自分の価値
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──自分の価値
「海軍から追い出され、戦場を失った俺は田舎にやってきた。退屈な毎日だった。戦場を失った俺は何の価値もなかった。だが、ある日、ダンジョンの入り口が裏山にできた」
「待って。あそこはお兄さんの土地だったの?」
「ん。ああ、今のダンジョンの出口はお前たちのいた世界ではないぞ。ダンジョンは異世界に飛んできた。つまりは、俺が暮らす世界にやってきたのだ」
「そんな……」
ラルの表情に不安の色が見える。
「安心しろ。元の世界に戻るために頑張っているところだ。ダンジョンコアを制御できれば、元の世界に帰れる見込みはある。そのためにダンジョンコアを制御できる人物を追い、ダンジョンコアへの到達を目指しているんだ」
久隆は優し気にラルにそう告げる。
「帰れないなんてことはない。絶対に全員を元の世界に帰してやる」
「……うん」
ラルは辛うじて頷いた。
「けど、お兄さんにはそうすることに何のメリットがあるの?」
「話の続きだな。俺は戦場を失い。戦友を失い、義務を失った。だが、裏山にダンジョンができたことで状況は一変した。ダンジョンには助けを求めるものたちが大勢いる。俺には新しい義務としてそいつらを助けるべきだと思った。危険なダンジョンを切り開き、そこにいる連中を助けていくべきだと考えた」
「お兄さんは両手足を失ってもまだ戦場に戻りたかった、ということ?」
「まあ、そういうことだな。俺は戦場が欲しかった。俺は戦友が欲しかった。俺は義務が欲しかった。ダンジョンはそんな俺の願いを叶えてくれるものだった。だから俺はダンジョンを攻略することを生きがいにすることにした」
ラルはその話を聞いて目を白黒させていた。
「お兄さん。普通は戦場なんて誰も行きたがらないよ。誰も義務なんて欲しがらないよ。戦場は領主の命令で集められた傭兵や民兵が行くんだ。傭兵は戦場で稼ぐわけだからいいとして、民兵は領主の命令で渋々戦場に向かうんだ」
「分かっている。俺の願望がおかしいことは。だがな、俺は戦場では求められていたんだ。必要とされていたんだ。居場所があったんだ。手足を失い、海軍を追い出されてからは居場所なんてない。求められもしない。だからこそ、俺は戦場に戻りたいんだ」
「そう……」
ラルは恐らく分からないだろうと久隆は思った。
いや、ラルだけじゃない。ほとんど人間には理解できないだろうと思っていた。
自分の欲求はおかしい。そう朱門にも指摘されている。確かにおかしいのだ。命の危険のある戦場を求めるなど。それは自己保存の本能に反している。生き延びたいならば、生きて子孫を残したいならば、平和な日本で暮らしている方がいい。
だが、久隆は平和というものが耐えがたい苦痛であった。
平和そのものを否定したりなどしない。平和は尊い。軍人は人々の平和のために戦うのだ。それが軍人の義務なのだ。
しかし、平和は久隆を不用品にしてしまう。日本海軍が判断したように、久隆を不用品として追い払ってしまう。居場所は与えられない。役割も与えられない。何もない。久隆にとって平和な祖国とはそういう場所であった。
そこにダンジョンが生まれた。
久隆にとって天啓ともいえるものだった。
久隆は危険なダンジョンに身を投じ、そこで救助を待っている人々を助けるために戦いを始めた。新しい戦場に身を投じた。
満たされていたか? 満たされている。
新しい戦場には居場所があり、戦友がおり、義務があった。久隆が求め続けていたものが全てあった。そこはまさに久隆が求めたていた場所だった。
「民間軍事企業に入る気はなかったが、今では民間軍事企業も選択肢に入っている。傭兵だ。金はどうでもいいが、再び戦地で働きたい。命の危険やスリリングな体験がしたいわけじゃない。ただ、求められてほしいんだ」
久隆は求められることに執着していた。まるでそれがなければ生きていけない。生きていてはいけないというように。
「お兄さんを求めている人は常にいるよ」
「誰だ?」
「お兄さん自身だよ」
ラルはウィンクしてそう告げる。
「お兄さんは自分のことを他人の価値観で測りすぎている。けどね、他人の価値観で自分を測るというのは、自分の自由意志を放棄しているようなものなんだよ。他人、他人、他人。他人なんてどうだっていい。お兄さんはお兄さんが求めるから生きていく。お兄さんはそういう生きやすい発想をしないと、これから先長く続かないよ?」
「随分と詳しそうだな」
「教会で神父様がよく言ってたから。神と自分だけが自分の真の価値を知っているって。お兄さんの真の価値も他人じゃなくて、お兄さんと神様だけが知っていることだよ。だから、そんなに悲しいことを言わないで」
「そうだな……」
思えば確かに久隆は自分の価値を他人の評価に委ねすぎていた。
海軍での立場も、戦場での立場も、その後の立場も。いつも人の価値観で自分を見ていた。傷病兵は海軍には必要ないというのは海軍の価値観だ。傷病兵が日本では必要とされないというのは他人の価値観だ。
もっと自分の目で、自分の価値観で、自分の定規で、自分というものを測るべきではないだろうか。球磨久隆という人間がどういう人間なのかを決め、どこを居場所とするかは自分で決めるべきではないだろうか。
他人に任せきりの人生は主導権を失っている。戦闘に勝ちたいなら主導権を握れ。主導権を握るには攻撃せよ、だ。自分も主導権を握るために、価値観に対して攻撃を仕掛けるべきかもしれない。久隆はそう考えた。
「何にせよ、もっと自分を大事にするべきだよ。死んでしまったらそれで終わりなんだからね? 誰だって生きたいと望む。どんな生き物だって生きたいと望む。生きたいと望むから、社会は成り立っている。みんなが生きることなんてどうだっていいって思ったら、社会は成立しないよ」
「それもそうだ。だが、俺は死にたくて戦場にいるわけじゃない。ただ、戦場でしか生きられないと思ったから戦場にいたんだ。だが、それは間違っていたようだ」
生き方はいろいろとある。
久隆は必要とされる場所を望んだ。それは彼の軍人として知っている狭い世界の中で探しただけだった。もっと広い視野で物事を見るべきだ。民間軍事企業でもいい。民間軍事企業の戦闘教練担当でもいい。戦場でなくともいいのだ。人生という戦争の主導権を握るためには挑戦し、攻撃しなければ。
「ボクはお兄さんが生きたいと思える人生を望むのを期待しているよ」
「そうだな。そう思える人生を獲得しないとな」
ラルの言葉に久隆が頷く。
「ラル。お前はどう生きているんだ? 異世界の暮らしってのはどんなものだ?」
「んー。教会で読み書きと計算を教えてもらって。収穫期には農作業の手伝いをして。そうでないときは織物を作って。そして、それを街まで売りに行くんだ。街は人が大勢いて、楽しい場所だよ。いつも目新しいものがある。そういうものを見ているだけでも満たされるし、いつか商人になってそういうものを扱うようになれたらなって思ってる」
「夢が叶うといいな」
「うん。そのためにはこのダンジョンから出なければいけないけれど……」
「魔族が怖いか?」
久隆はそう尋ねた。
「怖いよ。魔族は人間の敵なんだ。いつも魔族とは戦争をしている。だから、魔族はボクたちにとってはとても怖い存在」
ラルはそう告げた。
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