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兵士たち

本日2回目の更新です。

……………………


 ──兵士たち



 現代において先進国の兵士には概ねナノマシンが脳に投与されている。


 ナノマシンは適度な緊張状態を維持し、疲労を緩和し、脳を覚醒させ、戦場における恐怖を殺し、そして人工の殺意で兵士たちに引き金を引かせる。


 人間は同族を殺すときに躊躇する傾向がある。


 確かに『「汝殺すことなかれ」というおきてが強調されているという事実が示していること、それは私たちが祖先の世代を無限にたどっていけば殺人者だという事実にたどり着くこと、彼らの血が殺人欲に満たされていたこと、そして恐らくは私たちの血も同じ欲望に満たされていることなのである』*1と述べた精神心理学者もいる。


 だが、統計的に調べた資料では敵に向けて引き金が引けなかった兵士の存在は無視できない数存在していた。少なくとも現代的な訓練方法や相手を非人間化するという毒のある手法がもたらされる以前は。


 実際にオペラント条件付けを基にした軍事訓練を受けたローデシア軍とそうではない反政府ゲリラでは殺傷率に大きな違いがあった。オペラント条件付けによって敵を見ればすぐに引き金が引けるローデシア軍に対して、そうではなかった反政府ゲリラは敵の方に向かってでたらめに引き金を引くなど相手を殺せなかった。


 先進国の軍隊ではいかなる状況でも人を殺せる兵士が求められた。友軍が隣で死んでいようと、敵に包囲されていようと、味方の救援が絶望的でも義務を果たし続ける兵士が求められた。特にそのような状況に陥りがちな特殊作戦部隊においては、その傾向は特に顕著であった。


 早い話が軍上層部はシミュレーションゲームのユニットのように敵に遭遇すれば引き金を引き、命令通りに任務を遂行するキラーマシンを欲しがった。


 そして、その夢を技術者が叶えた。


 メティス・メディカルという医療会社が生み出した第1世代の戦場適応化ナノマシンは兵士に殺しのストレスを与えず、戦場における極限環境に適応できる性能があった。


 それから何世代もナノマシン技術は進歩を重ね、日本海軍が富士先端技術研究所から導入した第4世代の戦場適応化ナノマシンはストレスを消すだけではなく、殺意すら人工的に生み出してくれた。


 だが、そうなってくるともはや兵士に求められるものは何なのかという話になる。


 愛国心がなくとも、守るべきものがなくとも、戦友たちの固い絆がなくとも、戦場に身を投じる覚悟と勇気がなくとも、脳の中に注入された小さな機械が相手を殺させる。日本国の敵であると見なされたもの全てに自動的に弾丸が叩き込まれる。軍上層部が望んだキラーマシンだ。


 久隆は神風特攻隊を美化するつもりはないが、彼らにはまだ人間味があった。彼らには守りたいものがあったし、それでいて死ぬという勇気もあった。


 現代の兵士にそんなものはない。


 久隆は愛国心が少しはあったと思っている。そうでなければ様々な進路がある中で、軍に入るという選択肢は選ばなかった。彼は選び、そして戦った。


 今も戦っている。久隆の戦いは続いている。


 今はナノマシンの助けはない。退役するときにナノマシンは体外に排出された。もうナノマシンが恐怖を消してくれることもないし、戦場のストレスには自分で耐えなければならないし、殺意は自分で生み出さなければならない。


 だが、それはできている。


 久隆はプロの軍人として相応しい態度を維持していた。戦闘を計画的に進行させ、行うべきことを常に頭においておき、敵と遭遇してもパニックに陥らず、自分の意志で敵を殺す。プロの軍人が、ナノマシンの助けを得て行っていることが久隆はナノマシンの助けなしで実行できていた。


 相手が人間ではないから殺せるというのもあるのかもしれない。相手に知性や感情が見られないために殺せるのかもしれない。いずれにせよ、敵を殺すのに久隆は躊躇しない。残酷と思えるような手段でも敵を殺す。


 戦場の恐怖は克服した。これより酷い状況に陥ったこともある。東南アジアの昔は沿岸リゾートのホテルだった場所で海賊の首魁を暗殺したとき、海賊たちに包囲された。あの時は友軍に多数の負傷者が出て血の臭いが立ち込めていたし、救援は絶望的なように思われていた。それでも久隆たちは鹵獲したカラシニコフまで使って応戦し続けた。


 そして、勝利した。


 奇跡的に近接航空支援が間に合い、航空爆弾が海賊たちを薙ぎ払い、迎えのヘリが駆け付けた。久隆たちは最後まで戦場に留まり、全ての負傷者と部下が運び出されたのを確認してから、最後のヘリで離脱した。


 あの状況に比べたら今は遥かにマシだ。


 対空機銃や無反動砲をマウントしたピックアップトラックに囲まれているわけでもないし、敵の数が無限かと思うほど湧き出してくるわけでもない。負傷者を抱え、彼らを手当てしながら戦わなくてもいい。何より敵は全く戦術的に動かない。


 海賊ですら軍閥崩れであるからにして初歩的な歩兵戦術を身に着けていた。火力の配分も突撃のタイミングも適切で部隊ごとに連携していた。


 ダンジョンの魔物にそんなものはない。彼らはただ侵入者を発見すると殺しに来るだけだ。連携もクソもない。


「14階層、クリア」


 久隆たちは13階層から14階層に降りて3時間後に14階層を制圧した。


 ジャイアントオーガ3体。鎧オーガ10体。鎧オーク4体。ゴブリン弓兵10体。それらを相手に戦ったが、今のところ負傷もしていないし、斧は健在だ。買いなおしておいて正解だったかもしれないと久隆は思う。ジャイアントオーガの頭を叩き潰すときには、それなりの衝撃が走るのだ。


「いよいよ15階層だが、確認しておきたいことがある」


「な、なんでしょう……?」


 久隆は15階層に続く階段を見て、そう告げる。


「友軍識別はどう行っている? 俺が考える限り、お前たちの仲間は相当追い込まれている。自分たちに近づくもの全てを敵だと思っても不思議ではない。戦場ではそうやって同士討ちが起きることがある。魔物たちを刺激せずに、自分が帰還したことを知らせる手段はちゃんと準備してあるのか?」


「え、ええっと……。わ、私が斥候に出されたのはとにかく最上層を目指して、ダンジョン内に外からの救援を呼ぶことでして、私ひとりが帰ってくることは、その、想定しなかったので……。そういうものは……」


「そうか」


 きっと15階層のフルフルたちの仲間はがっくりすることだろう。騎兵隊の到着を期待していたら、ただ斥候が2名の増援を連れてきただけで、ダンジョンのさらに深部に閉じ込められている仲間を即座に救出するような援軍は来なかったということに。


「15階層の構造はまだ覚えているな? 陣地が移動している可能性はあるか?」


「お、覚えてます。それから、よほどのことがない限り、ようやく食料と水が確保できた15階層のあの陣地から動くことはないと思います」


「パトロールは?」


「定期的に。4名のグループで」


「よし。分かった。フルフル、接触はお前が頼りだ。俺は信頼されないだろうし、レヴィアもいきなりのこと過ぎて動揺させるだけだろう。お前が仲間たちに呼びかけろ」


「い、言われなくてもそうしますよ……。ちょ、ちょっと怖いですけど……」


「では、15階層に降りるぞ」


 久隆たちは15階層に向けて降り始めた。


……………………

*1

ジークムント・フロイト“人はなぜ戦争をするのか エロスとタナトス”より


本日の更新はこれで終了です。


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