永遠という恐怖
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──永遠という恐怖
久隆たちは食事を済ませてからまた上を目指した。
「行くぞ、ラル」
「うん」
久隆たちは再び上を目指す。
モンスターハウスではやむを得ず戦闘を行ったが、次からは避けると決めていた。重装ミノタウロスで溢れる階層を移動していき、戦わずに切り抜ける。
重装ミノタウロスの死角から死角に移動し、足音を立てず、喋らない。
無言の逃避行は続き、また1階層を踏破した。
そして、そのまま次の階層の突破にかかる。
エリアボスのいた階層から既に8階層は上に上っている。残り2階層で新しいエリアボスか、あるいは……。
「ケルベロスだとして突破できるか……?」
ケルベロスは音だけではなく、臭いでも追跡してくる。それを突破するというのは、そう簡単なことではないように思われた。
訓練された軍用犬はいかなる障害をものともせず、対象を追跡する。何も麻薬や爆発物だけではない。人間の追跡にも軍用犬は威力を発揮する、人間は常に表皮細胞が入れ替わっており、死んだ表皮細胞を落としている。その死んだ表皮細胞が軍用犬がトレースする臭いの原因となるのである。
人間が表皮細胞の交換のサイクルを止めることは不可能だ。いくら丁寧に体を洗った後でも犬は臭いを追跡する。
そんな犬を相手にするのは骨の折れる話だ。
理想としては既にレヴィアたちがケルベロスを倒しておいてくれることだが、そこまで楽観的にはなれない。そして、ケルベロスを久隆単独で倒すこともう不可能だと思われた。下のエリアボスはなんとか倒せたが、ギリギリで、相性の問題もあった。
それに対してケルベロスは遠距離火力を駆使し、俊敏ということだ。久隆の手に余る。仲間とともに攻略しなければ攻略できない。
とりあえず、交戦は避けるという方向で行かなければ。
まあ、そもそも上の階層にケルベロスがいるということ自体が、楽観的観測に過ぎないのだがと久隆は思う。
ケルベロスではない何かがいるかもしれない。
それだったら最悪だ。
また新しいエリアボスを突破し、また新しいモンスターハウスを突破し……。
永遠にゴールに辿り着けないというのはこういうことを言うのだろうと久隆は思った。上に登っても登っても出口にたどり着けない。先が見えない。終わりが見えない。冷めない悪夢を見ているような感触。
今ならアガレスたち魔族のこともよく分かると久隆は思う。
いくら下ってもダンジョンコアに辿り着けない。いくら下ってもべリアを捕まえられない。終わりが見えない戦い。永遠に続くのではないかと思う悪夢。故郷は遠く、自分たちはこの窮屈なダンジョンの中に閉じ込められている。それで何が希望になるのか。
アガレスやレヴィアたちが焦るのも当然だ。終わりが見えなければ、終わりを探そうとする。せまて終わりの鱗片でも見えれば希望になる。だから、彼らは急ぎ続ける。止まらない。彼らにはダンジョンの探索を終えれば日本に帰れる久隆とは違うのだ。
「畜生。最悪の気分だ」
アガレスとレヴィアたちの差し迫った環境を考えると久隆は吐き気がしてきた。
久隆は子供兵だって殺した。現地政府軍の若い兵士たちを犠牲にした。戦争を戦ってきた。それは確かだ。
だが、基地に帰ればそこには小さな日本があり、心穏やかに過ごせた。長期の任務には交代要員として必ず仲間がいた。久隆はひとりで出口の見えない戦いを戦ったことがない。それが今は何より吐き気がする。
ストレスだ。多大なストレスが久隆にのしかかっていた。
このままダンジョンの中で朽ち果てるかもしれない。それは怖くない。ただ、孤独に戦い続ける方が怖い。終わりの見えない戦いを戦い続けることの方がよほど恐ろしい。
永遠というのは恐怖だ。
終わりがないというのは悪夢だ。
世の中、どんなものにも終わりがあって、楽しいことも、苦しいことも、悲しいことも、必ず終わる。それが当たり前なのだ。
病気は治るか死ねば治る。人生は死ぬことで終わる。映画はエンディングを迎えて終わる。どんな壮大な世界を舞台にした小説でも、必ず終わりはやってくる。
本を閉じるように、終わりはやってくるのが当たり前だった。
だが、今の久隆は本を閉じれない。閉じるためには死ぬしか方法はない。ラルがいるのにそんなことはできない。
この苦痛は耐えがたい。海軍時代にもこんな状況に陥ったことはあったが、あの時だって援軍の希望がないわけでも、突破を図ることができなかったわけでもない。それにナノマシンはこの永遠という名の恐怖を消していた。
だが、今はナノマシンの加護はない。臓腑が冷え切っていくのを感じる。
もし、上層のエリアボスがケルベロスではなかったら? その先のエリアボスのケルベロスでなかったら? 自分は一体どこまで耐えられる? 終わりが見えないこのダンジョンの中でどこまで耐えられる?
分からない。分かるのはただ上を目指さない限り、終わりはないということだけだ。
「お兄さん。どうかしたの?」
「いや。なんでもない。俺たちは必ずこのダンジョンから出られる。安心しろ。俺たちは必ずこのダンジョンから出られるんだ」
「う、うん。でも、本当に大丈夫……?」
ラルのその問いに久隆は言葉を返せなかった。
大丈夫かどうかなど謎だった。
分かりはしない。ここが何階層かも分からないのだ。いつ終わるのかなど分からない。永遠に続く悪夢のようにダンジョン内をさまよい続けることになるかもしれない。
「畜生め。しっかりしろ」
こういう孤立した状態を想定した訓練も受けたではないかと久隆は言い聞かせる。サバイバルスキルのほとんどがこのダンジョンで役に立たないとしても、精神的な備えはできているはずだ。特殊作戦部隊はその性質上、敵地で孤立しやすい。敵地奥深くに単独で侵入するのだから当然と言えば、当然だ。
モガディシオで孤立したアメリカ軍特殊作戦部隊を描いた映画は有名だろう。あれは実話を基にしているものだ。本来の作戦計画が破綻し、孤立した状況に陥ったアメリカ軍の兵士たちを描いている。アフガニスタンで作戦中にひとりだけ生き残ったアメリカ海軍の特殊作戦部隊SEALsの隊員を描いた作品もある。
そういう前例があるからこそ、日本海軍も特殊作戦部隊の兵士たちが敵地で孤立する可能性について考え、訓練してきた。
サバイバル訓練は基本中の基本だったし、もし捕虜になった場合の訓練や、孤立による精神的な影響をどう回避するかも訓練されていた。
「訓練を思い出せ。こんなものじゃなかったはずだ」
孤立した状況を想定した訓練では銃も与えられなかった。ナノマシンの機能も切ってあった。それでも久隆は乗り越えたのだ。訓練期間が分かっていたからということはない。訓練期間は宣言なしに延長されることがあった。
だが、訓練には牛の頭をした化け物はいなかったじゃないか。
いや、それでも自分たちは現代の軍隊という恐るべき敵を相手に戦っていたのだ。
牛頭の化け物よりも戦術的で、優れた敵を相手に戦ってきたのだ。
いまさら牛頭の怪物がなんだ。俺を殺したければ1個師団は連れてこい。
そう思い、久隆はついにエリアボスの階層へと足を踏み入れた。
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