アラクネクイーンに向けて
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──アラクネクイーンに向けて
久隆はホームセンターで蜘蛛の巣除去剤を買ってきた。
「昼の蜘蛛は殺すな。夜の蜘蛛は殺せ。といったものだが、アラクネクイーンにもそれが当てはまるのかね?」
「久隆の国のおまじないなの?」
「ああ。昔は俺も信じていた。今は信じてないが」
祖父母が昔の縁起にまつわる話をするのを久隆は昔は信じたものである。
戦場でもその手の縁起についてはいろいろとあった。
千人針こそなかったものの、恋人や親族から贈り物を受け取って大事にしておくといいとか、こういう話はしない方が生き残れるだとか。
脳にナノマシンを叩き込んで戦争をしている2040年代でも、そんな話がまことしやかに語られていたのだからおかしな話だ。人々は科学があらゆるものを解明していっても、まだその科学に解き明かされていないものがあると思っているようだった。
実際にその手の縁起にまつわる話の統計学的調査が行われたことはない。馬鹿げているとして調査の対象にもならなかった。
だが、現場の兵士たちにとっては大事なことだった。誰も白木の箱に入って祖国に帰りたくはない。再び家族を抱擁したい。再び恋人と会いを語らいたい。そう思って、少しでも縁起のいいものを求めた。
久隆も神社で柄にもなくお守りを買っていったものだ。
それなのに帰ってきて5人も自殺してしまうなんて。
あれだけ必死に生き残ろうとしたというのに、帰ってきてどうして自殺を?
結局のところ、あれは生き残るためではなく、味方同士の連帯感が故だったのだろうかと久隆は思う。部隊全員で一致団結するのにあの手の小道具は使えるものであった。
誰も戦場では死にたいなど言わない。自分の死が味方の重荷になることを知っているからだ。兵士は死んでも晒しものにされないように死体まで連れて帰る。自分が死体になることで戦力が減り、死体を輸送しなければならないという負担が増えることを、兵士たちは仲間たちのために嫌っていたのだ。
同調圧力。空気。何とでも言っていい。とにかく、兵士は戦場では生き残れるように振る舞うのが当然だと思われていたし、そうするのが義務だった。
そもそも、進んで死にたがるのが異常なのだ。自己保存の本能に反している。
それでも地獄の戦場を生き残った5名の戦友が自殺したことに変わりはない。
「ドローンの飛行テストもやっておかないとな」
久隆は家電量販店で買ってきたドローンをタブレット端末に接続する。ドローンコントロール用のソフトをインストールし、カメラを無線接続し、上空に放つ。
自動操縦のドローンはある程度の障害物を自動的に避ける。だが、ワイヤーレベルの細い物体になると引っかかる。これはいいことだ。アラクネクイーンは糸から伝わる振動で得物を検知している節があるのだから。
あのアラクネクイーンの巣に1機ずつ自動操縦のドローンを放り込めば、アラクネクイーンは大混乱に陥ることだろう。
久隆はどれほど時間が稼げるだろうかとシミュレーションする。
15分は可能だろう。それ以上は不確かだ。
大量の蜘蛛の巣除去剤があったとしても10名の魔族を救出することが可能かは分からない。できれば全員を離脱させたいが、不可能ならば魔族が離脱したフロアで戦うしかない。そのための火炎瓶は準備済みだ。
アラクネクイーンをワンフロアに押し込み、そこで叩く。
巨大な敵を相手に相手の自由に移動できる大きなフロアで戦うことは戦術的には正しくないが、今回の目標は人命救助だ。アラクネクイーンは魔族を助けた後から倒しても、別に問題はないのである。
「久隆。フルフルと仲良しになれたのね」
「ああ。そうだな。最初のころが嘘のようだ」
フルフルは最初は久隆に敵意を向けていたが、それも収まった。今ではお互いを信頼し合える仲間である。
フルフルなしではあのダンジョンは攻略できない。
フルフルに早く良くなってくれと思う反面、自分のミスが招いた結果であるからにしてフルフルにはゆっくりと休養を取ってほしいとの思いもあった。
フルフルだけではない。
50階層までの道のりを切り開くのには誰もが疲弊した。
レヴィアも、マルコシアも、フォルネウスも、サクラも。全員が義務を果たすために疲労した。レヴィアたちはアラクネを相手に魔法を連続使用したし、サクラはうっかり間違えば自分も死ぬことになるミノタウロスを相手にした。
だが、久隆自身はあまり疲労はない。
コンバットハイの傾向だろうかと自分を疑う。疲労を上回る脳内刺激物質が放出され、疲労を押さえ込んでいるのだろうか。
それともやはりフルフルのおかげだろうか。
フルフルには助けられている。今回の付呪の重ね掛けは凄まじい威力を発揮した。あのミノタウロスを相手にサクラの援護のみで数十体を撃破しているのだ。
アラクネクイーンもあの力があればと久隆は思う。
だが、彼の心のどこかでフルフルにこれ以上無理をさせるなという声が聞こえる。また倒れたらどうするのだと。
しかし、だからといってフルフルを頼らなくなったら、彼女は自分の居場所を失うことになるだろう。久隆が海軍を蹴り出されて、居場所を失ったように。
どうするべきかと久隆は自動飛行を続けるドローンを眺めながら考える。
「おじいちゃん、おじいちゃん。ドローンが飛んでる!」
「ああ。久隆さんの山の方だな。久隆さんも親戚が来てるそうだし、賑やかなんだろう。この前は別嬪さんと一緒にいたって話だしの」
ドローンが飛んでいる久隆の家の裏庭は他の家からも見える。
ドローンを同時に何機も自動操縦で飛ばしているのは妙な話と思われるだろうが、幸い夏休みというカバーストーリーがある。それに自分の家の裏山で飛ばしている分には誰にも迷惑をかけることはない。
「レヴィア。俺がまたフルフルに付呪の重ね掛けを頼んだらお前はどう思う? 俺のことを人でなしだと思うか?」
「思わないのね。久隆はやるべきことをやっているの。無駄なことはしてないの。それにフルフルだって役に立てるなら、喜んで役に立とうとするはずなの!」
「そうか。そう思ってくれるか」
久隆は少し肩の荷が下りた気がした。
「作戦会議を40階層で行う。フルフルが回復してからな。それまでに物資を輸送したりしなきゃならん。物資の輸送には療養が終わった魔族にも協力してもらおう。追加で頼んだ補給物資も到着するはずだ。それを送るとしよう」
「いいことなのね。レヴィアも新しい魔法で頑張るから期待しててほしいの!」
「結局、どんな魔法なんだ?」
「見てのお楽しみなの」
レヴィアはそう告げて小さく笑った。
まるで悪戯を隠している子供のような笑みだ。
ああ。レヴィアたちはまだ子供なんだよなと久隆は改めて思った。
守ってやらないと。そう久隆は思う。
ドローンは未だ空を飛んでいる。
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