治安機関の影
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──治安機関の影
久隆たちは入浴希望のイポスたちを連れて地上を目指す。
ついで70階層でも風呂に入りたい魔族がいるか尋ねたら、2名が手を上げた。やはりふたりとも女性で、宮廷魔術師だった。
久隆たちは合計4名を連れて地上まで登る。
「ここが地上……」
イポスたちにとっては初めての地上だ。
生い茂る草木と遠くに見える街並みを見て、ここがヴェンディダードではないことを悟ったのか、暫し呆然としていた。
「いいか? ここだと人目に付く」
「あ。はい。すみません」
イポスたちは慌てて久隆たちについていく。
「フルフルでもマルコシアでもいいんだが、風呂の入り方を教えてやってくれ。風呂自体は俺が沸かす。それから洗濯物はどうにかして風呂に入っている間に洗濯と乾燥を済ませておく。衣類に入っている大事なものや、紙などは出しておいてくれ」
「あたしがお世話しておきますよ」
「なら、頼む、マルコシア」
久隆は最速設定で洗濯と乾燥にかかる時間を説明書を見て調べ、その間にマルコシアはイポスたちを風呂場に連れて行った。
「30分は入っておいてくれ。洗濯と乾燥にそれだけ時間がかかる」
「了解です!」
マルコシアから了解の声が帰ってくるのに久隆は洗濯機を回す。
それから久隆は脱衣所を離れ、レヴィアたちに合流した。
「みんな、お風呂に入ったの?」
「ああ。これで身も心もリフレッシュしてくれればいいんだが」
レヴィアが尋ねると久隆がそう告げて返す。
「久隆の家のお風呂は広いからきっとリラックスできるのね」
「そうだといいんだが。あれは祖父母が介護入浴が必要になった時に備えて大きくしたものだからな。結局、そんな手間はかからずぽっくりと逝ってしまったが」
久隆の祖父母はホームに入りたがらず、家で人生を終えたかったために、介護士の訪問サービスを頼もうと、風呂場を改築して大きくしていた。
だが、その風呂は結局使われることなく、祖父母も両親もぽっくりと他界していった。残された久隆にとっては広すぎる風呂だった。
「それより朱門はまだ帰って来てないのか?」
「朱門はまだなの。きっと飲んだくれているのね」
「酷いいいようだな。まあ、あり得なくもないから否定できないが」
久隆と違って朱門は酒を飲む。強い酒も弱い酒も。
「久隆、帰ったぞー」
そんな噂をしていたら本人の声がした。
「遅かったな」
「文句は警察に言ってくれ。危うく偽装IDがバレるところだった」
「おいおい。大丈夫なのか?」
「手動検査でバレなかったから大丈夫だ。ただ、暫くは偽装IDのひとつは使えないな。警察に目をつけられている。取引現場までは迂回路を通ってやり過ごすしかない」
「マフィアと取引してきたのか?」
「それ以外に偽装IDを使うことなんてない。俺だって馬鹿じゃないんだ。しょっちゅう偽装IDを使ってれば足がつくことぐらい分かっている。今回もウナギを食うついでに金貨と宝石の換金をしてきたところだ」
やれやれというように朱門が肩をすくめる。
朱門の偽装IDは網膜スキャンと指紋認証の際に使われる。どちらも偽装可能だ。
だが、顔認証スキャンはごまかせない。今回は顔認証スキャンと指紋認証スキャンのデータが一致しなかったことで警察に連絡が行った、とのことだった。
朱門はすぐに偽装のための手袋を破棄し、偽装IDのことはバレることなく、機械の誤作動という形で方が付いたそうだ。
ただ、これでひとつの偽装IDは使えなくなった。
朱門も警察に目を付けられただろうし、これからは生体認証と紐づけられた監視カメラの合間を掻い潜る形でマフィアとの取引現場に行かなければならない。幸いにしてそういうことには朱門は知識があった。
「マフィアはそこまでのリスクを冒して儲かっているのか?」
「ああ。もちろんだ。正直なところ、連中はぼろもうけだ。換金する際の手数料として連中は利益の6割を持っていく。残り4割は俺の手に渡り、そこから俺の給料として相応しい額を差し引いたものをお前に渡している」
「差し引いてあの額か? かなりの儲けだな」
「そうだとも。金の需要は高まっている。ナノマシン産業でも金は使うからな。純粋な資産としてもマネーロンダリングに使える代物だ。連中は金を欲しがる。宝石の方はというと換金に手間取るのかあまり利益にはなっていないな」
「じゃあ、これからは金貨だけを持ち帰ってくる方向でいいか?」
「そうしてもらえると助かるね。だが、そんなに金貨が溢れているものなのか?」
「膨大に溢れている」
「ロマンも溢れているな」
朱門はそう告げて小さく笑った。
「お前の生き方にどうこう言うつもりはないが、警察沙汰はごめんだぞ」
「そっちには迷惑をかけない。俺もいい年だ。他人にケツを拭いてもらわなければならない年じゃない。自分の始末は自己完結する。警察に金の密輸について問われたら、お前とは別の出どころを上げるつもりだ」
「お前がいなくなっても困るんだがな」
「だが、俺を繋ぎ留めておくためには金が必要だ。そうだろう?」
「全く以てその通りだ」
腹立たしいが、朱門は善意から久隆たちに協力しているわけではない。あくまで雇われているだけだ。彼は儲けられないと分かったら、この作戦から手を引くだろう。
そもそも久隆と朱門の関係は同じ高校で、同じ軍人の道を目指した以外にない。それも久隆は海軍だし、朱門は陸軍だ。
そういう意味では朱門と久隆の関係を裏付けるものはなく、関係は否定しやすいと言えばしやすい。メリットはその程度のものだ。
関係は切れやすく、脆い。金の切れ目が縁の切れ目と言って間違いない。
だから、久隆は警察の捜査の手が及ぶ可能性を考えつつも、朱門に金貨を渡さなければならないのだ。朱門も各種医療品を揃えるのに、金が必要だ。そして、当然ながら闇医者として彼が自由にできる金も必要だ。
その朱門が警察に目を付けられるのは久隆としては全く好ましくない。
「ばれないようにやれよ。いくらお前が関係を否定しても、俺たちに捜査の手が及ぶ可能性はあるんだ。この田舎にも監視カメラぐらいはあるし、年寄りどもに聞き込みされたら、お前がこの家にいたことはすぐに判明する」
「安心しろ。監視カメラのない場所を選んでここまで来ている。警察の線は途中で切れるようになっている」
「全く……」
朱門には何を言っても無駄だということを久隆は実感しつつあった。
「さてと、何か治療が必要なことはあるか?」
「俺とサクラの人工筋肉を見てくれ。相変わらず成長中のようだ」
「分かった。診てみよう」
それから久隆とサクラは朱門に人工筋肉を見てもらい、作動に問題がないことを確認した。ただ、久隆の人工筋肉は発達し過ぎており、これからどうなるか想像もできないというのが朱門の意見であった。
「発達し過ぎるとどうなるんだ?」
「物理的に筋肉が肥大して、カーボンファイバーのカバーを突き破ってくる。まさかそこまでのことになるとは思えないが、お前のために設計されたその義肢は大きさを制限している。いずれ問題になるだろう」
「レベルを上げすぎるのも問題、というわけか」
「そういうことだ。だが、お前は戦う。そうだろう?」
「ああ。俺がやらなければならないことだ」
久隆はそう告げた。
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