50階層以降に向けて
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──50階層以降に向けて
「準備はいいか?」
久隆はそう告げて全員を見渡す。
注文して届いたポリカーボネートをメインとする複合素材のライオットシールドは背中のバックパックに固定されている。
このライオットシールドの役割はナイフを振り回すような暴漢から身を守り、制圧するためのものだ。防弾性は最低限だし、石でできた壁や天井を破壊するミノタウロスに殴られることなど想定していない。今は不要な品だ。
久隆たちにはいつものメンバーの他に地下50階層で救助された魔族たちを連れている。体力も万全になったところで早速荷物運びを手伝ってもらっていた。
「それじゃあ、まずは50階層までだ。アガレスに話も通さないとな」
それぞれが災害非常食とミネラルウォーターを抱えて、地下に降りていく。
そして、なんとか地下50階層まで到着した。
「流石に地下50階層となると時間を食うな」
安全地帯に潜るだけでも一苦労だ。
「俺はアガレスに会ってくる。お前たちは災害非常食を管理している魔族に」
「了解なの」
久隆はアガレスの方を目指す。
「アガレス。60階層までの攻略手順が少しばかりできた」
「なんと。本当か? ケルベロスに勝てると?」
「ここに預けてあった金属の盾。それからこの盾を使う。オークシャーマンを相手にもこれを使っていくつもりだ」
久隆はそう告げてライオットシールドをアガレスに見せた。
「随分と軽い盾だが、大丈夫なのか?」
「ああ。ある程度の攻撃は凌げる。流石にミノタウロスに殴られでもしたらどうにもならないが、魔法を避けることぐらいはできるはずだ。心配なようなら、以前のような鋼鉄の盾を準備する」
「ふうむ。鋼鉄の盾を準備した方がいいだろうな。ケルベロスは魔法の他にその牙を使って攻撃を繰り広げてくる。この軽い盾では噛み砕かれてしまうだろう」
そこまで脆くはないと思うのだが、見識のある人間の言葉は聞いておいた方がいい。久隆は鋼鉄の盾を準備することを約束した。
「それでだ。ケルベロスの火力を分散するのに力を貸してほしい。鋼鉄の盾を持った魔族とでケルベロスを挟み撃ちにする計画だ。できれば、以前一緒に戦ったウァレフォルの部隊を借りたい。どうだろうか?」
久隆はそうアガレスに尋ねた。
「もちろん、援軍が必要ならば喜んで提供しよう。我々としても何か役に立ちたいということは以前述べた通りだ。ウァレフォルのような将来有望な若者を使ってくれるならば、文句もない」
「その信頼に感謝する。ウァレフォルたちには55階層から行動を共にしてほしい。合同作戦を成功させるために意志疎通が取れるようにしておきたい」
「分かった。ウァレフォルに伝えておこう」
「ありがとう。アガレス」
久隆がアガレスに頭を下げる。
現在、主導権を巡る争いは起きていない。アガレスとは上手くやっている。
久隆は彼らに物資を提供し、アガレスは戦力を提供し、現場指揮は久隆に任せられている。魔族たちも今では久隆の指揮下に入ることに不満を持っていない。指揮に逆らうこともないし、暴走することもない。今のところは。
この調子ならばこのダンジョンを攻略するまで問題は起きないかもしれない。
しかし、交渉相手がアガレスのような人物で本当によかったと久隆は思う。
相手はダンジョンから脱出する──元の世界に戻ることを第一に考えている。そのためには必要なことは全てする。最善を尽くす。自分の名誉や名声、功績を残すことに拘らない。必要なら頭だって下げる。
東南アジアの現地政府軍のお偉いさんたちもこれぐらい柔軟だったならば、合同作戦はもっとスムーズに進んだろうになと久隆は思った。
「ところで久隆殿。レヴィア陛下は元気にやっておられるか?」
「ああ。元気だ。気になることでも?」
「いや。長らく故郷に帰れていないことであるし、我々の中では故郷を懐かしむものたちが増えている。何せ……。ああ、内密にしてほしいが終わりの見えない戦いだ。べリアは消息不明。ダンジョンが何階層あるのか想像もできない」
「そうだな。苦しい戦いだ」
久隆たちも東南アジアの任務がいつ終わるのだろうと考えたことはあった。
だが、彼らがそれを苦にしなかったのは、現地に日本の土木建築企業が日本の光景を再現した基地を作っていたからに他ならない。
映画は日本で上映されているものならば見れる。ハンバーガーなどのファストフードだってある。日本式の食事を出してくれる和食の店も出店していた。納豆、醤油、味噌、米。海外に行った人間が懐かしむものは大抵あった。カレーにしたって現地の辛すぎるものではなく、日本式のマイルドなカレーがチェーン店が出店していたことで食べられた。
日本国防四軍も東南アジアの戦争が起きるきっかけになったアジアの戦争で学んだのだ。兵士を最適のコンディションに保つのは環境整備が必要であると。兵士たちは過酷な環境に耐えられるように訓練されている。だからと言って、非日常に置き続ければ壊れる。アジアの戦争では何百名もの兵士が心的外傷後ストレス障害を負った。公式発表がそれだけなので、実際はまだ数は多いだろう。
高い金をかけて訓練し、戦力になることを期待された兵士が戦場に長くいすぎることで壊れたのを見て、日本国防四軍は対策を考えた。
それが小さな日本だ。日本人が懐かしむものを詰め込んだ小さな日本の風景。対戦車ロケット弾も通さない防護壁に囲まれた中にあり、心の底から戦争を忘れて、くつろげる光景を作ることで心的外傷後ストレス障害の患者は減った。
ナノマシンだけでは不十分。2030年代にはナノマシンさえあれば、全ての心理的問題は解決すると思われていたが、そのようなナノマシン万能論は今のところ笑い話だ。ナノマシンがこれからもっと進化するならば状況も変わるかもしれないが。
それに久隆たちの東南アジアでの戦争と今のアガレスたちのダンジョンでの戦いには明白な違いがある。久隆たちは帰ろうと思えば、日本に帰れた。久隆たちは東南アジアという異国の地にいたが、だからと言って航空便や船便がないわけではない。
対するアガレスたちはダンジョンコアを制御しない限り、元の世界には戻れない。世界と世界が分断されていて、どう足掻いても帰れない。
その苦しみは久隆には想像できない。現地には日本を模した地域があり、帰ろうと思えば帰ることのできる場所で戦っていた久隆の想像を絶する苦痛だろう。
「レヴィアは今は未知のものを前にはしゃいでいる段階だ。故郷のことを思うほどの状態ではない。だが、いずれホームシックになるだろう。それまでにはダンジョンからの脱出手段を入手しておきたいところだな」
「ああ。陛下にこのような苦痛を味わってほしくはない」
アガレス自身も参っているようだ。疲労の色が見える。
「ああ。どうにかしよう。いつまでもこんな状況でいいわけがない」
彼らを故郷に帰さなければ。
久隆にとっては今はそれが任務だ。
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