ひとりぼっちの戦い
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──ひとりぼっちの戦い
敵は未知の存在だ。
久隆は10年以上の軍歴があるが、そこに二足歩行する爬虫類との戦闘は含まれていない。心臓の位置も、動脈の位置もどうなっているのか不明だ。腎臓などの弱点があるのかどうかも不明である。
だが、リザードマンには確かに人間と同じ大きな頭があり、恐らくはそこに脳がある。それを考えるならば、心臓から血液を脳に送るのに首に大きな動脈があってもおかしくはない。そして、頭部もまた弱点であるはずだ。
頭と首は弱点。それは恐らく間違いない。
問題は刃物が通るかだ。
リザードマンの体は鈍く光る鱗に覆われている。それによって攻撃を弾かれる可能性があった。エリアボスであったワームのように装甲車のような鱗をしているかもしれない。少なくともリザードマンの足音はミノタウロスよりも大きい。
鱗が装甲になっているとなると、頭部から首までしっかりと守られた形になる。久隆の斧でリザードマンの鱗は貫けるのか?
一か八かだ。この状況ではもはや安全策などない。全てが破綻している。
久隆は斧を握りしめ、リザードマンに向けて進んでいく。
リザードマンの背後からゆっくりと。
前方にいるリザードマンは2体。武器は槍。他のリザードマンは離れた位置にいる。
久隆は殺気と気配を殺し、リザードマンの背中に忍び寄る。
そして、一撃。
かなり硬い手応えを感じ、弾かれたかと思ったが斧はリザードマンの頭蓋骨を粉砕し、リザードマンを絶命させていた。
隣にいたリザードマンが死亡したことに気づいたもう一方のリザードマンが反応し、久隆に武器を向け、同時に仲間に異常を知らせようとするが、久隆の斧が喉に叩き込まれた。鱗は確かに装甲車並みの厚さがあったが、久隆の斧はそれを叩き割り、叩き切った。
リザードマンの解剖学は分からないが、久隆の斧はリザードマンの喉を大きく裂き、そして死に至らしめた。
まだ警報が鳴り響いた様子はない。
「慎重にだ、慎重にやれ」
久隆は自分にそう言い聞かせると、ゆっくりと次のリザードマンの集団に向かっていく。音を立てず、位置を把握し、ゆっくりとゆっくりとリザードマンに近づいていく。
焦りは禁物。焦りはミスを呼び、ミスは死を呼ぶ。
慎重にやれ。確実にやれ。しっかりと殺れ。
久隆は自分に言い聞かせながらリザードマンたちの背後に迫る。
そして、攻撃。
リザードマンの頭部が砕ける鈍い音がし、リザードマンが痙攣しながら倒れる。そして、次の獲物になったリザードマンの首が刎ね飛ばされ、息絶える。3体目はなんとか反応しようとしたが首に斧を受け、鱗ごと叩き裂かれた。
「この鱗。一世代前の耐地雷・伏撃防護車両並みの装甲厚だぞ。そんなものを全身に持っているリザードマンもリザードマンだし、それを叩き壊せる俺はどうなっちまってるんだ……?」
久隆は死体が消える前に確かめたリザードマンの鱗を見てそう呟く。
「まあ、いい。残り3体だ」
久隆は再びゆっくりとダンジョンの廊下を進む。
リザードマンが3体。前方を進んでいる。
久隆はゆっくりとリザードマンに忍び寄り、先ほどと同じように仕留める。
頭を叩き割り、喉を裂き、首を刎ね飛ばす。
リザードマン3体は瞬く間に壊滅し、久隆はこの階層で他に動いているリザードマンがいないことを確認した。
もしリザードマンが警報を発することに成功していたら、完全に不味い状態だった。久隆は今はひとりだ。ラルは戦力にカウントしていない。1体ずつ奇襲で倒すならともかく、5、6体のリザードマンに囲まれたら一巻の終わりだ。
久隆は他に動いているリザードマンや魔物がいないことを確認すると、ラルの下に戻った。ラルは言われた通りの場所で静かに待っていた。
