不気味な静寂
本日1回目の更新です。
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──不気味な静寂
9階層に降りたときに久隆はすぐさま索敵を始めた。
「ん……? オーガが2、3体。オークが3、4体。少ないな」
「それはきっとエリアボス前のフロアだからなの」
「そうなのか?」
「そうなの。本で読んだことがあるの。エリアボス手前のフロアは魔物の数が少ないって。それがダンジョンコアが探索者に油断をさせるためなのか、エリアボス戦の前にちょっと休憩させてやろうかって意味があるのかは分からないけれど。ね、フルフル?」
レヴィアはそう告げてフルフルを見る。
「陛下の仰る通りです。ダンジョンのエリアボス前では魔物の数が減少する傾向にあります。ダンジョンがわざわざ休息の時間を与えてくれるとも思えませんので、これはエリアボス前に探索者たちを油断させようという目的でしょう。ああ、ダンジョン怖い……」
フルフルは身を震わせながらそう告げた。
しかし、と久隆は思う。
そういう観点からするとダンジョンは知性を持っていると言っていいだろう。相手を油断させようとしたりするのは明確に知性があると言えるのではないか。
だが、それではわざわざ地下上層には弱い魔物を配置し、地下深くなるにつれて、魔物を強化していく意味が分からない。戦力の逐次投入は戦術的に悪手だ。
だが、ひとつだけそれを理解できる理由が思い浮かぶ。ダンジョンは敢えて探索者をダンジョンの最下層に招き入れようとしているのではないかと。
最初は弱い魔物で釣って、ダンジョンの中に探索者たちを誘い込み、それから強い魔物をぶつけ、探索者たちが撤退しようとするときには上層で魔物を再構成する。探索者たちはダンジョンの中に閉じ込められ、ダンジョンに殺される。
「ダンジョン内で探索者が死ぬとダンジョンコアには何か利益があるのか?」
「それは分かっていないの。ダンジョンコアは探索者を殺そうとする。けど、同時に多大な富をもたらしてくれるものでもある。けど、レヴィアはダンジョンコアがレヴィアたちに富を与えるためだけに存在しているとは思えないのね」
「そうか。確かにそんな便利なシステムを作る意味が分からないものな」
ダンジョンコアに知性が窺えるのにダンジョンコアが魔族たちに富を与えるためだけに魔物をわざわざ生み出して、複雑な構造のダンジョンを作り、探索者を招き入れるだろうか。何かダンジョンコアにも目的があるのではないだろうか?
だが、その目的はダンジョンと長らく付き合ってきたレヴィアたちにも分かっていなかった。まして、ダンジョンなるものと初めて遭遇する世界の住民である久隆に分かるはずもなかった。
「よし。お喋りはここまでだ。時間的にも余裕はない。9階層を一掃したら一休みだ」
「おー」
9階層の攻略は非常に容易だった。
オーガは鎧を纏っておらず、武器も持っていない。オークもまた同じだった。
呆気なく魔物を殲滅した久隆たちはダンジョンの地図を作成し、脱出にかかる時間を計測し、それからマンティコアの待ち構える10階層に続く階段の前に立った。
「ここから先がいよいよエリアボスか」
「ここを突破すれば後は一直線なの!」
「待て待て。10階層までの道のりを作るのが初日の日程だと決めていたはずだぞ。ダンジョンの中にずっといると時間感覚を失うが、既にもう21時過ぎだ。ここは夕食を食べて、睡眠を取ってから十二分な状況で挑む」
「うー……。分かったの。久隆は軍人だからプロなの。プロのいうことには従うの。けど、ここでは眠りたくないの……」
「分かっている。マンティコアが階段を上がってこないとも限らないしな。少し離れた場所で支度をしよう」
久隆たちは完全に魔物がいないことを再確認すると階段から離れた場所にマットを敷き、バックパックを降ろし、災害非常食を広げた。
「どれがいい? ハンバーグセットと牛丼セット、カレーセットとかいろいろあるぞ」
「カレーがいいの!」
「分かった。フルフルは?」
久隆がフルフルの方を向く。
「……私たちこんなにのんびりしていていいんでしょうか。15階層では今も仲間たちが必死になって魔物たちと戦って、傷ついているというのに、こんなにのんびりしていていいんでしょうか……?」
フルフルは俯きながらそう告げた。
レヴィアがそんなフルフルの頭を撫でる。
「フルフル。あなたはレヴィアたちに地下の状況を伝えに来るという重要な役割を果たしてくれたの。それだけで勲章物の働きなの。それにレヴィアたちが無謀な行動で犠牲になったら、アガレスたちの努力も無意味なものになるの。だから、今はしっかりと休むの。戦いの前にはしっかりと休む。それは兵士の義務でもあるの」
「陛下……」
「後ろめたく思うことはないの。レヴィアたちが無事に15階層に到着したら、美味しい食べ物をいっぱい運んで、薬や包帯も運ぶの。アガレスたちはきっと喜ぶの」
「はい!」
フルフルはようやく落ち着いたようだった。
「さて、と。じゃあ、温めるから待っておけよ」
災害非常食は海軍のレーション──今のレーションは陸海空情報軍共通だが──と同じで、化学反応で熱を生じさせる発熱剤を利用して温めてから食べることになる。レーションと違うのはちゃんと食器になる再生可能素材でできたものがついていることだ。軍では士官以外にそういうものは配布されない。それにあったとしても戦場で食器を広げている暇などないのが大抵だった。
海軍の作戦で長期潜伏した際も、この手の食料である戦闘糧食II型を食したが、ベテランの下士官に言わせると年々味も、食べやすさも向上しているらしい。実際に潜伏中でも食事は兵士たちの楽しみだった。
唯一の例外は戦闘糧食III型。これはチョコバーのような形をしていて、一回の食事で成人男性が1日に必要とするカロリーと栄養素を全て補給できるという画期的なものだった。だが、味については誰もが首を横に振る。
「さあ、温まったぞ。いただくとしよう」
「いただきます!」
温かくなり、リサイクル推奨の器に移された災害非常食を久隆たちが食する。
レヴィアはカレーセット、フルフルは五目御飯セット、久隆は牛丼セットを選んで食べた。既に時刻は21時30分近くで、夕食の時間はとっくに過ぎている。この広いダンジョンを巡り、魔物と戦い、歩いたり走ったりしてきた久隆たちは腹ペコだ。
「美味しいの!」
「空腹は最大のなんとやらだな」
久隆たちはがつがつと災害非常食を貪る。
水分補給を済ませ、食事を終えたのは22時頃だった。
「今日は休んで、明日の早朝に仕掛ける。しっかり休めよ」
「分かったの」
久隆はキャンプ用のマットをダンジョンの床に敷き、バックパックの中からタオルケットを取り出す。レヴィアとフルフルはマットの上に横になり、タオルケットを被る。
「久隆は寝ないの?」
「寝るぞ。ただし、マットはそっちで使ってくれ。俺は訓練されているからどこで寝ても平気だ。それに一応タオルケットもある。そして、いつでも起きられるようにしておきたい。ここはダンジョンの中だ。再構成は6、7日後かもしれないが、油断はできない」
「久隆はプロフェッショナルなのね。レヴィアが出会ったのが久隆でよかったの。久隆はそこらの探索者より優秀なの。ねえ、レヴィアたちがヴェンディダードに戻る算段が付いたら、一緒にヴェンディダードに来ない?」
「あいにくだが、俺はいけないよ」
「そうなの……」
久隆には久隆の居場所があるのだ。あの何もない田舎の家という場所が。
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