フルフルの容体と準備
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──フルフルの容体と準備
その日の夜はスーパーの弁当で済ませ、全員が早々に床に就いた。
次の朝は久隆はいつものように6時に起きる。
「おはようございます、久隆さん」
「おはよう、サクラ。それから朱門」
朱門はダイニングのテーブルでベーコンエッグをつまみながら、タブレット端末を操作していた。どうやら仕事中のようだ。
「朱門。フルフルの容体はどうだ?」
「かなり疲労している。あそこまであの年の女の子を戦わせるのはちょっとばかり酷じゃないか、久隆?」
「ああ。俺のミスだ。もっと気を配っておくべきだった」
「まあ、お前なら今度からは上手くやるだろう」
朱門はそう告げてコーヒーを啜った。
「回復にはどれくらいかかりそうだ?」
「1、2日。栄養点滴をしているし、疲労はしているが死ぬほどじゃない。しかし、筋肉の疲労はほとんど見当たらなかったし、何に疲れたんだ?」
「魔法の使いすぎだ」
「それはまた。貴重な臨床報告になりそうだ」
朱門はお手上げだというように両手を上げた。
「久隆さん。今日の予定は?」
「家電量販店でドローンを買う。それから蜘蛛の糸を溶かすのにホームセンターで蜘蛛の巣除去剤を。効くかどうかは分からないが……」
アラクネクイーンは見るからに蜘蛛だが、地球の蜘蛛の蜘蛛の巣を除去するスプレーが効くかどうかはなぞだった。
「いっそ殺虫剤でも買ってきたらどうだ?」
「あれを殺虫剤で殺そうと思ったら、業務用の噴霧器が必要になるな」
あれだけ馬鹿デカい蜘蛛が家庭用の殺虫剤でどうにかなるとは思えなかった。
「生存者の救出を第一に。アラクネクイーンをぶち殺すのはそれからだ。生存者がいる状況で魔法や火炎瓶を使えば、周辺被害が出る。アラクネクイーンはドローンで翻弄する。時間を稼ぎ、生存者を救出し、そしてアラクネクイーンを叩く」
「上手くいくでしょうか?」
「上手くいかなければ困る。サクラ、発炎筒はまだあるか? 足りないようなら調達しておく。あの暗がりでは発炎筒が必要になる。少なくない数で」
「買い足しておいた方がよさそうです。それから蜘蛛に有効な手段というと……」
サクラが考え込む。
「神経毒を使うってのはどうだ?」
朱門がそこでそう告げた。
「神経毒? 軍ですら生物化学兵器の使用はしないぞ」
「馬鹿だな。蜘蛛の神経と人間の神経に作用する毒は違うんだ。殺虫剤で人が死なないのと同じだ。それで俺はちょっとしたコネでナノマシンを毒物として作用するような加工をする術を知っている。ちょっとばかり大量の医療用ナノマシンが必要だが、そのアラクネクイーンとやらには効くと思うぞ」
「医療用ナノマシンはどれくらいで届くんだ?」
「2、3週間」
「無理だな」
2、3週間も経てばせっかくフルフルが倒れてまで開拓した50階層までの階層の魔物が再構成されてしまう。
「やはり、地道にやるしかないか。ダンジョン攻略にも王道なしだ。着実な手段で、確実に攻略するしかない。ドローンは最低でも6機は準備する。同時に操作するのは難しいので半自動操縦にする。1体は網にかからせず、アラクネクイーンを翻弄させ続ける」
「操縦は久隆さんが?」
「サクラにやってもらってもいい。発炎筒を打ち込んでくれたら。しかし、恐らくは俺がやることになるだろう。生存者の救出は40階層の魔族も動員して行いたい。とにかく、人手がいる。何名生き残っているかも分からないからな」
レラジェたちの生存は確認できたが後から送られた偵察部隊や、他の魔族たちは何人生きているのか分からない。
あの空間で魔族は少なくとも14人はいた。そのうち4人は死亡が確認されている。
レラジェたち3人は無事。つまり残り7人の生存は不明。
「では、俺は出かけてくる。レヴィアたちには今日はしっかりと休むように言っておいてくれ。決戦の日まで英気を養っておくように、と」
「了解」
久隆はサクラにそう言い残して、車を出して郊外の家電量販店に向かった。
「自立飛行型ドローン。メイド・イン・チャイナ。最大飛行時間5時間」
中国製のドローンはドローンというものが市場に現れ始めてから広く出回っていた。そして、今も。昔と違うのは中国製と言えどパーツは日本製だったり、台湾製だったりすることだ。中国は昔ほど閉鎖的ではないし、企業スパイを心配してもいない。商品の品質については中国製は中国製でもメーカーによるとしか。
「もしもし?」
「はい。何でしょう、お客様?」
「このドローンを10機買いたい。在庫はあるか?」
「確認いたします。お待ちください」
結局のところ、在庫は8機だけだったがそれで十分だった。
後はそれらをタブレット端末に無線接続し、アラクネクイーンを翻弄する。
「後は弁当だな」
久隆はフルフルのこととアラクネクイーンのことで頭がいっぱいだったので、弁当の材料を買う以外に食材を買うことを忘れていた。今日の夕食も弁当だ。
「レヴィアは唐揚げが好きだったな。マルコシアはあっさりしたもの……」
久隆はひとり分ずつ弁当を選んでいく。
それぞれの好みが分かるようになってきた。
最初は短い付き合いだと思っていたし、そこまで思い入れることもないだろうと思っていた。ちょっとした手助けをしてやって、彼らが元の世界に帰れるのならばその程度の手助けはしようと思った。
もちろん、戦場に帰りたい欲求を、任務と居場所が与えられる喜びを満たすことを全く考えていなかったわけではない。最初はそれが理由で動いていた。
だが、思った以上に思い入れのあるものたちに巡り合った。
最初に出会って、仲間を救うことに必死なレヴィア。
ちょっと内気だけど、最近は打ち解けているフルフル。
フルフルの友人で、明るく、フルフルを理解しているマルコシア。
ちょっと頼りないかとも思ったが、意外に頼りになるフォルネウス。
そして、サクラ。海軍時代からの戦友。
それぞれの人となりが少しずつ分かってきて、親しみが持てるようになっていた。彼女たちは間違いなく、久隆の戦友と言えた。
「ああ。それからフルフルに見舞いの品を買っていくか」
自分の家での療養だが、病人には特別に何か一品加えてやるべきである。
そう考えて久隆は青果コーナーを少し巡ると、目当ての品を見つけて、それを持って無人レジで会計を済ませ、車に乗り込んだ。
フルフルがなるべく早く元気になってくれることを祈りつつ、久隆は車を走らせて、家に向かって戻ったのだった。
フルフルが回復したら、用心のために1日おき、それからアラクネクイーンを仕留める。久隆はそう決意していた。
自分たちならば絶対にそれができるはずだと。
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