孤立
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──孤立
久隆は魔物の足音で目を覚ました。
すぐさま武器である斧を探り、反射的に握って構える。
「落ち着いて。ここは大丈夫だから」
知らない声がそう告げるのは聞こえた。
「誰だ?」
「お兄さんこそ、誰? いきなりどうしてここに現れたの?」
久隆がダンジョンの薄暗闇の中、相手を見る。
相手は少女だった。レヴィアより幼い。そして、華奢だ。
濡れ羽色の髪を長く伸ばし、真っ赤な瞳をした少女。体は質素なエプロンドレスで覆っており、エプロンには大きなポケットがついていた。
そんな少女が見つめてくるのに久隆はこれは幻覚かと思った。
少女はあまりにも幼すぎたし、何より魔族ではなかった。レヴィアたちの情報が正しければ、ダンジョンコアの暴走に巻き込まれたのは魔族だけだ。人間はいない。
「俺は球磨久隆。お前は誰だ? どうしてこんなところにいる?」
「ボクはラル。どうしてここにいるのかって? ボクにも分からないよ。ハイキングをしていたら魔族に出くわして、隠れていたら、光に飲み込まれたんだ」
「ふうむ」
少女の目には知性の色がある。恐怖の色もある。これがただの人間の真似をする魔物ということはないだろう。魔物ならば久隆が気を失っていた間に殺していたはずだ。
「ラル。ここはダンジョンのどの辺りか分かるか?」
「分かんないよ。まだ1日も経ってないんだもん。ここから出てもいないし……」
ラルと久隆はダンジョン内にできた小部屋のような場所にいた。
「1日? そんな馬鹿な……」
いや、ダンジョン中は時間の流れがおかしい。転移からまだ1日しか経っていない階層があっても不思議ではないのだ。
「ここを脱出しなければならない」
「危ないよ。外には魔物がたくさんいて、ボクたちを殺そうとしてくるんだ」
「分かっている。だが、ここで待っていても死ぬのを待つだけだ」
ここに籠城したところで食料もいずれなくなる。レヴィアたちが突破して助けに来てくれるという保証はない。そもそも、ここが何階層かも分からないのだ。こんな小部屋は見たことがないからにして、60階層以降であることは間違いない。
レヴィアたちが久隆たちを助けに来るには60階層のケルベロスを突破してこなければならない。あるいはもしかすると70階層、80階層のエリアボスも。
そうなってはいつ救援が来るか分からない。
なら、自分たちで這い上がるだけだ。
「俺は地上を目指す。ラル、お前はどうする?」
「お兄さんがいくなら一緒に行くよ。もうお弁当も食べて食料もないし、ボクが行方不明になっていることに家族がいつ気づいてくれるか分からないから」
「そうか」
まさかダンジョンが異世界に飛ばされているとはラルは思ってもみないだろう。家族がラルが行方不明になっていることに気づいても、助けには来れないのだ。レヴィアたちが行方不明になっているのに気づいてもヴェンディダードの魔族たちが救援に来れないように。
「この階層はどんな魔物が出る?」
「リザードマン、ってやつだと思う。歩くトカゲ。剣と盾を持って歩いてる」
「盾持ちのリザードマンか。マルコシアがいうなら深層に出没する魔物だな」
久隆はまずは荷物を確認する。
災害非常食が6日分。無人地上車両に異常はなし。タブレット端末には異常はない。無線は繋がらない。斧も、山刀も、軍用ナイフも全て所定の位置に収まっている。とりあえず、上層に這い上がれないこともなさそうだ。
「ラル。魔物が出ても声を上げずに、我慢できるか?」
久隆がそう尋ねるとラルはコクリと頷いた。
「いい子だ。では、行くぞ」
久隆はまずは無人地上車両で上層までのルートを探す。
リザードマンはその過程で視認した。確かに歩くトカゲだ。鎧こそ纏っていないものの、二足歩行で、体はミノタウロスほどであり、その体は鈍く光る鱗に覆われている。ラウンドシールドと長剣を手に持ち、周囲を巡回していた。
久隆はリザードマンに見つからないように無人地上車両を操作し、上層への階段を発見した。
「これがリザードマンの発する音と振動だとしてこの階層に14体か」
久隆はそう計算する。
「この状況で交戦は避けるべきだろうな。ラル、しっかりついてこい」
「分かった」
ラルの足には動きやすそうなブーツ。足音はあまり立たない。
久隆はラルの様子を見つつ、魔物の動く振動に気を配り、ゆっくりと、だが着実に階段を目指して進んでいく。ラルは怯えた様子で周囲を見渡し、久隆はラルがはぐれないように彼女に目を向けながら進む。
手を引いてやりたかったが、いざという時に両手が使えるようにしておきたい。ラルが心配そうだったら、手を握るつもりだった。ラルは怯えながらも、今はちゃんとついて来てくれている。
久隆は慎重にこの何階層か分からないフロアから離脱した。
上層がすぐにエリアボスという可能性もある。久隆はすぐに索敵を始める。安心していいかどうかは分からないが、リザードマンが14体。それだけ確認できた。
今の久隆はフルフルの付呪も、レヴィアの魔法の援護も受けられない。
よりによってそんな状況でリザードマンと戦うのはごめんだった。マルコシアの話を聞く限り、リザードマンは深層に出没する危険な魔物のようだったからである。
「ラル。少し歩くぞ。足音を立てるなよ」
「うん」
久隆は慎重に、慎重に進み、リザードマンの足音から離れると、無人地上車両を展開させ、出口までのルートを探す。リザードマンがいない場所を探す。安全に階段に向かえるルートを探す。
「よし。ルートは見つかった。行くぞ」
久隆はとにかく交戦を避ける。
今の状況では戦えない。レヴィアたちの助けがないどころか、ラルという保護対象まで抱えているのだ。こんな状況で戦えるはずがない。ミノタウロスより深層にいる魔物を相手にこんな状況で戦えば犠牲は必至だ。
久隆は適度な緊張を維持しようとして、より大きな緊張が生じるのを感じた。それを何とか抑え込み、ラルを連れて進む。交戦は避ける。とにかく戦わない。もし、リザードマンの1体、2体は不意打ちで倒せたとしても、ひとりではラルを守り切れないし、自分の背後すら守れない。
戦うのは避ける。今は敵を避けて、上層にいるレヴィアたちと合流することだけとを目指していく。いち早くレヴィアたちと合流したい。
「お兄さん、待って。少し疲れた……」
「辛抱してくれ。もうちょっと進もう」
ラルが緊張で息がつまり、疲弊していた。
だが、ここでは止まれない。ここにはリザードマンがいる。
上層に上がり、レヴィアたちと合流して、初めて休める。
「次もリザードマンか」
上層に上がってすぐに行われた久隆の索敵にリザードマン8体が検知される。
「8体ならやれるか……?」
ラルを休ませないといけない。ここから先も進み続けなければならないと考えると、ラルを休ませておかなければ、いざという時に逃げきれないかもしれない。
そうなるとラルが犠牲になるし、ラルを助けようとした久隆が犠牲になるかもしれない。それはあまりにもリスクが高すぎる。
「ラル。ここで待っていてくれ。休めるようにする」
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