帰還とトラウマ
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──帰還とトラウマ
ケルベロス討伐という任務を果たし、久隆たちは帰還することになった。
「1週間の間、どうしてたんだ?」
「捜索班を再構成するか話し合ったり、レラジェさんたちに60階層以降に潜れないか試してもらったり、とにかく久隆さんの救出に向けて動いていました。久隆さんが重要人物なのはもはや否定のしようもないことですし」
「そうだったか」
フルフルが語るのを久隆は聞いていた。
自分のことを過大評価するつもりもないし、過小評価するつもりもない。久隆は確かに魔族たちの生命線だ。魔族たちの食事や水などを提供しているのは久隆であり、医療を提供しているのも間接的に久隆である。
ダンジョンの探索においてもそれなり以上の功績は遺したはずだ。それなりの戦力にはカウントされているだろう。レヴィアたちを含めればトップクラスのはずだ。
そんな人間がいきなり消えたのだから、魔族たちの動揺も大きかったに違いない。
「なあ、フルフル。心配してくれたのはよく分かる。俺としても申し訳なかったと思っている。だから、その、そろそろ手を放してくれないか?」
フルフルはずっと久隆の作業着の裾を握っている。
「放しません」
「いや。もう大丈夫だからな?」
「放しません」
フルフルはかたくなだった。
久隆はこういう状況に陥った部下は見たことはない。久隆の部下というのは軍人で、それなりに年齢を重ね、軍人としての誇りのある人間だった。
確かに死ぬ間際に家族のことを告げた人間はいた。軍人と言えども人間だ。そんなノスタルジーを感じることは否定できない。死ぬ間際に家族のことを思い、妻の名を呼び、母の名を呼ぶ人間は確かにいた。
だが、それは死ぬ間際の話だ。
作戦中に突然そんな話を始める人間はいない。訓練され、頭にナノマシンを叩き込んだ人間が、緊張しているとは言えど作戦中に関係のないことを呻きだしたりはしない。
だが、今のフルフルはそんな状態にあるように見えた。
フルフルにも両親は当然いるだろう。だが、今は会うことができない。故郷に帰ることができないのだ。会いようがない。
そんな中で、久隆に父性を見出したのかもしれない。久隆自体はこの考えを否定したかったが、フルフルの取っている行動は小さな子供が親にするようなそれなのだ。
レヴィアなどは幼そうに見えて、久隆が無事だと分かるとお祝いをしようとはしゃいでいる。だが、フルフルはその会話に加わるわけでもなく、ただずっと久隆の服の裾をを握り、ずっと久隆についている。
久隆としては参ったところだ。
久隆が仮に結婚していたとたら、フルフルに近い年齢の子供もいたかもしれない。少なくともレヴィア程度の子供はいたはずだ。
だが、久隆は結婚しなかったし、子供も作らなかった。
だから、こんな状況の子供にどう接していいか分からなかった。
朱門に相談する? 大笑いされた挙句、俺は精神科医じゃないで返されるだろう。
サクラに相談する? それはそれで不味い気がする。
結局のところ、久隆はフルフルが満足するまでそのままにさせておくことにした。
今は久隆が突然いなくなり、ショックを受けているだろうが、そのうち回復するだろうと思ったのだ。こういうものは時間が一番の薬である。久隆たちの東南アジアでの経験が短い時間では癒されないものだったとしても。
それにフルフルは今では捜索班の中でサクラに次いで頼りになる存在だ。立ち直ってもらわなければ困る。フルフル抜きでダンジョンを探索することなどあり得ない。
フルフルが立ち直ることに期待しつつ、久隆たちはダンジョンの外に出た。
「時刻は夕方というところか」
久隆はダンジョンの外を見渡してそう呟いた。
「とりあえず、朱門に会おう。俺の人工筋肉を見てもらわなければならない」
久隆はメンテナンスなしで人工筋肉を荒く使ったため、破損していないか心配だった。こればかりは治癒魔法でもどうにもならないだろう。
「帰ったぞ、朱門」
「おお。今日は日帰りか?」
「1日も経ってないのか?」
「ないぞ。まさか1年もダンジョンの中にいたわけじゃないよな?」
「まさか。しかし、半日か……」
あれだけ死にそうな目に遭ってたったの半日とは。
「何かあったのか?」
「何かあったのか話したら相談に乗ってくれるか?」
「まあ、できる限りはな。精神科医並みの意見を求めなければ応じてやる」
「後で話す」
フルフルは今も久隆の服の裾を掴んでいる。
「さて、ケルベロスの討伐祝いだ。焼肉に行くか?」
「賛成なのね!」
久隆が提案するのにレヴィアが真っ先に賛成した。
「じゃあ、予約の電話入れとくから、風呂にでも入ってこい」
1週間もダンジョンの中じゃ、流石に不衛生だろう。
だが、フルフルは久隆の服の裾を放そうとしない。
「フルフル。お前も風呂に入る準備をしておけ」
「嫌です。離れたくありません」
久隆は唸った。
「ここはダンジョンじゃない。俺が突然いなくなることはない。もう安心していいんだ。な、分かるだろう?」
「分かります。でも、離れたくないんです……」
フルフルが涙ぐんでそういうものだから、久隆としても言葉に詰まる。
「なんだ、久隆。娘っ子に手を出したのか?」
「いや。ダンジョンの中で遭難しただけだ」
「またまた。お前がそんなヘマをするはずないだろ」
「本当だ」
久隆は朱門は当てになりそうにないとため息をついた。
「サクラ。フルフルを風呂に入れてあげてくれないか?」
「構いませんけど、フルフルさん、久隆さんから離れそうにないですよ?」
「そこをどうにか頼む」
久隆はサクラに頭を下げて頼んだ。
「フルフルさん。お風呂に入らないと久隆さんと一緒にはいられませんよ」
「離れたくないです……」
「じゃあ、久隆さんにお風呂場まで来てもらいましょうか?」
それを聞いた久隆は思わず吹き出しそうになった。
「サ、サクラ……?」
「仕方ないですよ。久隆さんがいなくなって一番動揺していたのがフルフルさんですから。久隆さんを助けるためにケルベロス戦を強行しようというのも彼女のアイディアだったんです。なので、フルフルさんが久隆さんから離れたくないのも当然だと思いますよ」
「それはそうかもしれないが……。だが、一日中引っ付いているわけにもいかないだろう? 風呂のときは離れるものだ。俺は男だしな」
「そうですね。フルフルさん、お風呂の間は久隆さんに外に待っていてもらいましょうか? それでいいですか?」
サクラがフルフルに尋ねる。
「……分かりました。けど、どこにもいかないでくださいね?」
「ああ。ちゃんと外にいるからな」
久隆はそう告げて風呂まで行き脱衣所のところでフルフルからようやく解放された。
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