入ってからというもの、どうにも調子がおかしいんだよ。人工筋肉が勝手に発育する、なんて症例は報告されていないよな」
「聞いたことがない。一定の出力以上の義肢は軍用指定され、民生品としては販売できないようになっているからな。パラアスリート用でも軍用義肢と比べれば、一段階性能は落ちるはずだ。それでも普通の人体より高度だが」
パラアスリート用の義肢の出力はメーカーによるが、通常の人間の2倍から3倍の出力があるという。軍用義肢ともなるとそれが6倍から8倍となる。耐久性能も軍用義肢の方が高く、滅多なことでは破損するものではない。
「何と言っていいのか分からないが、そのな、レベルが上がったとかで……」
久隆は後頭部を掻きながらそう告げた。
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