「ラル。休めるぞ。腹は減っているか?」
「うん」
「そうか。今、食事を準備してやる」
久隆も緊張で胃袋がひっくり返りそうだったが、食事をしなければならないという義務感があった。体が疲弊している。いつまでも空腹では戦えない。いざという時に動けるように、食べれるときに食べておくのが兵隊の仕事でもある。
久隆は災害非常食を準備し、温め、器に盛りつける。
久隆のは五目御飯とカツオのカレー煮で、ラルのはウィンナーカレーとチキンだった。久隆たちは熱々のそれを先割れスプーンで救って食べる。
「美味いか?」
「美味しい。どうして温かくなったの? 魔法?」
「化学反応だ」
久隆はラルの口に食事は合ったようだと安堵し、貪るように食事を平らげる。
「お兄さんのお腹減ってたの?」
「いいや。胃袋がひっくり返りそうなほど緊張している。だが、今食べておかないと、次にいつ食事ができるか分からない。食えるうちに食っておくのは兵隊の義務だ。寝れるときに寝ろ。食える時に食え。兵隊の鉄則だな」
「お兄さんは兵隊さん? 人間の、だよね?」
「元兵隊だ。元日本海軍少佐。今は魔族と協力してダンジョンコアを目指してた」
「人間が魔族と協力してるの? 魔族は人間を忌み嫌っていて、人間を見るなり殺しに来るんだよ?」
「いや。そうでもない。上の方にいる連中は話が通じる。確かに人間だからという理由で最初のころはぎくしゃくしてたが、今は完全に仲間だ。助け合って、地下を目指していた。だが、どういうことかここにいる」
久隆は自分に何が起きたのかを考えようとした。
だが、何も思い当たる節はなかった。
モンスターハウスを掃討し、次の階層に向かえるようになったときに何かが起きたのだ。しかし、それは久隆だけに起きたことだろうかという疑問が急激に浮かび上がってきた。もしかすると、レヴィアたちもどこかに飛ばされたのではないか、と。
「不味い。危ないのは俺だけじゃないかもしれない」
「魔族の心配をしている?」
「ああ。お前にとっては恐ろしい怪物かもしれないが、俺にとっては仲間だ」
久隆はもう一度無線を弄り、繋がらないか試してみたが、無線機は繋がらなかった。
「畜生、畜生。レヴィアたちは無事なのか」
「落ち着いて、お兄さん。お兄さんに何が起きたのか分からないけれど、仲間がいないと困るんでしょう。そして、今のお兄さんの仲間は魔族。魔族の援軍を連れてこないと下には潜れないよ。少なくともボクは無理」
「そうだな。まずは無事な仲間と合流するべきだ」
久隆は自分の焦りを抑え込んだ。
「助かった、ラル。自分を見失うところだった」
「その魔族の仲間はお兄さんにとってそんなに大事な仲間なの?」
「大事だ。苦楽を共にしてきた。俺は軍隊時代にも戦友がいたが、今は同じくらい大事な戦友がいる。連中のためにダンジョンコアを目指していたんだ。いや、ある意味では俺のためにでもあったか」
「お兄さんのために?」
ラルが首を傾げる。
「ああ。俺は海軍を蹴り出された。何も悪いことをしたわけじゃない。任務中に手足を失ったからだ。四肢のない人間には海軍に居場所はない。海軍は俺に義肢をつけて、俺を傷病除隊させた」
「それは義肢? 本物の手足のように見えるけれど……」
「義肢だ。カーボンファイバーと人工筋肉、そして人工皮膚で覆われた俺の体の一部であって、俺の体の一部ではないもの。神経系をナノマシンがトレースし、自在に動かせるようになっている。だが、義肢は義肢だ」
久隆は続ける。
「俺は海軍で戦い続けるつもりだった。戦場こそが居場所だった。それを失った俺はがらんどうの人生を送っていた……」
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