そうめんの思い出
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──そうめんの思い出
「今日の昼飯はそうめんだ」
「そーめん?」
「ああ。食えばどういう物か分かる」
久隆はそう宣言し準備を始めた。
「お手伝いしますよ、久隆様!」
「なら、そこののネギを──」
久隆はテキパキとそうめんの準備を進めていく。
薬味を用意し、つゆを用意し、茹でたそうめんを冷やす。
「できあがりだ。さあ、食っていいぞ」
「パスタですか?」
久隆は水とたっぷりの氷の中に入ったたくさんのそうめんの麺を食卓の中央に置くのに、フォルネウスが首を傾げた。
「そうめんだ。日本における夏の食べ物。つゆをつけて食べる。薬味は好みで入れてくれ。ショウガとネギがある。正直なところ、夏バテしやすい夏場の食事としては栄養バランスが整ってなくてあれなんだが、夏と言ったら一度はそうめんを食べておかないとな」
久隆はそう告げて麺を掬うとつゆにつけてずるずると爽快に啜った。
「確かに夏と言えばそうめんですよね」
サクラもそうめんを啜る。彼女はチューブタイプのショウガをたっぷりと入れた。
「美味しそうなの! いただくの!」
レヴィアもふたりの真似をしてそうめんを啜る。
「うーん! 冷えてて美味しいのね! パスタを冷やすなんて考えなかったの!」
「パスタではないんだがな」
微妙な勘違いをしたまま食事は進む。
「これはなかなか……。薬味を入れるともっと美味しいですよ、マルコシア」
「そうなの? 試してみよっと」
久隆たちはたっぷりと茹でたそうめんを味わう。
久隆は昔はそうめんは好きではなかった。夏のお中元などで送られてくるそうめんを消費するのに昼飯がそうめんになるとがっかりした。そうめんよりもカレーや焼きめしの方が食べたかった。
だが、今はそうめんは嫌いではない。それは毎日そうめんならば飽きるだろうが、こうして夏場に一度そうめんを味わうのは夏を満喫しているという気分がする。
東南アジアに派遣中も久隆たちは日本から取り寄せたそうめんを食べたことを覚えている。紛争とは隔離された基地の中で、そうめんを茹でて、隊員全員で味わった記憶がある。懐かしい思い出だ。
「おう。そうめんか?」
そこで朱門が顔を見せた。
「そうめんなの! 朱門はまたカップ麺食べてるの?」
「そのつもりだったんだが、そうめんもいいな。あまりそうか?」
朱門は久隆にそう尋ねる。
「ああ。たっぷりとあるだけ茹でたからな。食っていいぞ」
「ありがたい。いただくとしよう」
朱門が席に着くと久隆が取り皿とつゆを置いた。
「ああ。夏の味だな。そうめんは日本の夏だ」
「いつも季節感のないカップ麺ばっかりの割に分かったようなことを言うな」
「そういうな。俺だって季節感に浸ってみたいんだよ」
朱門はそう告げてそうめんを啜る。
「話したかどうか分らんが、一度中央アジアで情報軍の連中と一緒にそうめんを食った。連中、阿呆みたいな量のそうめんを茹でてて、がっついてたんだ。俺も混ぜてもらって、連中とそうめんを味わった」
朱門が語る。
「周囲は高い防護壁で外の様子なんてみえない。クソッタレな民兵も、クソッタレな難民キャンプも見ずに済んだ。あの時だけだ、心は日本にあった。中央アジアのあまりにも命の軽い地獄ではなく、あの懐かしい日本に俺たちはいたんだ」
「俺たちも同じことを考えて東南アジアでそうめんを食ってたよ」
「だろう? 故郷の味、故郷の風習。夏の暑さの中でそうめんを啜るのは快適だった。外では難民たちが水の一滴にも苦労しているというのに、俺たちは浴びるほどの水を使ってそうめんを茹で、キンキンに冷やし、啜ってた。あの時からだな。日本に帰りたいと本気で思うようになったのは……」
久隆はそう告げてそうめんを啜った。
「仕方がないさ。俺たちは宣誓した軍人で、日本国を守ると誓った。軍医も変わりない。俺たちは逆に意欲を燃やしたぞ。このそうめんが食べられるように祖国日本のために戦おうと。いいリフレッシュになった」
「そうか。俺は診断通りに抑うつ状態だったらしい。何もポジティブには考えられなかった。全てを悲観的に考えていた。宣誓したことなど忘れてしまった。ただただ、あの地獄から逃げ出して、日本に帰りたいとだけ思った」
そこでふうと朱門が息を吐く。
「そこら辺のメンタルの強さも特殊作戦部隊員との違いかね。俺は一介の軍医でしかなかった。俺も脳みそにナノマシンを叩き込んでいたが、それは特殊作戦を執行するような連中とは違う種類のものだ。一般部隊に与えられるもの。そして、何より俺は特殊作戦部隊員のようにタフじゃなかった。ただの医者だったんだ。どうしようもなく俺は無力で、どうしようもなく耐えきれなかった」
「朱門……」
朱門はいつのまにかそうめんを手繰る手を止めていた。
「ああ。すまん。せっかくの食事時に妙な話をしちまったな。食おうぜ。まだまだある。だが、そうめんは酒のつまみにならんのが難だな」
「おいおい。今は患者がいるだろう? 酒で酔っぱらうのはやめてくれよ」
「分かってる、分かってる。だが、いいニュースだ。調べたところ、全員にこれと言った感染症の傾向もなく、純粋に外傷のみだった。これまでの魔族の回復傾向からして、3日もあれば、前線に復帰できるぞ」
「それはいいニュースだ。それまでよろしく頼む」
「任せておけ。今の俺は逃げたりしない」
朱門はそう告げてまたそうめんを手繰り始めた。
「故郷の食べ物と言えば、レヴィアちゃんたちは何か懐かしいものはないの?」
「レヴィアはないの。もういっそこっちで暮らしたいぐらいなの。こっちの食事はとても美味しいの。レヴィアたちの食事はあまり美味しくないの……」
「そうなの?」
「そうなの」
レヴィアはそう告げてそうめんを啜った。
「レヴィアたちの国じゃ栄養バランスや食事の適切な量が守られていなかったせいで、体を壊す人間が多かったらしい。それで食事が進まなくなるように敢えて、不味い料理を出すことにしていたそうだ。お土産には診療所でもらってきた栄養バランスシートを持ち帰ってもらうつもりだ」
「なるほど。じゃあ、そうめんは不味かったですね」
「まあ、夏の風物詩だからな。今日はダンジョンを攻略する予定もないし、夕飯はバイキングだし、あっさりとした昼飯の方がいいだろう」
久隆たちはそう告げ合ってそうめんを平らげた。
そうめんを食べて、麦茶を飲み、ゆったりと過ごす。
日本の夏の一場面がそこにはあった。
このまま平和に物事が過ぎていけばいいのだがと久隆は思ったが、まだ久隆たちは40階層以降について攻略を続けなければいけないのである。
50階層のエリアボスは、50階層までの出没する魔物は、モンスターハウスは。
疑問はあるが今はレラジェたちの報告を待つしかない。
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