休息
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──休息
久隆はエリアボスのいた階層の上層に上るなり、索敵を始めた。
「この振動は重装ミノタウロスか。他に足音の違うものはいない。重装ミノタウロスのみの階層と見ていいだろう。数も5体だ」
「お兄さん、分かるの? 魔法?」
「いいや。長年の訓練のたまものだ」
この手の技術を手に入れるのにはナノマシンを使うだけでは不可能だ。長年の経験が必要になってくる。そして、その経験はナノマシンを抜いた後になっても残っている。
「ラル。ここに隠れていろ。俺は魔物を掃討してくる」
「気を付けて」
「ああ」
ラルにそう告げると、久隆は斧を握りしめてミノタウロスたちに迫った。
ライオットシールドは再び背中に戻してある。後で見てみたが氷の塊が衝突した箇所は破損していた。買いなおさなければならないかもしれないと久隆は思った。
久隆はある程度ミノタウロスに近づくと無人地上車両を展開させた。無人地上車両はミノタウロスを追って音もなく進み、ミノタウロスをWebカメラに捕らえ、その情報を久隆のタブレット端末に送ってくる。
「やはり重装ミノタウロス。武器は棍棒か。シンプルだが、使い勝手がいい」
棍棒の長さは狭いダンジョン内でも取り回しやすいサイズだった。
「奇襲だな。相手は3体。1体目の頭を潰し、2体目には蹴りを入れ、2体が倒れてたところを両方殺す。これでいけるはずだ」
久隆が口に出して作戦を述べているのは自分を安心させるためだ。
久隆が思ったようにことが進まない可能性はあった。戦場には様々なイレギュラーが混じる。それを考慮すれば、予備の計画や撤退の計画を立てておくべきだった。
だが、今は手ごまが自分しかない。
それでは何の策も作れない。たとえ、ジョージ・パットンやエルヴィン・ロンメルが優れた指揮官だったとしても、戦車1台だけでは何もできなかっただろう。
久隆にはその戦車1台でできることが求められている。戦車1台は戦略的にはないにも等しい戦力だし、戦術レベルで見ても頼りない戦力だ。それをどうにかして、相手の戦車5台を撃破するように操作しなければならない。
ヴィレル・ボカージュの戦いにおけるミハエル・ヴィットマンのような活躍が求められていた。久隆はどちらかと言えば慎重かつ、友軍との連携を重んじたオットー・カリウスの方のように戦いたかったが、あいにく状況がそれを許さない。
勇敢と蛮勇は違うというが、それらの違いは紙一重だ。
久隆は覚悟を決めて重装ミノタウロスの背後に忍び寄った。
斧を握りしめて、足音を立てず、殺気を殺し、息を短く忍び寄る。
そして、奇襲。
1体目の重装ミノタウロスは計画通り頭を叩き割られた。重装ミノタウロスは痙攣しながら倒れ、久隆はすかさず隣にいたミノタウロスに回し蹴りを叩き込む。重装ミノタウロスは吹き飛ばされ、2体の重装ミノタウロスが地面に倒れる。
久隆は手に持った斧で1体、そしてもう1体の重装ミノタウロスの頭を叩き割る。
戦闘音に気づいた2体の重装ミノタウロスが向かってくるが、準備はできている。
久隆は予備の斧を抜き、重装ミノタウロスの1体に投げつける。斧は重装ミノタウロスの頭を叩き割って突き刺さり、ミノタウロスは絶命した。
続いて突っ込んできた重装ミノタウロスは真正面から迎え撃ったが、その際に回し蹴りを胴体に叩き込み、相手のバランスを崩した。
重装ミノタウロスは棍棒で久隆を狙おうとするが、バランスが崩れていて当たらない。久隆はそのままその重装ミノタウロスの頭を叩き割り、仕留めた。
「なんとか勝ったな……」
久隆は安堵の息を吐く。
エリアボス前の少数の魔物で守られたエリアでも、久隆ひとりでは冷や汗が出る。
久隆は装備を回収し、ラルの下に向かう。
