ミノタウロスの巣窟
本日1回目の更新です。
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──ミノタウロスの巣窟
「36階層のモンスターハウスでこれをやると……?」
「ああ。今回の作戦はこうだ。俺に付呪を二重掛けしてミノタウロスの中に突っ込む。そしてミノタウロスを攪乱し、その間にレヴィアたちが確実に1体ずつミノタウロスを撃破していく。フォルネウスとサクラがいれば前線を突破されることはないはずだ」
「む、無茶苦茶です! 囲まれたらどうなるか……!」
「心配してくれるのは嬉しいが、こうでもしないとミノタウロスだらけのモンスターハウスは突破できない。分かってくれ」
「わ、分かりました……」
フルフルは後悔したような表情をしている。付呪の重ね掛けを提案したのは彼女だ。この狂った作戦を導き出すヒントを与えたのはフルフルに他ならないのだ。
「大丈夫なの、久隆?」
「ああ。さっきので分かったが、付呪の重ね掛けはとんでもないことだ。戦い方が一変する。通常の階層では切り札にしておきたいが、モンスターハウスなら遠慮することなく使うべきだ。こいつはいける」
久隆はさっき感じた恐ろしいまでの力の感触を覚えている。途方もない力が湧いてきて、重みすら感じられる。その重みはそのまま敵への打撃となり、ミノタウロスの攻撃すらあっさりと弾き返し、反動を負うことなく、次の攻撃に移れる。
これならばモンスターハウスの無数のミノタウロスを相手できる。
久隆はそう確信していた。
「コンバットハイにはなっていませんね、久隆さん?」
「ああ。それとは違う。確信を持った作戦と力だ」
コンバットハイ。戦闘時に快楽をもたらす脳内物質の異常分泌によって恐怖を忘れ、戦闘にのめり込む状態。戦闘は確かに恐ろしい体験だが、同時に手にした武器で“獲物”を狩るというゲームでもある。
戦争中毒と言っていいように、戦闘時の快楽が忘れられず、何度も戦地に戻った兵士もいるほどだ。だが、久隆たちはそのような経験をしたことはない。彼らの脳はナノマシンによって制御されており、快楽は必要最小限にしか与えられないからだ。
では、今のナノマシンが抜けた久隆ならあり得るのか?
それもあり得ない。久隆はそのような快楽で物事を進める人間ではない。確かに尋常ではない力が入ったことに興奮を覚えたが、頭の冷静な部分が完全な狂気に陥らないように警告を発している。
今の久隆は極めて冷静に、極めて危険な作戦に乗り出そうとしている。
「いざとなれば俺も離脱して、そちらと合流する。安心しろ。力が上がったとしても、それに驕ったりはしない。自分でやれること、自分だけではできないこと、そして全員でかかってもできないことは分かっている」
「それでしたら」
サクラはその説明で久隆はまだ大丈夫だと思った。
サクラは東南アジアの戦争で、コンバットハイになった現地政府軍の若い兵士を見ている。彼らには敵が的に見え──実際、そう見えるようにオペラント条件づけを始めとする現代の心理学を応用した方法で訓練していた──それを撃ち抜くことで“ハイスコア”を叩き出すことにのめり込み、不用意に遮蔽物から出て撃ち抜かれることもあった。
久隆にはそのコンバットハイ特有の爛々とした血に酔った目つきはしていない。極めて冷静な日本海軍の将校に相応しい目つきをしている。
「それでは36階層のモンスターハウスだ。ここを落とせば、40階層が見えてくる。全員、体力に余裕はあるか?」
「大丈夫なの!」
レヴィアが真っ先に声を上げる。
「では、潜るぞ。相手はモンスターハウスだ。どれだけいるか分からないぞ」
久隆たちは覚悟を決めて36階層に降りた。
36階層は階段を降りて、曲がった先の廊下のそのまた先に小さなフロアがあるという構造だった。小さなフロアと言っても、バイコーンと戦ったときのワンフロアに匹敵している。そこに何体のミノタウロスがいるのか。
久隆は降りてすぐに索敵を始める。
「ミノタウロス40体以上。全てがこの先のフロアに集まっている」
「40体ですか。きついですね」
「ああ。まともに相手にしてたら不味いことになるだろう」
マルコシアが告げると久隆が頷く。
「ここはやはり上階で決めた作戦通りに行く。作戦の第一段階、こちらにミノタウロスを引き寄せる。第二段階、付呪を重ね掛けした俺がミノタウロスの群れに突っ込む。第三段階、俺がミノタウロスを攪乱している間に1体ずつレヴィアたちがミノタウロスを仕留める。後は全滅に追い込んで終わりだ」
久隆はそう告げながら無人地上車両を走らせ始める。
「いたぞ。武器はハルバードか。あまりレパートリーがないな。だが、やりやすい相手だ。どうにでも料理できる」
久隆はそう告げて無人地上車両を回収した。
「では、フルフル。付呪を。俺にはもう一気に重ね掛けしてくれ」
「は、はい。『このものに戦神の加護を。力を与えたまえ。戦士に力を』『このものに戦神の加護を。力を与えたまえ。戦士にさらなる力を』」
フルフルの付呪が久隆にかけられると彼は自分の中に台風が発生したかのような荒れ狂う力を感じた。恐らく義肢の人工筋肉は強化外骨格の何十倍という威力になっているだろう。他の部位も負けず劣らずたぎってきている。
「よし! 叫べ! 連中を呼び寄せろ! ここに来いと!」
「かかってこい! 相手になってやる!」
久隆たちが一斉に廊下の向こうに向けて叫ぶ。
地鳴りでダンジョンが崩壊するのではないかというほどのミノタウロスの足音がし、ミノタウロスが次々とフロアから飛び出て久隆たちの方向に向かってくる。
「奴らがここに到達したら仕掛けるぞ。フォルネウス、サクラ。前線を支えて、レヴィアたちを守れるな?」
「大丈夫です」
「よし。到達したら俺も突っ込む」
そして、濁流が押し寄せた。
ミノタウロスの群れが次々に久隆たちの前に現れて武器を振るいあげる。
だが、久隆の動きの方がずっと素早かった。
久隆はミノタウロスが武器を振り上げた状態でその首を刎ね飛ばした。
久隆はそのままミノタウロスの群れの中に突撃する。
ミノタウロスの大群は各々が密集し、碌にミノタウロスが動けない状態で久隆は斧で頭を叩き潰し、首を刎ね飛ばし、ミノタウロスを次々に排除していく。
ミノタウロスが1分もたたずに8体もやられたのを見て、ミノタウロスたちも自分たちの群れの中に飛び込んだ久隆の相手をしなければならないことを悟った。
「フォルネウスさん。今です」
「はあああ──っ!」
ミノタウロスが混乱から右往左往するのに、フォルネウスとサクラが襲い掛かった。フォルネウスの魔法剣がミノタウロスを体の中から焼き上げ、サクラが的確に敵を狙い撃つ。ミノタウロスは少人数であるはずの久隆たちに翻弄されていた。
「レヴィアちゃん、マルコシアさん。魔法を」
「大丈夫なんですか?」
「ええ。久隆さんはかなり遠くまで斬り込みましたから」
「では!」
そして、レヴィアとマルコシアの魔法攻撃が加わる。
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