地上での準備
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──地上での準備
「何はともあれ、地上に戻るぞ。歩けるか、フルフル?」
「もう大丈夫です。このまま50階層に向かっても……」
「ダメだ。あれを倒すには準備が必要だ。どのみち、地上には戻る。そして、対処する。装備を整え、挑む。他に手段はない。今の装備では戦えない。敵は人質を取っていて、迂闊なことはできないんだ」
「……分かりました」
フルフルは自分のせいじゃないと久隆に言い聞かされても納得できていないようだった。やはり自分のせいなのかという疑問がある。
「フルフル。お前は本当に全力を尽くした。レラジェたちの生存が確認できて、次の敵を見定められたのはお前のおかげだ。だから、そうへこむな。お前はやるべきことをやった。俺はそれに満足している」
「それは……」
「お前は努力した。本当に努力した。だから、今は休め」
「はい……」
フルフルは悔しそうだった。
無理もない。自分が平気ならば50階層を攻略して、レラジェたちを救出できたという思いがあるのだ。それが実際には無理だったとしても。
「さあ、地上に戻るぞ。立って歩けるな?」
「大丈夫です」
「よし。地上に戻ろう」
久隆はフルフルに手を貸しつつ、地上を目指した。
40階層から地上までに魔物は出没しない。今や救出した魔族たちも戦線復帰し、掃討戦に当たっている。40階層から地上まで、時間をかけてゆっくりと昇る。
「地上だ」
地上は夜中だった。
「誤差がないということはないだろうが」
久隆はレヴィアたちを連れて裏口から家に入った。
「よう。久隆。何日経ったか教えてやろうか?」
「何日だ?」
「3日だ! 負傷者はもうとっくに元気だ。金は?」
「これだけだ。それからフルフルを見てもらいたい」
「何かあったのか?」
「疲労の蓄積で倒れた」
「なるほど。相変わらず外科医の仕事じゃないが……」
朱門は文句を言いながらも、フルフルの容体を調べ始めた。
「相当消耗しているな。栄養点滴をしながら、しばらく様子を見るか。一体何があった? おっかない化け物にでも出くわしたか?」
「それもあるが、俺が無茶をさせたせいだ。焦って進みすぎた」
「お前らしくもない。理由は?」
「偵察部隊が行方不明になっていた。貴重な装備を持った偵察の専門家だ。失うにはあまりにも惜しい戦力だった。だから、救出に向かった。だが、焦りすぎた。フルフルの付呪に頼りすぎて、このざまだ。指揮官失格だな」
久隆はそう告げて力なく首を振った。
「お前も完璧な人間というわけではないということだ。だが、やるべきことをやっている。焦るのは当然だ。優秀な人材は失うわけにはいかない。ここまで追い詰められている状況ではな。人はひとりでも多い方がいいだろう」
「人ではなく魔族だが。いくらなんでも民間軍事企業は雇えない。足がつく可能性が高い。民間軍事企業のコントラクターは宣誓した身でもないし、連中を雇うのには膨大な金が必要になる」
「安く雇える人間もいるぞ。フリーランスの傭兵だ。改正モントルー協定適応外の。民間軍事企業とは違っている。民間軍事企業とも契約するが、個人とも契約する。もっとも信頼性についてはご察しのほどだが」
「ああ。だから、人材は失うわけにはいかないんだ」
レラジェたちを失うのは大きな痛手になる。
レラジェたちを失うわけにはいかない。
久隆は必死になってレラジェたちを救出しようとしていた。
レラジェの偵察部隊の情報のあるなしで、ダンジョン内での戦闘は大きく変わってくる。レラジェたちが事前にアラクネやアラクネクイーンの情報をもたらしてくれていたら、ここまでフルフルに負担がかかるようなこともなかっただろう。
「久隆。いいか。お前はよくやってる。ミスをすることもあるだろうが、それは今の手持ちの戦力が足りないせいだ。軍隊を組織できれば、ダンジョンの攻略にお前がそこまで手こずるとは思えない。軍隊を組織できないせいだ」
「魔族の生き残りだけでも立派な軍隊だ。俺に与えられている部隊だけも大層な戦力だ。これ以上を望むのは指揮官として無能だと言っているようなものだ」
「そうやって、またお前は自分で自分を追い詰める。悪い癖だぞ。指揮官としての義務を果たすのはいいが、指揮官のメンタルは周りに伝染することを忘れるな」
「すまん。そうだな」
指揮官が不安を覚えれば、部下も不安を覚える。指揮官の感情は伝染する。それが負の感情であればあるほど、伝染スピードは早い。
だから、指揮官は人一倍強靭なメンタルを持っていなければならないのだ。精神の強さを求められる指揮官は疲労していようと、負傷していようと、兵卒たちの見本になるメンタルの健全さを保たなければならない。
指揮官の不安と恐怖が伝染した直近の事件を久隆は知っている。久隆とは別のチームの指揮官が相次ぐ民兵のゲリラ戦でナノマシンでも制御できないほどに参ってしまい、あらゆる民間人を敵だと思い込み始めたのだ。
それは事実無根の疑いではなかった。民兵や海賊は市街地に自分たちの部下を潜ませて、展開する多国籍軍を相手に攻撃を仕掛けていた。子供兵が自爆テロを行うことも、もはや日常茶飯事であった。
そのような状況で不安と恐怖が伝染し、事件が起きた。
日本海軍特別陸戦隊の手によって村ひとつが皆殺しにされたのだ。現代のソンミ村虐殺事件。しかも、指揮官は隠蔽のために村に爆撃を要請して、全てを吹き飛ばした。
その指揮官はその後本国に送られ、そのまま閑職に回された。懲戒処分はなかった。何故ならば日本海軍に所属している人間以外に事件を知っている人間がいなかったからである。空軍は碌に目標を確認せず、1000ポンド爆弾2発を投下して離脱し、証拠は何も残らなかった。
そしてマスコミがこの事件を報じることもなかった。日本情報軍が東南アジアでも厳しい情報統制を布いており、誰ひとりとして事件について知ることはなかった。
ただ、久隆は日本海軍特別陸戦隊の隊員だったために人伝に事件を聞いた。
指揮官の不安と恐怖がナノマシンの抑制を以てしても伝染する。そのことは久隆にとっては驚きであったし、戒めでもあった。
ナノマシンは決して万能ではないという戒めだ。
「久隆。お前はタフな男だ。いくら殴られても平気だろう。それでも不安だというならば、お前になら抗うつ剤と安定剤を出せるが」
「大丈夫だ。もう恐れてはいない。不安もない。フルフルはよくなるし、ダンジョンも攻略できる。そう考えておく」
「そうだ。その意気だ。たまには楽観的でないとな」
「物事は悲観的に準備しろというがな」
「そんな言葉は今は忘れちまえ。いつまでも悲観的では部下が不安に思う」
「同意する」
悲観的なのは指揮官の頭の中に留めるべきだ。表に出すべきではない。
「フルフルって子は俺がしっかり見ておく。安心しろ」
「頼む、朱門」
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