「この階層はもう安全だ。少し休もう」
「うん」
久隆はマットを敷き、その上にラルとともに座った。
「ラル。家族が恋しいか?」
「それはそうだよ。1日だけだけど、父さんの顔も、母さんの顔も見れてないんだから。お兄さんたちはこのダンジョンに潜って何日になるの?」
「1か月以上だな」
「そんなに経ってるんだ……。父さんも母さんも心配してるだろうな……」
「そうだな。無事に帰ってきた姿を早く見せてやらないと」
久隆は子供が子供であることに安堵した。
久隆が東南アジアでかかわった子供兵は子供が子供ではなかった。辛い現実を受け入れて無理やり大人になり、暴力で地位を示し、ドラッグに溺れ、大人よりも残忍であることがあった。そして、久隆たちの敵であった。
久隆たちはたくさんの子供兵を殺した。殺し続けた。
フラットな感情で、冷静に、何も感じることなく鈍感に、子供たちの未来を奪った。いや、彼らに未来などなかったのだ。彼らは既に大勢の人々を殺し、その罪の重さに耐えきれず、ドラッグ中毒になっていたのだから。
もちろん、子供兵を救おうという動きはあった。国連はかなり以前から子供兵の使用を禁止する国際条約を定めていたし、NGOの中にも子供兵の救済に当たっている団体があった。そして、それらは東南アジアにもいた。
だが、彼らは無力だった。あまりにも無力だった。
捕虜になった子供兵をカウンセリングし、ナノマシン治療でドラッグ中毒から救い出し、職業訓練を行い、一般社会に馴染めるようにして送り出すことはできた。だが、子供兵は自分たちが殺した人間の家族がいる場所で馴染めるはずもなかった。
彼らは馴染もうとして、兵隊崩れの犯罪組織のチンピラたちにボコボコにされ、使い走りにされ、また子供兵時代に戻っていった。自衛のために子供兵同士で集まり、徒党を組んで抗争を繰り広げることすらあった。
民兵の指揮下にある子供兵についてはNGOは何もできないの一言だ。
彼らは子供兵を使うことに反対するという見解を示すことはできても、民兵の幹部たちはそれを鼻で笑い、時にはNGOのオフィスを襲撃することすらあった。それもよりによって子供兵を使って。
あそこにいた子供兵は誰にも守られず、子供であることを辞め、小さな兵隊として戦うしかなかったのである。
だから、久隆はこの戦場に近いダンジョンの中でラルが子供であることに安堵したのだった。彼女はまだそこまでの苦痛を受けていないと。
「これからまだまだ道のりは遠いかもしれない。だが、必ず俺が道を切り開いてやる。だから安心しろ。このままダンジョンに閉じ込められたままということはない。そして、元の世界にも戻れるようになるはずだ」
「信用していいの?」
「ああ。信用してくれ」
いきなり出会った見ず知らずの男にこう言われても、不審がられるだけかと久隆は少しばかり発言を後悔した。
だが、安心させておいてやりたかった。
東南アジアの子供兵のように、子供が子供であることを諦めさせたくはなかった。
レヴィアもそうだ。彼女には魔王という重責があるが、それでも子供であることを、この地球でだけでは諦めてほしくなかった。
こういうときは大人が体を張るものだ。大人にはその義務がある。無駄に社会のリソースを食らって成長してきたわけじゃない。大人には大人が大人であるために義務があるのだ。子供を守り、彼らが幸せに成長していけるようにしていくという義務が。
久隆は我が子を育て、守り、新しい世代に自分の遺伝情報を残すという生物学的な義務を果たすつもりはない。だが、社会的な義務は果たすつもりだ。
「チョコレートだ。甘いぞ。食べてみろ」
「うん」
久隆はそう考えつつ、ひと時の休息を取った。
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