久しぶりの買い物
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──久しぶりの買い物
久隆の自宅にはダンジョンから上がってきた女性4名が滞在している。
一応衣服は洗濯したし、風呂にも入れた。これですっきりとした気分のはずだ。
後は栄養のあるものを食べて、心身ともに健康になってダンジョンに送り返したい。
そのようなことで久隆はショッピングモールまでレヴィアとサクラを連れて買い物に来ていた。残りの面子はダンジョンからの滞在者とあれこれ話している最中だ。
特にフルフルとマルコシアは同じ宮廷魔術師として積もる話もあるようで、熱心に話し込んでいるのを確認している。
フォルネウスには護衛として彼女たちについてもらっている。いざとなればダンジョンに脱出させる手はずだ。ダンジョンに脱出するというのも妙な話だが、警察が朱門の偽装IDに気づきかけた以上、準備はしておくべきだろう。
何もないに越したことはないが、何かあってから備えても遅すぎる。
「久隆、久隆。今日は晩御飯は何にするの?」
「お前の大好きなカレーだ」
「カレー! 久しぶりなのね!」
野菜を入れやすく、手軽に作れるとなるとカレーほどの選択肢はない。
冬なら鍋やらなにやらの選択肢もあるのだが、今は真夏だ。それも温暖化の影響がまだ残っている状態での夏だ。食欲は落ちるだろう。その点でもカレーは美味しく食べられる一品だと言えた。
「ルーはやはり甘口か」
「私は辛口が好みですね」
「災害非常食のカレーが初めての奴も多い。最初は刺激が少ない方がいいだろう」
災害非常食にもカレーのメニューは含まれているが、子供も食べることを想定して、甘口の味付けになっている。本格的なインドカレーなど食べたら香辛料で悶えるだろうし、市販のカレールーでも辛口にすると抵抗感を持ちかねない。
「レヴィアは甘口がいいの!」
「だ、そうだ」
地球人3人と異世界人8名となると、優先されるのは異世界人の意見である。
「いつか私が美味しい辛口カレーを作ってあげますからね。こう見えても海軍の給養員からコツを教えてもらっているんですから」
「海軍もカレーを食べるの?」
「そうですよ。海軍カレーって有名なんですから」
もはや軍事趣味の人間ではなくとも海軍のカレーのことは知っている。揚陸艦から潜水艦まで毎週1回カレーを食べるということは。
海軍は新兵募集と市民への宣伝のために艦艇別海軍カレーの競技会まで開いているというぐらいだ。そう、艦艇によってカレーの味も異なるのだ。
久隆たち特別陸戦隊は様々な艦艇を乗り降りして、様々な海軍カレーを食べてきた。一番おいしかったのはミサイル駆逐艦の一隻だったと記憶している。
「いつかお手並み拝見と行きたいな。俺のカレーはただのカレーだ」
「期待していてくださいな」
サクラはそう告げてクスリと笑った。
「具だくさんのカレーにしたいな。野菜がゴロゴロ入っているような」
「夏野菜は欠かせませんね」
「夏野菜と言ってもどうせ工場製だがな。24時間365日、一定の量を収穫して出荷できるようになっている代物だ」
「季節感は大事ですよ。最近では春と秋の印象は薄いですが」
「全くだ」
温暖化のせいで春も秋も一瞬で過ぎ去るようになった。今は極端に寒いか、極端に暑いかのいずれかだ。
特にこの熊本は周囲を山に囲まれた土地なので影響を明白に受けている。
「さて、じゃあ、デザートも準備するか」
「デザート!?」
レヴィアが目をきらめかせる。
「アイスでいいよな? 本格的なものじゃないが」
「アイスは美味しいの!」
夏になったら一度はアイスを食べるというものだ。
夏野菜ではないが季節感がある。
「何味がいい?」
「どんなのがあるの?」
「バニラとかチョコとか抹茶とか。いろいろだ」
「チョコがいいのね」
「チョコだな」
レヴィアが知っている地球の甘味と言えばチョコだ。
「さて、これで買い物も終わりだ。帰るぞ」
「おー!」
レヴィアもすっかりショッピングモールに慣れ、あれこれ聞くことがなくなった。
成長は喜ばしいが、少しばかり寂しくもある。
久隆たちは車に荷物を積み、ショッピングモールから帰る。
「カレー! カレー! 楽しみなのね!」
「そこまで喜ばれるとこっちとしても作り甲斐がある」
久隆のカレーの作りの技術は母から教わったものだった。国防大学校に入るということで寮暮らしをするうえで必要だろうと教えてくれたのだ。久隆はその手のことは全て海軍が面倒を見てくれると言ったのだが、母は教えると言って譲らなかった。
それから海軍でずっと食事は面倒見てもらっていたが、負傷し、傷病除隊することになってから困ったことになった。外食で全て済ませるという手もあったのだが、久隆が暮らしている田舎は外食するのに恵まれた立地ではなかった。
仕方なく、久隆はかつて母が教えてくれたレシピを思い出し、カレーを作った。
最初のカレーはいろいろと失敗したが、どことなく懐かしい味だったのを覚えてる。
「サクラは今度、本格的なカレーを頼むぞ。俺も楽しみにしてるからな」
「ええ。任せてください」
サクラはにこりと笑って返した。
「陸軍じゃ、隠し味にコーヒー牛乳を入れるそうだが、そういう隠し味はあるのか?」
「陸軍が作る分量が半端じゃないですから事情が違いますよ。隠し味は内緒です」
「じゃあ、どこの艦艇の給養員から教わったんだ?」
「あかぎですよ。あそこのカレー、覚えてます?」
「ああ。あそこのカレーは美味かったな」
あかぎは軽空母として建造され、東南アジアの戦争ではヘリコプター母艦としても活躍し、久隆たち海軍特別陸戦隊の拠点のひとつともなっていた。
拠点として随分と長居しただけにカレーの味はまだ覚えている。あかぎの給養員は優秀でとても美味しい食事を毎日提供してくれていた。カレーについてもコンテストでは優勝しなかったそうだが、かなり美味かったと久隆は記憶している。
「しかし、あの忙しい中でよく給養員に食事を教わる暇があったな」
「何を言ってるんですか、久隆さん。時間は有り余っていましたよ。久隆さんは書類仕事で忙しかったかもしれませんが、出撃のない日は結構あったじゃないですか」
「うむ。そう言われるとそうだな」
東南アジアの戦争はひたすらに忙しかった記憶があるが、よくよく考えれば暇な日がなかったわけではない。軍隊では待つことも仕事の内と言われるぐらいなのだ。
「そういうことですので、次のカレーには期待していてください」
「期待させてもらおう」
久隆はそう告げて車を自宅に向けて走らせ続けた。
カレーは量を作ると美味しくできるという。今の人数ならば遠慮なく多くのカレーを作ることができるだろう。
久隆はそう思いつつ、母のカレーを思い出していた。
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