賑やかな朝
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──賑やかな朝
久隆は自宅に帰ってからファミレスにレヴィアたちを連れていき、食事を済ませると家に帰宅して風呂を済ませた。
それから久隆はぼんやりと裏口においてあるベンチで考えていた。
「どうしました、久隆さん?」
「ああ。サクラか。少しばかり考え事をな」
サクラがジャージ姿で様子を見に来た。
サクラは小柄で、今でも高校時代のジャージが着れるという。ジャージは寝間着にしてもいいし、運動着にしてもいい。なかなか立派な衣類だ。
しかし、この真夏にジャージは暑いのではないのだろうかと久隆は思った。
「レヴィアたちは?」
「みんな寝ましたよ。もう1時ですから」
「そうか」
久隆は虫の鳴き声の聞こえる裏山を見つめながらぼんやりとした表情を浮かべた。
「何を考えているんです?」
「いろいろだ。自分の過去のこと、自分の未来のこと。サクラ、民間軍事企業に誘われたときどう思った?」
「どう思った、ですか。なかなかやりがいのありそうな仕事を紹介してくれたなと思いました。誘ってくれた民間軍事企業は台湾に本社がある太平洋保安公司って会社なのは説明しましたよね? そこは実戦に参加することから、国防政策の策定、将官級の幹部の育成まで幅広い業務を行っているんです。実戦に参加するのはもうごめんですけれど、兵士を教練する業務なら引き受けてもいいかなと思って」
「俺もそこでやっていけると思うか?」
「あら。当然じゃないですか。久隆さんは指揮参謀課程も通過した日本海軍特別陸戦隊の少佐ですよ。引く手数多のはずです。実際のところ、民間軍事企業からオファーがあったんじゃないですか?」
「分からん。俺が軍病院にいる間にメールが何件か来ていたが全て無視した。俺は手足を失い、これから海軍から蹴り出されるということに呆然としていたからな」
久隆は軍病院にいるときに元上官や元戦友からメールを受け取っていた。久隆は内容を読まなかったが、それこそが民間軍事企業への誘いのメールだったのだ。
朱門も言っていたように久隆の技術を欲しがる人間は多い。民間軍事企業は久隆のような人材を求めている。元特殊作戦部隊のオペレーター。参謀になるために必要な教育を軍で受けた少佐。
民間軍事企業が現役の軍人──というよりも軍上層部から嫌われるのは、軍がしっかりと育てた人材を民間軍事企業がトンビのようにかっさらっていくからである。
民間軍事企業は社員の教育などほとんど行わない。彼らは軍が育てた人材を使って業務を遂行するのだ。だから、民間軍事企業では昇進はないし、新しいことを学ぶこともない。
そうすることでコストカットしつつ、その上元特殊作戦部隊員というネームバリューで商売ができるからこそ、民間軍事企業は急成長したのである。このじわじわとした軍縮の進む2040年代において、軍ですら民間軍事企業に業務をアウトソーシングするのだから。
民間軍事企業の拡大は2003年のイラク戦争から始まり、2040年代では巨大な民間軍事企業が様々な仕事を勝ち取っていた。
軍の兵站業務、設営業務、整備業務。大使などの外交官の護衛。国連の平和維持軍における難民キャンプの警備、非武装地帯の監視。人道的NGOの戦地における護衛などなど。平和維持軍はあらゆる分野に手を伸ばして、仕事を勝ち取った。
それが上手くいっているのも、民間軍事企業のコントラクターたちが元軍人だからに他ならない。軍の規律と教育を受けた兵士たちは、民間軍事企業が金と時間をかけて教育しなくても使い物になる。
久隆もそういう意味では民間軍事企業にとって必要な人材だ。実戦経験があり、軍から指揮参謀課程を受けて合格しているのだから、民間軍事企業にとってはたとえ四肢が義足であったとしても使える人材となる。
「俺も民間軍事企業に加わろうかと思っている」
「本当ですか?」
「ああ。この田舎で腐っていくのは、俺の理想とするところではなかったはずだ。まあ、太平洋保安公司の商売相手次第だが、日本の国益になれる仕事ができればいいなと思っている。軍は俺を必要としなくなったが、俺は居場所を必要としている」
久隆はそう告げて立ち上がった。
「明日──いや、もう今日か──はいよいよワームを叩く。民間軍事企業に入るのも、どうするのかを決めるのもダンジョンの攻略を済ませてからだ。サクラ、手を貸してくれ」
「ええ。もちろんです」
サクラはそう告げて微笑んだ。
そして朝、久隆はいつも通りに6時に目覚めると台所に向かった。
「おはようございます、久隆さん」
「お、おはようございます」
そうすると台所にはサクラとフルフルの先客がいた。
「ふたりとも朝飯を作ってくれているのか?」
「ええ。フルフルさんも手伝ってくださるそうなので」
サクラはそう告げてベーコンエッグを皿に盛り付ける。
「さ、最初に作業を始めたのは私です。サクラさんが私を手伝っているんです」
「あらあら」
フルフルはパンの準備をしながらうーっとそう告げる。
「助かる。弁当の準備も手伝ってくれるか?」
「ええ。もちろん」
久隆、サクラ、フルフルはおにぎりを握る。
「しかし、助かる。俺ひとりで全部準備するのは大変だったからな」
「え、ええ。私も微力ながらお手伝い出来たら嬉しいです」
久隆が告げるのにフルフルがコクコクと頷く。
「サクラも助かっているぞ。流石に上手いな」
「おにぎり握ることぐらいで判断されては困ります。卵焼きも綺麗に焼いて見せますから。久隆さんはゆっくりしていてください」
「ん。そうだな。冷食の解凍でも行っておくか」
ゆっくりしろと言われてもできないのが久隆という人間である。戦場ならば休憩を重要視する彼だが、普段の生活では休まず動き続けることをモットーにしている。
何せ、何もない日々に苦痛を覚えていたぐらいだ。少しでも何かのために動きたいと思うのは無理もない。目的があるならば、そのために動くだろう。
そのように朝の弁当作りは進んでいき、半分ほどできたところでレヴィアたちが起きてきた。レヴィアは大きな欠伸をして台所を見渡す。
「朝から忙しそうなのね。けど、フルフル。ようやく久隆たちに慣れたのね!」
「は、はい。やはり助けておいてもらいながら、恩知らずな態度を取るのがどうかと……。か、借りは返しておきませんとね!」
フルフルはそう告げて弁当箱におにぎりを詰めた。
「そうなの。魔族は恩知らずではないの。ちゃんと恩には報いるものたちなの。フルフルがそのことを理解してくれて嬉しいのよ」
レヴィアはそう告げてにぱーっと笑った。
「そ、そうです、そうです。恩は返しませんと……」
あくまで恩を返そうとするためだと主張するフルフル。
「あらあら。私は久隆さんが好きで手伝っていますけどね」
「ふ、ふーん。そ、そ、そうですか。私には関係ないですね」
次にマルコシアが起きてきた。
「あー! フルフル、久隆様と! あたしも誘ってよ!」
「ぐ、ぐーぐー寝てたじゃないですか……」
そのような会話を交わしながら、久隆たちは朝食を始めた。
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