家庭の味
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──家庭の味
久隆たちはアガレスとの会談を終えると、地上に戻ることにした。
地上は久隆たちの時計の時間に合わせたような時刻だった。すなわち夕方。
「さて、今日の晩飯はどうするか」
「ファミレスでもいいのね」
「まだスーパーは開いている。何か作ろう」
時刻は16時付近。晩飯の支度をするには遅くない。
「適当に煮物でも作るか。それから希望があるなら刺身」
「お刺身、食べたいです……」
フルフルが遠慮しがちにそう告げる。
「では、決まりだな。俺はスーパーに買い出しに行ってくる。お前たちは家で待っていてくれ。と、その前に今回のダンジョン攻略も何日かかったか確認しないとな」
久隆はそう告げて裏口に向かう。
「よう、久隆。今回はそうでもなかったな」
「何日経っている?」
「1日。本当にダンジョンの中と外で時間の差があるのか? 経験してみないと分からないな」
「一度経験してるだろう。ダンジョンに軍医として潜った時。あの時も時間のずれはあったはずだ。違うか?」
「いや。俺のときはなかった。インターネットの東京時刻ぴったりだった、やはりおかしなものだなダンジョンというのは」
「だな」
久隆は朱門に頷き、家の中に入る。
「ところで朱門。耐地雷・伏撃防護車両並みの装甲厚を持つ相手に俺のようなイカレた腕力を持つもの以外が対応する術はあると思うか?」
「そりゃあ、あるだろう。耐地雷・伏撃防護車両は爆破の衝撃を逃がすように設計されている。それと同じ装甲厚を持っているからと言って、必ずしも爆発の衝撃に耐えられるわけじゃない」
「となると、軍用装甲車を破壊できるレベルの爆発か」
「そうなるな。花火を使ったお手製爆薬では通用しないだろう。最近の耐地雷・伏撃防護車両14.5ミリ弾にも余裕で耐える。お前は以前、戦ったんだろう? その時はどうしたんだ?」
「斧で叩き割った」
「耐地雷・伏撃防護車両を斧で破壊できるってことか……」
「ああ。俺がイカレているのはよく分かっている。肝心なのは一般の部隊がどうリザードマンを掃討するかだ。俺だけがリザードマンを倒せても意味はない」
「毒物を使ってみるのはどうだ?」
「リザードマンに効く毒なんて分かるのか?」
「闇市場には毒ガスが出品されることもあるぞ」
「遠慮しておく」
朱門からの役に立たない助言に久隆は首を横に振る。
毒ガスは確かにリザードマンに有効かもしれない。閉所で毒ガスを使えば効果はてきめんだろう。だが、それを化学的に除染する部隊が存在なければ、いくらリザードマンを駆逐したところで意味だない。
「さて、俺は買い出しに行ってくる。お前たちは休んでおいてくれ」
「分かったの」
久隆の言葉にレヴィアたちが頷く。
久隆はまだ開いているスーパーに向かい、スマホを片手にレシピを参照すると、肉じゃがの材料を詰め込んでいった。いつもは2人前のを2日かけて食べるが、今回は6人前だ。材料はパンパンである。
それから冷凍食品売り場でアイスを買い、スーパーの一画にある惣菜店で漬物を買うと、久隆は自宅に戻った。
「お帰りなさいませ、久隆様!」
「ああ。マルコシア。これから飯の支度だ」
「お手伝いしますよ?」
「なら、頼めるものは頼もう」
久隆は買ってきた食材のうち、アイスと漬物を冷蔵庫に入れ、残りは準備を始める。久隆自身、肉じゃがは好きだ。特に母の作ってくれた肉じゃがの味は忘れていない。
だが、同じものが作れるかと言われると小首を横に振らざるを得ない。家庭の味ほど身近にあって、再現の困難なものもないだろうと久隆は思っている。祖父母が死に、それを追うように両親が死に、自分自身も死にかけてこの家に戻ってきたのはそう昔の話ではないというのに。
「あの、お手伝いしましょうか?」
フルフルも久隆の料理の手伝いを申し出た。
「ありがたい。まずは──」
久隆が指示を出し、肉じゃがづくりは進んでいく。
久隆の作る肉じゃがは野菜多めだ。人参、玉ねぎ、青豆がたっぷり入っている。肉も少なくはない。要はボリューム感溢れるものだということだ。
昔からそんな肉じゃがを食べてきたから、久隆も自然とそういう肉じゃがを作るようになった。だが、ちょっとした味の違いなどは受け継がれていない。久隆はかつての家庭の味を忘れてしまった。
肉じゃがを茹でて、ご飯を炊き、麦茶の支度をする。
かつてはひとりだけだった台所も今は3人。ダイニングでは残り3人が待っている。
レヴィアはゲームに夢中でダンジョンのことを忘れ、フォルネウスは剣を磨いている。サクラはコンパウンドボウの様子を見ていた。サクラのコンパウンドボウは今も成長を続けているようである。
肉じゃがほどよく煮込まれ、ご飯が炊きあがったとき、久隆はインスタント味噌汁にお湯を注いで準備を済ませ、食卓に盛り付けたご飯と肉じゃがを運んでいった。マルコシアとフルフルも手伝っている。
「飯だぞー。レヴィアもゲームはそろそろ終わりにしておけー」
「分かったの!」
レヴィアはゲームの電源を切ると、食卓にやってきた。
「いただきます」
「いただきます!」
久隆たちは食品工場で生産された食物とそこで生産された飼料を基に育てられた動物たちの命とそれを生産した工場職員と畜産農家に感謝し、肉じゃがを取り分けて口に運ぶ。肉じゃがはよく味が染みていてとても美味しい。
久隆も出来栄えは上々だったなと思いつつ、肉じゃがで白ご飯を進める。
「んー! これは美味しいの! これも是非ともヴェンディダードでも再現したいところなのね!」
「難しいだろうな。調味料がいろいろと必要だから」
これまで食べ物を焼いて食べるということしかしてこなかったヴェンディダードでいきなり肉じゃがが作れるようになるとは久隆も思っていなかった。
肉じゃがには醤油が必要だし、みりんも必要だ。そして、ヴェンディダードでは生産数が少ない砂糖も必要になってくる。
醤油を作るのはネックだろう。日本人も醤油という調味料を作るまで長い年月を費やしているのだ。明日明後日で醤油が作れるようになるとは思えない。
「家庭料理ではどのようなものを作っているんだ? 宮廷の料理とは違って、少ないものを美味しく食べるようにしているのだろう?」
「この組み合わせならシチューでしょうか。ブイヨンでできた汁にチーズを入れて、白ワインを入れ、コトコトと野菜がじっくり煮込まれるまで煮込んだものです」
「美味そうだな。不味い料理は宮廷料理だけか」
久隆はくすりと笑った。
「レヴィアは宮廷料理を改革するの! この久隆からもらった栄養バランス表に従えば贅沢病にはならないの! 不味い宮廷料理はもうお終い!」
レヴィアは本気で今の宮廷料理にうんざりしているようだった。
「そのためにはしっかり味を覚えて帰らないとな。しっかり食えよ」
「もちろんなの!」
レヴィアはがつがつと肉じゃがと白ご飯、インスタント味噌汁を味わった。
久隆も腹八分まで食事を収め、食後の麦茶を味わった。
夏はまだ続いている。ダンジョンの攻略が終わるまでに夏の終わりは来るだろうか?
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