15階層を目指して
本日1回目の更新です。
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──15階層を目指して
結局のところ、その日は9時からのダンジョン探索となった。
2時間かけてダンジョンを下り、10階層で弁当で昼食を済ませる。
「いよいよここから11階層だ。魔物の種類も違ってくるのだろう?」
「そ、そうですね。ジャ、ジャイアントオーガが出てきます。ゴブリンの弓兵も不味い相手です……。こう、敵を迂回して地下に潜るというのは……?」
「いや、それはダメだ。さっき医者を呼んだ。明後日には到着する。元陸軍の軍医だが、戦闘能力はほとんどない。一緒にダンジョンに潜ってもらうにせよ、手に負えない負傷者を地上に連れだすにせよ、連絡線は確保しておかなければ」
軍医も軍事教練を受けて、いざという時は兵士として戦えるように訓練を受けている。だが、それは手元に銃がある場合の戦い方である。特殊作戦部隊の隊員たちのように、銃がなくても敵を殺せる。それも大量に殺せるような訓練は受けていない。
負傷者を手当てするために医者の力を借りるとしても、負傷者を地上に引き上げるか、医者を地下に潜らせるかしかない。そして、医者が医者ひとりでもできることは限られ、それなりの薬品や検査器具が必要な以上、地上に連れていくのが現実的だった。
幸い、久隆の家は広い。祖父母の部屋は2部屋、両親の部屋が2部屋、久隆の部屋、親戚が遊びに来た時の部屋が2部屋で7部屋ある。フルフルとレヴィアが一部屋使い、久隆が一部屋使っているが、5部屋は空いている。そこに負傷者を収容することができるだろう。もちろん、医者のための部屋も準備できる。
最悪の場合は外にテントを広げるという手もある。テントなどのアウトドア用品はホームセンターにおいてあり、多くの野戦病院はテントでもちゃんと治療を受けられていた。戦場に行く度に軍専用の病院を建てるような余裕があるのはアメリカ軍だけだ。
もちろん、近所の年寄りたちからは怪しい目で見られるだろう。噂もされるに違いない。とうとう、あの海軍さんはおかしくなっちまったよ、などと噂されるだろう。
その程度の噂で済めば御の字。本当の目的がバレなければいい。
「いくぞ。11階層だ」
「おうなの」
久隆はゆっくりと階段を降りて、早速索敵に入る。
「オーガよりデカいのが3体。オーガが5体。オークが9体。ゴブリンが5体ってところだな。ゴブリンは弓兵だろう。乱戦になる前に叩き潰した方がいい。それからレヴィア、馬鹿でかいのに遭遇したら確認を頼む」
「任せるの。魔物には詳しいの」
レヴィアはここぞとばかりに胸を張った。
「う、うう……」
「どうした、フルフル。大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。に、人間なんかに心配されなくても……」
「顔が青いぞ。本当に大丈夫か?」
フルフルの様子は明らかにおかしかった。
「ちゃんと説明してくれ、フルフル。コミュニケーション不全は敗北を招く。この階層に出るのはジャイアントオーガなんだろう? それが不味いのか?」
「ま、不味いに決まってるじゃないですか……。馬鹿なんですか……。近衛の騎士ですら苦戦する相手なんです。それも生き残りだったひとりはジャイアントオーガに私の目の前で、ハルバードで頭から……ああ……」
フルフルの足は震えている。
「大丈夫だ、フルフル。俺たちはやってのける。そうだろう? 3人が連携すればマンティコアだって倒せたんだ。ジャイアントオーガがどれほどやばくてもレヴィアが魔法を叩き込み、フルフルが付呪で援護し、俺が叩く。そうすれば倒せる」
久隆は戦場でこんな状況になった兵士を見たことがあり、対処したこともある。
友軍の死で怖気づき、動けなくなった兵士。日本国防四軍の兵士ではありえない。日本国防四軍は全員脳にナノマシンを叩き込み、恐怖を感じないキラーマシンに変えている。怖気づくのはそこまで資金の回らない東南アジアの現地の兵士たちだった。
対戦車ロケット弾が友軍を吹き飛ばし、その残骸を浴びた東南アジアの兵士が呆然とし、動けないまま敵に囲まれそうになっていたときだ。恐怖は伝染し、部隊がマヒしようとしていた。少人数の地上部隊と大多数の現地兵、そして航空支援による戦争を推し進めていた日本海軍にとってこの状況は不味かった。
他の隊員は現地兵たちが使い物にならなくなっていくのに不安を抱き、指揮官である久隆に対応を求めた。久隆は動けなくなった兵士の両肩を握って、殴るでも、叱るでもなく、励ました。『これまで君たちの国を滅茶苦茶にしたクソ野郎どもをぶち殺してきただろう? 君ならやれる。君にしかできない』と。
そして、小銃をしっかりと握らせた。
兵士は自信を取り戻し、部隊の恐怖も消えた。
立て直した部隊で久隆たちは窮地を突破し、航空支援でテロリストたちを吹き飛ばした。それからその兵士が恐怖を感じて動かなくなることはなかった。
ナノマシンで感情を調整している先進国の軍隊は強い。当たり前だ。先端技術という恩恵をフルに受けて弱かったら目も当てられない。
だが、本当に強いのは自分の力で恐怖を乗り越える人間だと久隆は思っている。
「フルフル。レヴィアの仲間たちを助けるにはお前の力が必要なんだ」
久隆はそう告げてフルフルの肩を握った。あの時の兵士とは比べ物ならないほど薄い肩だ。それでも背負っているものの重さは同じだ。
フルフルがここで立ち止まってしまったら、大勢が死ぬ。
「わ、分かりましたよ。やります、やりますよ。べ、別に怖くはないですし……。人間なんかに心配されるようなことではないですし……」
久隆はフルフルがどんな訓練を受けてきたのか知らない。この極限状況を耐え抜ける訓練を久隆は受けてきた。フルフルは分からない。それでも彼女は自らの手で立ち向かおうとしている。強い証拠だ。
「フルフル。頑張るの。頑張ってみんなを助けるの」
「わ、分かりました、陛下」
レヴィアもこの状態に立ち向かっている。
援軍は来ない。航空支援なんてない。周りは敵だらけ。終わりは見えない。
訓練された特殊作戦部隊の隊員でもパニックになりそうな状況でも戦い続けるのだ。
「じゃあ、まずはゴブリン弓兵を片づけるぞ。こっちだ」
足音を殺しながら、久隆たちはダンジョン内を進む。地図を作り、時間を測定することも忘れない。レヴィアは10階層以降は時間に狂いがあると言っていた。それがないにしても、ダンジョン内では時間が分かりにくい。動き続けて、レヴィアやフルフルが疲労を溜め込みすぎないようにしなければ。
「ゴブリン弓兵視認。数は5体。前と同じ要領で片付けよう。レヴィア、頼むぞ」
「任せるの」
レヴィアが飛び出し、それを守るように久隆が前に立つ。
「『吹き荒れろ、氷の嵐!』」
暴風が吹き荒れ、氷の礫がゴブリンたちの肉を裂く。しかし、この階層のゴブリン弓兵は鎧を纏っている。体には攻撃は通らない。だが、無防備な頭部は切り刻まれる。そして、暴風が矢を飛ばさせない。それで十分だ。
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