表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

226/284

60階層以降の方針

……………………


 ──60階層以降の方針



「サクラはどうだった?」


「私は特に何も。軍の精神衛生度テストでも毎回良好という診断でしたから。ただ、両手と片目を失った時は、走馬灯のようなものを見ましたよ。凄い出血で両手の感覚がないのに、高校の時の友達だとか、軍の戦友たちだとか、両親とかの顔が過っていって、それぞれの思い出がうっすらと浮かんできたんです」


「そうか」


 久隆は自分が手足を失った時の記憶は曖昧だ。


 軍の報告書にはロケット弾による攻撃で手足に重傷を負い、切除とあるが、その時のことの様子を覚えていない。ただ、うっすらと記憶に残っているのは、首が裂けて死んでいる日本情報軍の兵士の姿。


 自分はあの時何を思ったのだろうか。


 諦め? 恐怖? それとも無感情?


 久隆には分からなかった。


 ただ、気づいたときには病院船の中にいて、両手足がなくなっているという現実を見せつけられただけだった。日本への帰国命令が出て、軍中央病院で民生用の義肢をつけてもらい、そして軍から叩きだされた。


 一番死に近づいた経験が手足を失った瞬間だが、それなのに久隆には記憶がない。その時の気持ちが分かれば今回のことも分かりそうな気がしたのだが。


 軍中央病院ではカウンセリングも受けた。カウンセラーのアドバイスは傷を負った時のことは忘れた方がいいということであった。思い出しても、傷を抉るようなもので、精神面での回復を阻害すると言われていた。


 だから、久隆も忘れた。過去の記憶を可能な限り忘れた。


 それでも今でも途中までは夢に見る。


 小学校におかれた司令部で爆発音が外から聞こえ、VTOL機に乗って現場に向かう時の夢は未だに見ることがある。


 だが、戦闘のことを夢見ることはない。記憶から欠落している。


 一体何があったのだろうか。どうしてそこまで記憶を失うことになったのだろうか。


 分からない。ただ、思い出してもいいことはないだろうという思いがあった。


 カウンセラーの言うように過去の傷を抉ってもしょうがない。


「じゃあ、俺はそろそろ寝る」


「おう。また明日な」


 久隆は歯を磨いて寝室に向かった。


「フルフル……」


 フルフルが久隆の布団に入っていた。


 仕方なく、久隆は空き部屋に布団を敷き、そこで眠ったのだった。


 その日は東南アジアの夢は見なかった。


 その翌日、久隆はいつも通りに目覚めた。酒のせいで眠りが浅かったのだろうか、少しばかり倦怠感がする。寝る前に酒を飲むのは良くないことだなと久隆は思った。


「ふわあ。おはようございます、久隆さん」


「サクラ。昨日はどれくらい朱門に付き合ったんだ?」


「あれから30分ほどですよ。久隆さんの高校生時代の話を聞かせてもらいました」


「大して面白い話じゃなかっただろう?」


「そんなことはないですよ。興味深いお話でした」


 サクラはそう告げて小さく笑った。


「高校時代は水泳部の活動に熱中してたのと、大学受験で進路を悩んでたことぐらいしかあまり記憶にないな。まあ、朱門のやつと馬鹿やったりもしたものだが、そういう話を聞いたのか?」


「ええ。何でも女子生徒に偽告白されたとか」


「質の悪い悪戯だったな。こっちは断るのに一生懸命なのに、向こうが笑いだすだから。あとで朱門の奴は締めてやった」


「久隆さんらしいです」


 そう言いながらサクラは朝食の準備を進めていく。


「俺は弁当を作るな。今日は60階層に行って、今後の方針をアガレスと話し合わなければならない。70階層のエリアボスは既に俺が倒してきた。60階層から70階層までの重装ミノタウロスを一掃すれば、70階層に拠点が移せる」


「そうですね。せっかくですから、全体の戦力増強に繋げませんか?」


「ふむ。というと?」


「我々の捜索班を一時的に分けて、他の魔族の捜索班と合同で重装ミノタウロスを掃討していくんです。こちらが教えられることを現場で彼らに教えれば戦力は強化されるのではないでしょうか?」


「確かにそれはいいな」


 久隆はおにぎりを握りながらそう告げた。


 魔族たちにはマニュアルを渡してある。久隆たちが攻略してきた階層の魔物の種類とその攻略方法が記されたマニュアルだ。だが、マニュアルを読んだからと言って、全ての兵士がそのマニュアル通りに動けるかと言われればそうではない。


 それができないから実地訓練があるのだ。演習が行われるのだ。空軍の戦闘機乗りも戦闘機のマニュアルを読むが実際の空戦のためには訓練を重ねている。


 久隆たちが魔族に付いて、彼らの動きを確かめ、その上で戦闘指南を行うのはいいアイディアのように思われた。少なくとも魔族たちにとってはいいことだし、間接的に久隆たちが助けられる可能性もある。


 何にしろ限られた戦力だ。強化しておくのは得策である。


「じゃあ、アガレスたちに提案してみよう。向こうが受け入れたら1階層ずつ、割り当てて、訓練だ。向こうも完全な素人じゃない。戦い方をある程度は知っている。訓練するのはそう難しいことではないだろう」


「ええ。試してみましょう」


 久隆とサクラが朝食と弁当を作り終えたころ、フルフルが起きてきた。


「こ、ここにいましたか、久隆さん……。安心しました……」


「だから、もう安心していいと言っただろう? ここは地上だ。ダンジョンじゃない。俺はどこにも行かないから安心しろ」


「は、はい」


 フルフルが頷く。


「身支度を整えて朝飯にしよう。昨日は疲れていたんだろう? 1週間もダンジョンに潜っていたんだから」


「そうですね……。今度はちゃんと朝食とお弁当作り、手伝いますから」


「ああ。よろしく頼む」


 久隆はフルフルに手を振ってそう告げた。


「ところで久隆さん。70階層のエリアボスはなんでした?」


「俺にも分らん。何かアーマードスーツみたいな敵だった。巨大で胸から氷の槍や塊を飛ばしてくる。なんとか勝てたが、あまりああいう経験はしたくないな」


「その下は?」


「昨日話さなかったか? 70階層以降はリザードマンだ。鱗が一昔前の耐地雷・伏撃防護車両(MRAP)並みの分厚さをしている。硬さについてもかなり手ごたえがあった。あれを相手にするマニュアルを作るとなると、困ったことになるな」


 間違なく眼孔は弱点だろうし、口を攻撃するという手もあるだろう。だが、それ以外の場所は重装ミノタウロスの装甲並みに守られている。久隆は力業で叩き割ったが、全ての魔族が同じことができるとは思えない。


 結局のところはどうにかして目を潰すしかないだろうと久隆は思った。


「おはようなの、久隆!」


「おはようございます、久隆様!」


 レヴィアたちも起きてきた。


「おう。おはよう。朝食はできてるから食べておけ。今日は60階層でアガレスと今後の方針について話すことにした。もしかすると、お前たちの知識が求められる時が来たのかもしれないぞ?」


 久隆はそう告げて笑った。


……………………

面白いと思っていただけたらブクマ・評価・励ましの感想などお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