次の目標は80階層
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──次の目標は80階層
フォルネウスとフルフルたちの部隊も無事に作戦を終えた。
70階層までの道のりは切り開かれ、拠点であるパイモン砦は70階層に移った。
「次は80階層だ」
久隆はアガレスに告げる。
「70階層以降はリザードマンが出没すると聞いたが」
「ああ。リザードマンがわんさかいる。攻略の手順を考えなければいけないな」
「ふうむ。我々はこれ以上は潜れないかもしれない」
「何を言っている。それじゃあ元の世界には戻れないぞ」
久隆は信じられないという顔をしてアガレスを見た。
「今回、久隆殿たちに同行した部隊は我々の中でも有望なものたちだった。そのものたちでも重装ミノタウロスには苦戦するという。それ以上のリザードマンとなると、ダンジョンが再構成された際の掃討戦が難しくなるかもしれないのだ」
「確かにそれはある。だが、一緒に潜らなければ俺たちだけでは無理がある」
久隆はそう告げて食い下がった。
「戦えないものはこの70階層に残し、戦えるものたちだけで80階層に潜るのはどうだろうか。拠点が分裂するのは望ましくないが、戦えないもののための物資を危険を犯して運ぶというのは無駄が多い」
「なるほど。中継拠点というわけだな」
久隆はダンジョン探索を登山に例えていたときがあった。
極地法のようにベースキャンプである久隆の家から物資を前進キャンプであるアガレスのパイモン砦に運び、前進キャンプ奥深くに押し進めていくことで攻略するという方法を考えていたのだった。
だが、前進キャンプが登山道が危険で移動できなかった場合、どうするのか。
普通は安全な登山道を探すのが手だが、ダンジョンにその手は通用しない。
ダンジョン攻略を登山に例えるのには無理があったということだ。
では、どうするか。
戦えないものは安全な階層において、自分たちの倒せる範囲の魔物を倒してもらうしかない。それでも一番奥に進んでいるパイモン砦の負担は減る。
確かに悪くない手段だ。全員で揃って移動するのが無理なら、そうするしかない。
「分かった。そうしよう。引き続き後方連絡線の確保は任せる」
「任せてくれ。それから回復魔法使いについてだが」
「彼らは何としても最奥に連れて行ってくれ。彼らは重要だ」
回復魔法使いは野戦病院の軍医や看護師に相当する。いざという時に治療が受けられるように、彼らには下層まで付いて来てほしかった。
「分かった。そう手配しよう。それでこれからの探索だが」
「まずはレラジェかもうひとつの偵察部隊を先行させて偵察を。出没する魔物はリザードマンだろうとある程度は分かっているが、地形が分からない。俺も必死で逃げてきたからな。地形を記録する暇はなかった。レラジェたちには深層の魔物の種類、そして地形。後は80階層のエリアボスを把握してほしい」
「ふむ。しかし、リザードマンか。これでようやく終わりが見えてきたのか。それともこれからが本番なのか」
「リザードマンが出てからもダンジョンが続くことがあるのか?」
「ある。リザードマンの次は重装リザードマン。重装リザードマンとほぼ同じく人狼。人狼の次は重装人狼。重装人狼の次は吸血鬼。そこまできてようやく確実に終わりだと言えるだろう。もっとも超深度ダンジョンでも吸血鬼まででるのは稀だ」
以前聞いていたように最後の方は人間に近い魔物になるらしい。
「まずはリザードマンの突破方法を確立しなければならない。あれは俺の世界で言うところの耐地雷・伏撃防護車両という大きな爆発にも耐えられる乗り物に相当する装甲を持っている」
耐地雷・伏撃防護車両の装甲厚は部位によって異なるが、以前久隆たちが相手にしたワームの装甲として例えられたBTR-60兵員輸送車以上の装甲があることは確かだ。つまりは、ワームより上の装甲を持っている。
ワームは魔法攻撃で叩きのめしたが、リザードマンにも同じ手が通じるか?
無論、久隆はリザードマンを単騎で屠って這い上がってきた。彼ならば仲間のサポートがあれば、もっと大量のリザードマンを屠れるだろう。そう、彼ならば。
全員が全員、久隆のような異常な身体能力をしているわけではない。久隆と同じスペックを求めるのは些か酷である。近衛騎士も宮廷魔術師団もレベルは上がっているそうだが、久隆のような身体能力を発揮するまでには至っていない。
だからこそ、普遍的な対応策は必要とされるのだ。久隆個人の力量に頼った作戦は他に応用できない。それはクルト・クニスペルやミハエル・ヴィットマンが存在することを前提とした作戦を立てるようなものだ。あるいはハンス=ウルリッヒ・ルーデルが空を飛んでいることを前提とした作戦か。
久隆は自分をそのような英雄たちとは結びつけたくないが、事実彼の力量のおかげで突破できた場所もある。だが、今から近衛騎士と宮廷魔術師全員に久隆と同じだけの戦闘力を発揮できるようにせよ、と言っても無理があるのは分かっている。
久隆たちは第二次世界大戦末期のドイツ軍のような一時的な局地的勝利では意味がないことを理解している。連合軍のように大勢がそれなりの質を持ち、戦局を打破できる方法を求めている。久隆たちは誰にでもリザードマンを撃破できるようになってほしいのだ。そうしなければ後方連絡線は遮断される。
70階層に留まる兵力が出るならば、なおのこと兵員の質を向上しなければ。
どのようにして彼らにリザードマンとの戦いを理解してもらうか。
「ある程度、こちらが戦術を確立するまでは留まっておいてくれ。戦術が確立出来たら、そちらの部隊と合同で作戦に当たりたい。そちらの戦術的なレベルも向上するし、こちらとしても後方連絡線を維持するのに役立ってくれる」
「理解した。そのように手配しよう」
アガレスは共同作戦を行う相手としては理想的だと前々から思っていたが、本当に彼は同盟相手のことを思ってくれる理想的な同盟者だと久隆は思った。
普通ならここでいろいろと揉める。どの国の軍隊が功績を上げたのか。どの国の軍隊が大勢の国民を守ったのか。どの国が平和に貢献したのか。
だが、アガレスにはそれがない。アガレスは共通のゴールを共有し、そのための手段を共有することへの理解がある。地球の軍事指導者たちも同じくらい理解があれば、もっと犠牲を抑え、そして勝利に向けた戦いが行えただろうに久隆は思う。
結局のところ、日本政府が対海賊支援で軍事支援を行った国々は民主的な政府ではないことが大多数だった。その国では今の日本国のように軍部の発言力が強く、軍事的勝利こそ、政権を維持するための補強材であった。
政府軍と民兵の違いは政府の旗の違いだけ、現地政府軍も日本情報軍の非合法な捕虜収容所における尋問──いや、拷問──に加担していたし、国際刑事裁判所から出ていた逮捕状を無視して海賊の幹部を殺害していたし、一般の捕虜の非人道的扱いについても関与していた。
民主主義は今や絶対的価値観ではなくなった。自分たちの利益になるならば、どのような政権でも西側も東側も容認したし、どのような非人道的行いも、それが自国の利益となるならば許容した。
民主主義は死に、人道も死んだ。
一部のNGOだけが今でも過去の価値観を維持しようとしているが、国家の権力と比べるならば、取るに足らず、政治的、資金的、後援もない彼らの活動に未来はなかった。
世界は変わった。よくも悪くも。
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