物資調達
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──物資調達
久隆は偵察が終わるまでの間、ダンジョン内の魔族たちのために物資を調達することにした。災害非常食とペットボトルの水はそうだが、それ以外にもマットや医療品や衛生グッズを差し入れようと思ったのだ。
ダンジョン内の魔族のコンディションは兵站線を確保する上で重要だ。そして、彼らが良いコンディションで戦えるようにするためには様々な品が必要になってくる。
食料と水は当然。マットもあった方が休みやすい。医療品は回復魔法使いたちが80階層に移動し、70階層に残された魔族たちにとって必要だ。衛生グッズは体の不快感を抑え、また気持ちよく戦えるようにできる。
久隆はあまり多くの災害非常食を同じサイトから購入して怪しまれるのを避けるために、別々のサイトからこの手のグッズを入手した。
荷物は2日後に届けられ、久隆は生体認証を行って荷物を受け取った。
「何が届いたの?」
「魔族たちへの補給物資だ。今日のうちに届けに行こうと考えている」
「一緒に行くのね!」
「ああ。ダンジョンの魔物が再生成されている可能性もある。全員で行くぞ」
久隆たちは荷物を抱えて、ダンジョンに潜った。
70階層、80階層ともなるといくだけで一苦労だ。だが、この長い道のりをこれから何度も掃討しなければならない魔族たちのことを考えれば、これぐらいの労働は何ともない。久隆たちは地下に潜り続ける。
「ああ! 久隆様! どうなさいました?」
「物資の補給だ。食料と水。それからいろいろとある」
久隆はまずは70階層で荷物を分けて配布する。
「……これは?」
「マットだ。休む時に使ってくれ」
ファミリーキャンプ用の大型マットを数枚、久隆は魔族たちに手渡した。
「……これは?」
「アルコール消毒ができる使い捨てのタオルだ。体を拭くのに使える」
魔族たちは見慣れない品をまじまじと眺める。
「それから医療品。包帯に消毒液。これの使い方は分かるだろう」
「ええ。助かります、久隆様」
医療品は魔族たちも見慣れた品だった。
「では、80階層にも荷物を配ってくるが、80階層から何か連絡は?」
「拠点が完成したとだけ。ついさっきです」
「では、魔物は再生成されていないな」
久隆たちは安心して80階層に降りていった。
「久隆殿。偵察報告はまだだが……」
80階層ではアガレスが久隆を出迎えた。
「物資の補給だ。いろいろと持って来たので使ってくれ」
久隆はマットや衛生グッズなどをアガレスに渡す。
「これは……。ありがたい! 久隆殿のおかげで我々は戦意を保てるだろう!」
「そうであれば支援した甲斐があるというものだ」
魔族たちは未知のエリアに踏み込むのは偵察部隊だけだが、久隆たちはその偵察部隊に助けられているし、後方の兵站線の維持も任せている。魔族が万全なコンディションにあるということは久隆にとっても望ましいことなのだ。
「しかし、久隆殿に頼みたいことがある。とても申しにくい頼みごとなのだが……」
「俺たちはお互いに助け合っている関係だ。遠慮なく言ってくれ」
「ううむ。本当に言いにくいのだが、女性の宮廷魔術師や騎士が風呂に入りたいと……。以前、健康を害したものたちを久隆殿の家で療養を取らせてもらった時に風呂に入れたということもあり、女たちが風呂に入ってすっきりしたいというのだ」
「そうか。それだったら、構わない。荷物を運んでもらうついでに休養を取るといい。こちらとしては面倒を見る準備はある」
久隆は開いた部屋を未だに魔族の療養所としており、部屋の数にも、風呂にも空きを作ってある。それに女性というのは男性より体臭や髪の手入れを気にするものだ。
アガレスの指揮下にある近衛騎士団については男女比は男7に対して女3という程度だが、宮廷魔術師となるとフルフルやマルコシアのように女性の比率が高くなる。そして、恐らくだが、彼女たちはこの手の長時間の任務に挑んだことがない。
宮廷魔術師が近衛兵と違うというのはフルフルやマルコシアを見ていれば分かることだ。彼女たちの戦闘力は侮れないが、決して軍人ではない。魔術の道を追求してきた学者肌のものたちだと分かる。
学者に体力がないわけではない。事実、フルフルは倒れるまで魔法を使い続けた。だが、訓練された職業軍人と比較すれば体力的に劣るのは現実だ。
そして、職業軍人は水のたまった塹壕の中でも戦い続けられるが、学者はそうはいかない。いや、第一次世界大戦と第二次世界大戦の両方で学者が徴兵されたことがあり、彼らはそのような環境に耐えた。だが、それは軍人としての教育を受けたからだ。そして、何より徴兵されたのは男たちである。
そうでないものが、劣悪な環境にあまりに長い時間耐えられるとは思えない。
彼女たちはこの緊張感漂うダンジョンで過ごしていて、血を流し、汗を流しただろう。それを拭いたいというのを断るほど久隆は人でなしではなかった。
「戦闘力を失わない範囲で順次上に上げてくれ。俺たちが出迎える」
「助かる、久隆殿。このような申し出を引き付けてくれるとは」
「そっちの利益は俺たちの利益でもある。気にしないでくれ」
確かにそうなのだ。
兵士の衛生を維持するというのも後方支援の一環だ。陸軍が入浴機材を抱えているのは何も被災者の支援だけでなく、自分たちが衛生環境を保つためでもある。事実、陸軍が入浴機材──野外入浴セット2型を装備したのは日本航空123便墜落事故における悲壮な災害派遣の経験からだった。
海軍でも入浴の時間はある。もっとも作戦中の艦艇ではいくら海水から真水が精製できるとしても、水の無駄遣いはしない。それでもシャワーを浴びるくらいのことはできる。潜水艦については事情は些か異なるものの。
何にせよ、久隆の家の風呂は入浴介護用のまま広いし、部屋には空きがある。ここで下手に文句を言って、アガレスたちとの関係を損ねたくないというもの久隆の思うところであった。
久隆たちだけではダンジョンは攻略できないのだから。
「では、早速だが、2名いいだろうか?」
「ああ。着替え……は持ってないよな。良ければ服も洗濯するんだが」
「残念なことに。こんなことになるとは思ってもみなかったのだ」
今回のは不意の事故。あるいは災害だ。準備などできているはずもない。
「こっちでなんとか調整してみよう。身も心もリフレッシュした状態で、万全のコンディションを保ち、その上で戦ってもらいたい」
「ありがたい、久隆殿」
アガレスは深々と頭を下げた。
「では、2名を紹介してくれるか。地上での約束事もある」
「分かった。今、呼ぼう」
アガレスはそう告げて2名の女性を呼んだ。
「お久しぶりです、久隆様」
「イポス。久しぶりだな」
ひとりは顔見知りだった。イポスだ。ワーム戦で協力してくれた宮廷魔術師である。
「では、ふたりとも聞いてくれ。地上には魔族はいないし、魔法も存在しない。もし、人前で魔法を使えば治安機関に通報される可能性がある。なので、何がなんでも地上で魔法は使わないでもらいたい。それから俺の家にいきなり客人が増えているのも怪しまれる。既にレヴィアたちを庇うので、カードは使い切っている。なので、可能ならば風呂に入ったら家の中にいてくれ。いいか?」
「はい。大丈夫です」
「よし。結構。では、最上層までの道のりは長いが、行くとしよう」
久隆たちは地上に向かう。
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