最後の戦勝祝い
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──最後の戦勝祝い
恐らくはこれがレヴィアたちと過ごす、最後の地上での時間になる。
そう久隆は思っていた。
ダンジョンコアは110階層。
既に100階層のドラゴンゾンビは討伐され、アガレスは偵察部隊を110階層に送り込んでいる。110階層のダンジョンボスに勝利出来れば、ダンジョンコアをコントロールし、レヴィアたちは元の世界に戻る。
長い戦いはついに終わるのだ。
「お土産は何がいい?」
「何かこの世界でしか手に入らないものがいいのね。ゲーム!」
「あれは電気がないと遊べないぞ」
「そうだったの……。何がいいと久隆は思う?」
「形になって残るもの、がいいかね。本なんてどうだ? こっちの世界の本にはほとんど触れていないだろう?」
「本! 確かにいいアイディアなのね!」
今ではほとんどが電子出版だが、未だに紙の本も存在する。ショッピングモールにはそういう紙媒体の本を扱っている本屋もある。
「翻訳魔法を使えば言語の壁は越えられるしな。今度、選んでみよう」
「そうするの!」
そう言いながら久隆たちは家に戻った。
「ベリアは一度朱門に見てもらっておいた方がいい」
「誰だい?」
「医者だ。長い間、ダンジョンにいたことだし、気を付けておくにこしたことはない」
「医者、ねえ」
ベリアはあまり乗り気ではなかった。
「それから晩飯は何がいい?」
「焼肉!」
「よしよし。焼肉だな」
久隆はそう告げて家に戻った。
「よう。久隆。今回はどうだった?」
「ドラゴンゾンビをぶち殺してきた。それからようやく終わりが見えてきた」
「おお。ついにか」
朱門が口笛を吹く。
そう、ついにだ。ようやくダンジョンに終わりが出てきたのだ。100階層を超えるダンジョンもようやく終わりが見えてきたのである。
「それで、新しい救出した魔族か?」
「ああ。ベリアだ。彼女がいなければドラゴンゾンビは倒せなかったし、ダンジョンコアを制御することもできない。彼女は長い間、ダンジョンに潜っていた。健康に問題がないか見ておいてくれ」
「了解。こっちに来てくれ」
朱門がそう告げる。
「酒があるって聞いたんだけど?」
「酒は焼肉屋でも好きなだけ飲める。急ぐな」
ベリアが不満げなのに、久隆がそう告げる。
「焼肉屋ってのは言ったまま肉を焼いた店?」
「そうなの! でも、とってもおいしいのよ! ヴェンディダードとは大違いなの!」
「陛下がそう仰られるなら……」
傍若無人に見えてレヴィアの前だとちゃんと忠臣のベリアである。
「人間を信じるしかないですからね。今は」
ベリアが地上の人間と触れ合うのは初めてのことだ。
誤解が会っては困る。ベリアの診察には久隆も話を聞いておこうと思った。
「朱門。頼むぞ」
「ああ」
久隆、朱門、ベリアは家の診察室になっている部屋に向かう。
朱門は何日間、まともに食事を摂っていないかを尋ね、体に異常はないかを尋ね、そしていくつか問診を経て血液検査などの臨床検査を行う。
ベリアは血を取られることを嫌がったが、久隆が納得させた。
検査の結果、栄養の欠乏は見られるが医療行為が必要なものではないと判断され、ベリアは朱門から解放された。
「あんな針をこの世界の人間はぶっさすのかい?」
「よくあることだ」
ついでに久隆は人工筋肉を見てもらったが、異常はそのままだが、断裂などの危険はないと判断された。このままダンジョンボスと戦えるようだ。
「さて、栄養不足は食事で補わないとな。晩飯は豪華だぞ?」
「肉を焼いた代物だろ? あたしは異世界に来たなら、異世界らしいものが食べたかったね。何かよく分からない植物とか虫とか」
「……流石にここでイナゴの佃煮は手に入らないな」
ベリアは新天地で冒険してみるタイプだと久隆は察した。
「ベリア、ベリア。焼肉は美味しいのよ? きっとベリアも満足するの!」
「陛下がそう仰るのであれば」
本当にレヴィアの言うことは素直に聞くベリアである。
「恐らく、これが最後の戦勝祝いだ。110階層に到達して、ダンジョンコアを掌握したらレヴィアたちは帰るのだろう? これは少し早い送別会でもある。俺たちの世界からレヴィアたちを送り出すという送別会だ」
「そうなのね……。レヴィアも久隆とお別れは悲しいけれど、これが最後なの。だから、最後は思いっきり食べるの!」
「おう。地球の食を味わって帰ってくれ。帰りには栄養バランスシートも忘れないようにな。もう贅沢病とはお別れだ」
「そうなの!」
焼肉屋で楽しんだら、レヴィアたちとはとうとうお別れの準備かと思うと久隆は少しばかりノスタルジーを感じた。
「焼肉屋では楽しむぞ」
「おー!」
それから久隆たちは焼肉屋に向かった。
焼肉屋では大盛り上がりだった。
レヴィアたちは焼肉を満喫し、ベリアは酒を満喫した。ベリアは芋焼酎が好みとなり、何杯もお替りを繰り返していた。当然ながら、肉も味わっていたが、ヴェンディダードのものとはまるで異なるそれに驚きを隠せずにいた。
「美味いね。焼いた肉がこんなに美味いなんて」
「恐らく肉の質の違いだろう。こっちは食肉用の牛をお嬢様みたいに育て上げるからな。凄いぞ。遺伝子情報だけでも高値が付くんだ」
「いでんし……? まあ、何はともあれ、酒は美味い。食事は美味い。文句なしだ」
「それはよかった」
久隆は車なので酒はなしである。彼はウーロン茶でのどを潤した。
「本当に肉は美味いし、野菜も美味いし、酒も美味いし……。どうしてあたしはもっと早く地上に出なかったんだろうねえ……?」
「俺に言われてもな。俺たちとしてもお前にはさっさと上に上がってきて欲しかったんだぞ。というか、よくダンジョンの中で異世界にいるって分かったな」
「あたしほどの魔法使いになると簡単に分かるんだよ。世界に位置座標が。明らかに位置座標がずれてたから、世界がずれているということに気づいた。どういう世界に飛ばされたのかは分からない。もしかするとダンジョンの外は猛毒の霧に覆われている世界だったかもしれない。だから、地下を目指したのさ。ひっく」
芋焼酎のロックを一気に飲み干してベリアが告げる。
「そういう可能性もあったのか」
「過去には例がある。迂闊に地上を目指したばかりに全滅しかかったって例が。本当に全滅した例もあるだろうけど、そういうのは記録に残らないからね」
それもそうだ。帰ってくる魔族なり、人間なりがいなければ事故の存在は分からない。生きて帰った人間がいるからこそ、事故の詳細が分かるのだ。いわば、航空機のブラックボックスのようなものである。
「今回はたまたま運がよかった。友好的な住民。我々に合う空気と環境。本当に運がよかったんだよ。一歩間違えばどうなっていたことか」
「ベリア。飲みすぎなの。酔いつぶれても誰も担いでいてあげないのよ?」
「申し訳ありません、陛下。ひっく。けど、飲まずにはいられなくて」
最終的にベリアはべろんべろんに酔いつぶれ、久隆が抱えて帰った。
「これで最後なのね」
「ああ。最後だ」
久隆にとっても寂しい時代が訪れる。
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