過去の事件
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──過去の事件
久隆は自分が東南アジアにいることに気づいた。
高い湿度。日本ではほとんどなしなくなった排ガスの臭い。そして、日本海軍特別陸戦隊第1大隊が司令部を設置しているあの時はよく見慣れた小学校だった建物。
「球磨少佐」
自分を呼ぶ声がするのに久隆は振り返った。
部下がいた。久隆が日本海軍特別陸戦隊に所属していた時の部下だ。
「なんだ?」
「引継ぎの方はどうなったのでしょうか?」
「ほとんど終わっている。いよいよ俺も参謀だ」
「ポストは空いたんですか?」
「空いていると思いたいな」
久隆が少佐に昇進したとき、久隆はまだ日本海軍特別陸戦隊第1大隊A分遣隊の指揮官だった。通常なら少佐が前線指揮官を勤めることはない。参謀か、艦艇の一部門の責任者か、そういうものに昇進しているはずだった。
だが、この時の日本海軍は混乱の極みにあった。
海軍は従来の艦艇の乗組員だけではなく、河川哨戒艇の乗組員も必要としていた。海賊がアジトにしている地域をパトロールするのにはそういう船が必要だったのだ。
そして、その河川哨戒艇の艇長のポストに多くの大尉を投入したために日本海軍は前線指揮官を大きく取られていた。少数の地上軍の展開と言っても、日本海軍だけで1000名近い地上軍を展開させていたのだ。仕方がない。
前線指揮官不足に加えて、軍縮も影響していた。
優秀な人間を昇進させても、軍縮で部隊が削減され、ポストがないということが出始めたのだ。普通ならばポストを確保してから昇進させるものだが、そうならなかったところに日本海軍のふたつの戦争で受けた混乱が見て取れた。
仕方なく、久隆は少佐に昇進しても、前線指揮官をやっていた。そろそろ参謀になって、出世街道に乗りたいと思っていたのだが、その願いが叶うかどうかは怪しいところになりつつあった。
久隆は海軍に奉仕して人生を全うするつもりだった。他のことは考えていなかった。今のところは順調に出世を重ねてきている。上層部に人脈がないのは痛いところだが、それでも自分は評価してもらえると思うしかなかった。
爆発音が響いたのは次の瞬間だった。
「なんだ……?」
「確認します」
部下の動きは素早かった。久隆も遅れず、司令部に駆け込む。
「今の爆発は!?」
「市街地だ! 運動公園に拘束していた捕虜たちを民兵が奪還しに来た! 現地政府軍の武器庫も襲われている! すぐにチームを率いて鎮圧に向かえ! 航空支援は準備中だが、すぐにでも駆けつける!」
「運動公園の捕虜と武器庫のどちらが優先ですか?」
「捕虜だ。あそこには尋問のための情報軍の人員が派遣されていて、今も交戦中だ。助けが必要になる。グラウンドのVTOL機でただちに現場に向かえ!」
「了解!」
久隆は大隊長にそう告げ、グラウンドに向かった。
「集まっているな!」
「全員揃っています!」
完全武装の部下たちがそう告げる。その中にはサクラの姿もあった。
「少佐も装備を」
「ああ」
久隆は強化外骨格を装備し、20式小銃を持ち、装備がタクティカルベストの所定の位置にあることを確認した。
「これから運動公園に向かう! 情報軍が民兵と交戦中だ! 彼らを救助し、民兵どもが捕虜を奪還するのを阻止する! いいかっ!」
「了解!」
「では、行くぞ! 乗り込め!」
久隆たちはかつては子供たちの遊ぶ場所であり、今はヘリポートになっているグラウンドでMV-160輸送機に乗り込む。VTOL機はすぐさま離陸し、運動公園を目指して進んでいった。夜の闇の中で、燃え上がる市街地が見える。
『運動公園上空』
「こちらアサシン・リーダー。情報軍部隊、聞こえているか?」
久隆は生体インカムで現地の日本情報軍部隊に呼びかける。
『こちらナインテール・ゼロ・ナイン! 聞こえている! すぐに援軍にこれそうか!? こちらはギリギリだ!』
「ナインテール・ゼロ・ナイン。安全に降下できる場所を知りたい。スモークでそちらの位置をマークしてくれ」
『ナインテール・ゼロ・ナイン。了解!』
暫くして運動公園に設置されたいくつものプレハブ兵舎の中からスモークが外に向けて投げられるのが見えた。
「アサシン・リーダー。スモークを確認。降下する」
久隆たちを乗せたVTOL機はスモーク上空でホバリングし、久隆たちは飛び降りていく。人工筋肉を使った強化外骨格が発明されて以来、空挺降下でロープを使うことはなくなった。衝撃を人工筋肉が受け止めるので一定の高度から飛び降りればよくなったのだ。これによって空挺部隊の迅速な展開が可能になった。
「アサシン・リーダーよりナインテール・ゼロ・ナイン。すぐ近くに降下した。今からそちらに向かう。友軍識別用のストロボに注意してくれ」
『こちらナインテール・ゼロ・ナイン! すぐに来てくれ! 負傷者多数だ!』
久隆は友軍誤射に警戒しながら、プレハブの兵舎に入る。外からは凄まじい銃声が響いている。カラシニコフの大合唱だ。どうやら敵は密かに武器を市街地に持ち込んでいたらしい。
だが、テクニカルの類はない。その類のものがあれば空軍がすぐに爆撃している。
「撃て! 撃ち続けろ! 連中を近寄らせるな!」
日本語で叫ぶ声が聞こえる。
「アサシン・リーダーだ! ナインテール・ゼロ・ナインか!?」
「そうだ! 来てくれ!」
久隆は兵舎の扉を開いて声の元に向かう。
「救いの女神が来てくれたな。敵は捕虜に武器を渡して武装させている。数は1個中隊規模。だが、向こうが奪還した捕虜は完全には戦力にはならないだろう。こっちもハードな尋問をしたものでね」
「それで恨まれているんじゃないか?」
「日本国のために必要なことをしただけだ」
情報軍の兵士はそう告げると20式小銃で窓から敵を狙って撃つ。
「とにかく、生き残らなければ話にならない。頼むぞ」
「任せておけ」
それから民兵との戦闘が始まった。
カラシニコフを腰だめで乱射する民兵たちに久隆たちは確実に鉛玉を叩き込んでいく。子供兵と同じでドラッグでハイになった民兵は頭を狙わねければ意味がない。久隆は確実に民兵の頭にダブルタップを決めていく。
「RPG!」
部下がそう叫んだとき、久隆のいた場所が吹き飛んだ。
プレハブの兵舎の外には防弾用の土嚢が積み上げてあったが、RPGはそれを通り過ぎ、室内に飛び込んで、室内で炸裂した。
久隆は自分の体が宙に浮くのを感じた。
それから世界が狂ったように歪み、霞、視神経割込み型ディスプレイに深刻な負傷と表示されるのが分かった。だが、久隆は動けなかった。
久隆は辛うじて動かせる眼だけで状況を探る。
日本情報軍の男が死んでいた。喉が裂け、大量に出血している。
ああ。そうか。俺はここで四肢を失ったんだなと久隆は思う。
そして、久隆はここで自分がひとりで死ぬのだとばかり思い、それが無性に恐ろしかった。せめて、誰かに看取ってもらいたかった。
「なるほど。それが君の恐怖か」
何者かがそう言うのが久隆の薄れゆく意識の中で聞こえた。
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