負傷者の搬送
本日1回目の更新です。
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──負傷者の搬送
「確かに腕が立つとは聞いていますが、ひとりだけでは……」
「アガレスも久隆のステータスを見たでしょう? 久隆ならこのダンジョンの最下層にまで行けるの。そしてダンジョンコアの暴走を止めて、べリアに元の世界に戻してもらうの。きっとできるの。希望を持つの!」
レヴィアが必死に訴える。
「そうですな! このようなところで折れていては近衛騎士団の名が泣きます! ここはひとつ久隆殿に希望を託そうではありませんか! もちろん、我々もまだまだ戦えますぞ! 皆、疲弊はしておりますが、戦意は天を衝くばかりです!」
アガレスはレヴィアの言葉にそう応じた。
「久隆殿。自己紹介が遅れて申し訳ない。私は近衛騎士団団長アガレスだ。貴殿の腕前については報告を受けている。貴殿も武人なのか?」
「いや。退役軍人だ。元日本海軍少佐」
「海軍? 海軍の軍人が陸戦を? 海兵隊か?」
「そんなものだ」
日本国防四軍で海兵隊と呼べるのは実質陸軍の水陸機動旅団だ。彼らが敵地への奇襲・強襲上陸を担当し、高い即応性と機動力を有している。海軍特別陸戦隊も敵地への上陸を行うが、水陸機動旅団ほど大規模でも、本格的でもない。
「なるほど。貴殿のような優秀な海兵隊員がいれば、敵の艦艇も容易に制圧できよう。そして、貴殿がレヴィア陛下を保護してくれたのか?」
「まあ、そうなる。とはいっても、俺は外交官でもないし、日本国──ダンジョン出口にある国を代表しているわけでもない。ただの一市民だ。立派なもてなしができたかどうかは断言しかねる。少なくとも衣食住については面倒を見たつもりだ」
「助かった、久隆殿! レヴィア陛下の安否が我々の中でもっとも懸念していた案件だったのだ。同じ武人として、種族の分け隔てなく、助けの手を差し伸べてくれたことに感謝の意を示す。本当に感謝している」
アガレスは久隆の手を取ってぶんぶんと握手をした。
「ああ。それからそっちに物資の補給に来た。まず食料と水だ。ここでは何を食べて過ごしていたんだ? 4日以上経っているだろう?」
「うむ。魔法ゴケを栽培して食べていた。水さえあればダンジョン内の魔力を吸収して育つコケだ。水は僅かだが魔法で確保できている。もっとも魔法使いの数も限られており、ここは戦場だ。魔法使いも戦闘に回さなければならない」
「コケか……。そいつはきついな……」
流石の久隆もサバイバル訓練で蛇やカエル、そして野草を食したことはあるが、コケまでは食べなかった。
「魔法ゴケは飢饉のときの非常食でもあるの。水と魔力さえあれば食べられるようになるから、飢饉が起きたときは全ての家庭、宮殿でも魔法ゴケが食されるのね。けど、味は酷いものなの。何せコケだから」
レヴィアはそう告げて首を横に振った。
「なら、この補給は役に立つはずだ。水が15人1日分。食料が15人3日分。使い方を教えるが、これで温かい食事を食べることができる」
「おお! それはありがたい。だが、水は負傷者の手当てに使わせてもらいたい。新鮮な水が少なく、負傷者の傷を洗うこともままならないのだ」
「それなら別に消毒用アルコールを持ってきている。それを使ってくれ」
「なんと! 本当にありがたい! これで助かるものも増えるだろう! 既に傷口が汚染されて、命を落としたものがいる……。ダンジョンの魔物は時として錆びた武器を使うのだ。恐らくは敢えて錆びた武器を使ってるのだ。我々を苦しめるために……」
久隆が水、食料、医療品を並べると、魔族たちが一斉に歓声を上げた。
「綺麗な包帯だ!」
「水がこんなに!」
「これが食べ物なのか? どうやって食べるんだ?」
魔族たちはわいわいと騒ぐ。
「丁度時刻的には晩飯だ。俺たちも晩飯にするから食べ方を教えよう」
久隆は災害非常食の温め方を教え、魔族たちがそれに倣って災害非常食を温める。
「これを皿に盛りつけて食ってくれ。メニューはランダムだが、必要な栄養素は摂取できるようになっている。食欲がなくても食べられるように味もいい。久しぶりのまともな食事だろうから、ゆっくり食べてくれ」
「感謝する。では、我らが母なる竜と大地に感謝し」
魔族たちは食事の前で祈るような仕草を見せると、がつがつと災害非常食をかき込んだ。よほど飢えていたらしい。
「ああ。美味い……。ようやくまともな食事が食べられる……。それのなんとありがたいことか……。本当に感謝する、久隆殿。そなたには世話になってばかりだな」
「気にしないでくれ。それより負傷者だが」
「……ああ。回復魔法は重傷者を優先してかけている。だが、そうでないものも無事というわけではないのだ。負傷者の容体が急に悪化して死ぬこともある。この15階層に拠点を構えるまでに8名の部下を失った」
「そうか。よければ地上で治療を行いたい。歩けるものならば地上に連れて出れる。地上までの階層の魔物は全て排除してあり、安全だ。階層の地図もある。そして、地上には医者がいる。回復魔法が使えないものはこちらで治療しようと思うが、どうだ?」
「頼めるなら、是非とも頼みたい。あいにく、このダンジョンに飛ばされた魔族の中に医者はいない。地上に医者がいるなら頼みたい。だが、そのことで久隆殿の立場が悪くなるのではないか? 魔族を匿い、治療するなど人間たちは嫌うだろう」
「俺たちの世界に魔族と人間の対立はない。そもそも俺たちの世界には魔族はいない。だから、差別や偏見もない。そのことはレヴィアとフルフルが証言してくれるはずだ」
そう告げて久隆がレヴィアたちの方向を見る。
「うん。久隆たちの世界は魔族が人間の街を歩いていてもなんとも思われないのね。石を投げられることも、襲われることもないの。とっても優しい世界なの!」
「そうですが。しかし、レヴィア陛下が人間の街を歩かれるとは……」
人間と魔族の関係は相当ややこしいみたいだなと久隆は察しをつけた。
「それならば是非ともお願いする。しかし、ダンジョンが繋がった世界がそなたの世界でよかった。魔族に偏見を持つ人間は多い。見た目の違いというのは、それだけで敵意を持たれる。ヴェンディダードは世界で唯一の魔族の国だが、他の人間の国家とはほぼ常に敵対関係にあると言っていい」
アガレスが久隆を見つめる。
「それからダンジョンコアのあるだろう最下層への進軍だが、本当にそなたが手伝ってくれるのか?」
「乗りかかった船だ。今さら止める理由はない」
ここまで来たら、レヴィアたちが元の世界に戻れるまで続けるつもりだった。
それが自分の今の任務だと久隆は思っていたために。
「それではまだ歩ける負傷者の手当てをお願いしよう。重傷者はこちらでどうにかする。消毒用のアルコールもある。清潔な包帯もある。今ならば彼らを助けることは可能だ。それにしても何もかも世話になる、久隆殿」
「よし。ダンジョン内の時間の進みはおかしくなっていると聞く。医者をいつまでも待たせておくわけにはいかない。準備を始めてくれ。それからレヴィアとフルフルはまだ俺とついてきてもらっていいか?」
「ああ。レヴィア陛下にはそなたが付いている方がいいだろう。ここでは危険だし、我々は守り切れると断言できない。万全の状態ならともかく、今の連戦で疲弊した状態ではとてもではないが……」
アガレスはそう告げてため息をついた。
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