平穏なひと時
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──平穏なひと時
地上に上がってきた魔族たちによるとまだレラジェたちによる偵察は続いていることのだったので、彼らに災害非常食とペットボトルの水を渡し、久隆たちは今しばらく地上に留まることにした。
正直なところ、久隆は70階層以降がトラウマになっていた。自分とラルしかいない状況でリザードマンを相手にするというのは、心に刻み込まれた恐怖だった。もちろん、数多の修羅場を乗り越えてきた久隆に乗り越えられないものではないが、できるならば暫くは近づきたくないというのは本音であった。
とりあえず、今は無理をして近づく必要はない。レラジェたちの偵察が終わってからでも遅くはない。今はのんびりと休み、長いダンジョンでの戦いによる疲労を癒そうと考えた。少なくともレヴィアに関しては休ませておかなければ。彼女は子供だ。
その子供を兵士として使っている自分に嫌悪感を覚えながらも、レヴィア抜きでダンジョンの攻略は不可能だし、そしてレヴィアを除け者にしてダンジョンに挑めばレヴィアの尊厳を傷つけることは間違いないと思って今の状況に甘んじている。
できるならば、これは大人の解決する問題だ。
フルフルも、マルコシアも久隆からすれば子供だ。もっと大人がダンジョンからの脱出を考えなければならないのである。
だが、現状人材は乏しく、子供だろうと何だろうとつかわなければ、生き残れないし、未来は見えない。久隆とサクラのような大人だけでは戦力が足りない。
結局のところ、自分たちも何かと言い訳をしつつ子供兵を使っているわけだと久隆は自嘲する。あれだけ嫌った子供兵を使う立場になるというのは、あまりいい気分ではない。だが、確かにレヴィアたちは戦友だ。
戦友たちが戦うのであれば自分も戦う。
そこが自分の居場所なのだから。
しかし、もしレヴィアたちが傷ついたときはどうなるだろうかとも久隆は思う。レヴィアがダンジョンで負傷したのは、最初の足の捻挫程度だが、これから命に係わる傷を負った場合、久隆は正常心を保てるだろうが?
罪悪感に押しつぶされそうになる? 自分を責め立てる?
いずれにせよ、いい結果にはならない。
その点、東南アジアの民兵たちはよく子供兵などをあれだけの規模で良心の呵責もなく使えたものだと久隆は思うのだった。
「さて、何がしたい?」
久隆は些か投げやりにそう尋ねた。
彼としてはこの家でできる範囲のことならば叶えてやりたかった。
だが、この家でできることなどたかが知れている。
この田舎では夏祭りも行われない。夏祭りを主宰し、実行するような人間がいない。田舎の夏が盛り上がるのは年寄りたちの孫がお小遣いをせびりに帰省してくるときぐらいである。
基本的に静かな村だ。
何もないと言えば何もない。だが、何もないということがある。
「久隆たちは夏はどうやって過ごすの?」
「そうだな。そうめんを食って、旅行に行き、そして家では花火ってところか」
久隆は長らく海軍に所属し、そして戦時中だったために夏の過ごし方を忘れしまった。昔はもっとこうワクワクするようなことがあったはずなのに。
まあ、学生気分が抜けるとそんなものなのだろう。夏休みがもらえるのは学生までだ。それ以降は盆休みを除けば普通の日々。暑い日常。戦時下の軍人であると盆休みが得られるかどうかすら怪しかった。
久隆が夏の休暇の過ごし方について特別な意識を持たなくなったのも無理はない。
「花火って何なの?」
「こう、色のついた火花を鑑賞して遊ぶものだ。一から説明するとなると難しいな……。とにかく、暑い時期に行う遊びのひとつだ。うちの裏庭なら遊んでいいぞ」
「うーん。奇妙な遊びなのね。けど、魔法もないのにどうやって火花を?」
「火薬だ。ちゃんとそれ用の道具が売られている。それを使って遊ぶんだ。興味あるか? あるならホームセンターかショッピングモールに行って買ってくるぞ」
「興味ありありなのね。是非とも異世界の遊びを楽しみたいの!」
「分かった。準備しよう」
久隆は頷き車を出そうと車庫に向かった。
「ああ。久隆さん。お出かけですか?」
「花火で遊ばせてやろうとお思ってな。夏だろう?」
「そうですね。最近はそういうのにも疎くなりました」
「俺もレヴィアに聞かれてなかったら思い出せなかっただろうな」
久隆もサクラももう大人だ。夏の出来事に夢をはせる人間ではなくなった。
「せっかくだから装いも夏らしくしませんか?」
「装いを?」
「はい。花火を買いにはショッピングモールへ?」
「ホームセンターでもよかったが、ショッピングモールに何か用事でもあるのか?」
「だから、夏の装いを整えるですよ。レヴィアちゃんたちには最初で最後の日本の夏になるかもしれませんし、しっかりと楽しんでいってもらわないと」
「分かった。車を出そう。乗ってくれ」
「レヴィアちゃんたちも呼んできますね」
しかし、久隆には夏の装いと言われてもさっぱり分からなんかった。
涼しい格好でも準備するのだろうかと思いながら、車でサクラがレヴィアたちを連れてくるのを待つ。
「はい。準備万端です」
「なら、いくぞ」
久隆は自動車を出し、ショッピングモールに向かった。
そして、ショッピングモールに着くなり、サクラはレヴィアたちを連れて女性もの衣料品コーナーに向かっていった。
仕方なく、久隆は今晩の晩飯の食材と明日の朝食の食材を買い、それから花火を選び始めた。もうそろそろ夏休みも終わりに近づく。花火売り場は小さなコーナーになっていた。久隆は裏庭でも遊べそうな代物をチョイスすると無人レジで会計を済ませた。
しかし、やけに女性陣の買い物に時間がかかる。
久隆はコーヒーチェーン店でアイスコーヒーを飲みながら、サクラたちが戻ってくるのをゆっくりと待った。
「お待たせしました、久隆さん」
「おう。買えたのか?」
「はい。ばっちりと」
「それは上々。帰るとするか。帰ったら晩飯と花火の準備をしよう」
久隆は時間がかかった割に少ないサクラたちの荷物を見ながら、車に乗り込んだ。
「今日の夕食はなんなの、久隆?」
「ハンバーグだ。チーズを中に入れてやるからな」
「ハンバーグ! ファミレスで食べて美味しかったのね!」
「ちゃんと野菜も食えよ」
久隆たちは家に帰り着くと夕食と花火の順を始めた。
まずは夕食から。ハンバーグはお手製で、中にはチーズが入ったものを赤ワインを含めたソースとともにくつくつ煮込む。その間に付け合わせのマカロニサラダの準備を行い、野菜たっぷりのマカロニサラダを完成させる。
全てができたら花火の準備。裏庭に消火器と水の入ったバケツを準備しておく。この時期の草木は燃えにくいものの、万が一という場合がある。
「よーし。飯だぞー。集まれー」
「ハンバーグ!」
レヴィアが飛んできて夕食は始まった。
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