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─夏の風物詩

……………………


 ──夏の風物詩



 夕食が終わり、花火をやろうと久隆は裏庭に集まった。


 だが、女性陣の姿がない。


「……? あいつら、花火するんじゃなかったのか?」


「どうなのでしょうか?」


 フォルネウスは早く花火がしたくてうずうずしているように見えた。


「よう。久隆。花火か?」


「ああ。お前もやるか、朱門?」


「やめろよ。子供じゃないんだ。大人になって花火なんかで浮かれるものかよ。それよりここしばらくはダンジョンには潜らないんだろ?」


「後2日程度は」


「じゃあ、俺は街の方に行ってバーで女を探してくるから。留守にするぞ」


「ご自由に」


 朱門は稼いでいる金を懸命に使おうとしているようにも見えた。


 元陸軍軍医少佐が羽目を外したくなる気持ちも分からなくはない。それに手元に金があればそれを使って享楽の限りを味わうという選択肢を選ぶのも不思議じゃない。


 ただ、朱門の金遣いが荒くなり、国税庁が調査に乗り出し、このダンジョンのことが発見されることだけは避けてほしかった。


 もっとも、朱門は後ろめたいものを抱えている人間だ。自分の行動がどのように把握されているかは理解しているだろう。マフィアがマネーロンダリングした金を使っているなら、そうそう足は付くまい。


「お待たせしました」


 そこでサクラの声が聞こえた。


「サクラ。ああ、浴衣か」


 久隆はサクラたちの格好を見て、時間がかかった理由に納得した。


 夏の装いというのは浴衣のことだったのだ。


 サクラはアジサイの花柄の浴衣。レヴィアは青色に白い線が入った清涼感のある浴衣。フルフルは百合の花柄の浴衣。マルコシアは朝顔の花柄の浴衣。


「ど、どうでしょう? 似合っていますか?」


「似合っているぞ。綺麗だな」


「そ、そうですか」


 フルフルは照れ照れした様子で頷いていた。


「さ、納涼です。花火の輝きを見て、夏の暑さを忘れましょう」


「おー!」


 サクラがそう告げて花火が始まった。


 最初は派手なねずみ花火やロケット花火。それから手持ちの花火を楽しむ。


「楽しいのね! こんな娯楽はヴェンディダードにはなかったの!」


「ああ。ないだろうな」


 花火があるということは火薬があるということだ。そして、火薬の存在は銃の存在を示唆する。いずれ、レヴィアたちも火薬を発明するだろう。そして、地球と同じように戦死者を増やすことだろう。


 ヴェンディダードの軍部も火薬の輸送や製造という後方での仕事に悩まされるに違いない。火薬ばかりは現地調達とはいかないのだ。


「この浴衣という衣類は涼しくていいですね。あたしのはどうです、久隆様」


「似合っているぞ。サクラに着付けてもらったのか?」


「……はい。この腰の帯がどういう仕組みなのか分からない次第です」


 マルコシアは不思議そうに腰の帯を見ていた。


「まあ、今は花火を楽しめ。ほら、火をつけてやろう」


「わあ。ありがとうございます」


 久隆の花火からマルコシアの花火に火が移る。


 周囲は虫の鳴き声と花火の立てるぱちぱちという音だけが響いている。暑さも忘れるぐらい清涼な環境だ。夏の暑さもこれならば乗り越えられるような気がしてくる。


「もっともっと燃やしたいのね!」


「まだまだあるから好きなだけやっていいぞ」


 久隆はレヴィアたちの初の花火のために大量の花火を購入していた。


「二刀流なのー!」


「わわっ! 火花が、火花が!」


 レヴィアが2本の手持ち花火を持って振り回すのにフォルネウスが退避する。


「楽しいですね、久隆さん」


「ああ。楽しいな。童心に帰った気分だ」


 サクラが話しかけてくるのに久隆はそう返した。


「我々にも子供時代があったんですよね」


「そりゃそうだ。いきなり大人にはならない」


「でも、どうして海軍に入ることを選んだんでしょうか」


「難しい質問だな」


 ぱちぱちと火花を散らす花火を見ながら、久隆はぼんやりと考える。


「俺は愛国心が少しはあったからだと思っている。あの頃は純粋で、国のために戦うことで多くの国民から感謝されると思っていた。それは確かに間違ってはいなかった。日本海軍軍人のことをこの国の人間は誇りに思ってくれた」


「少しの愛国心だけで戦えるものですか?」


「ああ。きっかけさえあればいい。後は戦友ができて、任務ができて、やりがいが生じる。戦場では国のためだとか大層なことは考えない。戦友たちのことを考える。そして、生き残ろうとする。そうするうちに戦えるようになっているんだ」


 ほんの少しの愛国心はきっかけ。


 入隊すれば、戦友ができる。義務が生じる。任務が命じられる。


 そこで生き延びようと、戦友を助けようと、そうしているうちに戦えるようになっているのである。少なくとも久隆の場合はそこまで大げさな愛国者じゃなかった。祖国日本のために戦うことに異論はなかったが、どちらかと言えば戦地で考えるのは自分たちのこれからのことなどだった。


 自分たちは生き残れるのか。生き残るためにはどうするべきか。


 そういうことを戦地では考える。祖国日本のためとか、日本国民のためだとか、大げさなことは考えない。軍人も仕事だ。仕事中に考えるのは仕事のことだ。この仕事がどれだけの利益になるかなど考えている暇はない。


「サクラ。お前はどうなんだ?」


「私ですか? 私は愛国心とかそういうのは全く。ただ、戦う女性というのはカッコいいなと思って応募したんです。地元の高校に軍のリクルーターがやってきて、その人が女性で、その人の述べる戦績が凄くて、パフォーマンスで柔道部の男子生徒をあっさりと倒してしまったのが印象的だったんですね」


「割と軽い理由だな」


「ええ。でも、この道に進んで後悔はしていませんよ。掃海艇でダイバーをやっていたときも、特別陸戦隊で戦っていたときも、私は充実していました。普通の仕事に就いていたらできないようなことを多く体験できましたから。もちろん、いい体験ばかりではなかったですけど」


「良くも悪くも非日常ではあったな」


「そうです。それがよかったんです」


 そう告げてサクラはにやりと笑った。


「久隆さんの気持ちも分からないでもないんですよ。あの非日常からいきなり日常に戻されたら、気がどうにかなりそうになります。事実、私もそうでしたから。平和な日本は自分の故郷のはずなのに落ち着かない。故郷の街を歩いてみても違和感しか感じない」


 サクラが語る。


「あまりにも、あまりにも自分がここにいていいという感じがしなくて、何かよそ者になってしまった気がして、あちこちをさ迷い歩きました。私に声をかけてきた民間軍事企業(PMC)とは定期的に連絡を取り合っていましたけれど、それでも自分ひとりではいく気がしなくて。気づいたらここにきていました」


「そうだったか。お互い苦労しているな」


民間軍事企業(PMC)の件、考えてくれています?」


「ああ。俺はもう平和な日常とやらには戻れんだろう。軍隊の規律と戦友がいなければやっていけまい。だから、だ」


 久隆はそう告げて最後に線香花火に火をつけた。


「ん? 何か静かな花火なのね」


「花火はこれでお終いだ。楽しかったか?」


「楽しかったの!」


「それはよかった」


 久隆はそう告げて線香花火の輝きを見つめた。


……………………

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