民間軍事企業の拡大
本日1回目の更新です。
……………………
──民間軍事企業の拡大
重ね掛けによる身体能力の大幅なブーストに人間と魔族は耐えられるのか。
耐えられれば、大きな利益になる。いざというときに重ね掛けを行えば、ミノタウロスをバッタバッタとなぎ倒していくことすら可能かもしれない。
だが、突如として大幅に向上した身体能力というのは扱えるかどうか本当に分からない。最悪の場合、身体能力に振り回されて、計画的な戦闘が行えなくなるリスクすらあった。暴れまわるだけでは知性のないミノタウロスと同じではないか。
「一度、試してみないか。次の35階層で、最後にミノタウロスを1体残して付呪の重ね掛けを試してみてくれ。俺が実験台になる。成功すれば36階層のモンスターハウスの攻略は遥かに楽になるし、失敗してもフォルネウスかサクラがフォローしてくれる」
「……信頼、してくれるんですか?」
「当り前だ。どれだけ一緒に戦ってきたと思っているんだ。もう俺たちは戦友だ。俺はフルフルを疑ったりはしない。信頼している。付呪の重ね掛けが失敗しても、それは俺にそれを扱いこなせる力がなかったということだ」
「そ、そうですか。その、私も最初のころは疑ったりしてましたけど、今はあなたのことを信じてます。戦友、ですからね。ともに戦い、ともに勝利する。あなたは人間ですが、あなたは特別な人間です」
フルフルはそう告げて微笑んだ。
「久隆さん? 未成年とは節度をもって交流してくださいね?」
「当り前だ。フルフルだって理解している」
コンパウンドボウを整備していたサクラがジト目で告げると久隆がそう返した。
「特別だと言ったのですが……」
フルフルは不満げにそう呟いた。
「フルフル。お前もしっかり休んでおけよ。重ね掛けは魔力を相当消費するんだろう? 今回は試してみるだけだが」
「ええ。休んでおきます」
フルフルはレヴィアを膝に乗せたまま、壁に寄りかかって眠りについた。
「私には休めとは言わないんですか?」
「サクラ。お前が自分の体調管理をできることはよく知っている」
「酷い人です、久隆さんは」
サクラはそう告げてくすくすと小さく笑った。
サクラと久隆は同じような訓練を受けている。日本海軍特別陸戦隊の将校として相応しいだけの指揮能力を身に付け、戦闘力を発揮するための体力を身に付けている。そして、その体力を厳密にコントロールする術についても身に付けていた。
だから、久隆はサクラが途中でばてるようなことは心配していない。
「実際のところ、ここに訓練された特別陸戦隊の1個小隊がいたら、あっという間にダンジョンが制圧できるとは思えないか?」
「そうですね。できるでしょう。ミノタウロスだって5.56ミリ弾には敵わないはずです。ですが、我々にはそんなカードはない。我々は今あるカードで戦わなければならない。そうでしょう?」
「そうだな。今あるカードをいかに上手く使うかだ」
ないものねだりをしてもしょうがない。指揮官は与えられた戦力を使って任務を実行しなければならない。それが前線指揮官の務めだ。より上位の指揮官はより多くの戦力を与えられるように尽力するが、戦力は大きくなれば大きくなるほど動かすのが大変になり、かつ戦況がその大規模な戦力の投入を阻害することがある。
巨大な軍隊。たとえば1個師団の戦力を投入するとして、指揮官は1個師団約1.5万人分の食料と水、弾薬、宿営地、通信インフラを整備しなければならないのだ。
楽な話ではない。現在の日本国防四軍の戦力投射能力は2師団分と言われている。陸軍が中央アジアに1.5個師団派遣しているのはそういう事情からだ。
しかしながら、その総力戦に近い1.5師団の投射を日本国防四軍だけで完結して行っているかというと、それは異なる。
日本国防四軍は民間軍事企業を雇い、戦力の機動、兵站の維持、通信インフラの整備を任せているのである。自分たちの真横で起きたアジアの戦争ならともかく、中央アジアという遠い地域の戦争で総力戦をやるような体力は、もう日本国防四軍にはなかった。だから、彼らは今や多様化し、様々ニーズに応じている民間軍事企業を雇って、彼らの力を使ったのだ。
自分たちで基地の警備こそすれど、この民間軍事企業を頼った軍事作戦の傾向はずっと高まりつつある。近年の平和維持軍のような国連の任務はほとんど全てと言っていいほど民間軍事企業が行っている。
ひとつの失敗国家を立て直すのに国連が決議した案件を民間軍事企業は包括的に引き受ける。ハーグから逮捕状が出ている戦争犯罪者の逮捕から、捕虜収容所の運営、治安の安定化と軍閥の武装解除、難民の保護まで全て民間軍事企業が手がけるのである。
かつて、国家が主体となって行うはずだった物事は急激に民営化されている。戦争ですら今や外注される時代だ。職業軍人たちにとっては困惑の時代である。
「民間軍事企業を雇うって話もあったんだ。だが、俺には伝手がない。サクラ、お前は民間軍事企業にスカウトされるぐらいだから、民間軍事企業の連中を知っているのか?」
「あまりは。私も傷病除隊したその数日前に民間軍事企業の社員がやってきて、訓練業務に携わらないかと言われたぐらいなので。太平洋保安公司という会社でしたよ。そして、給与は海軍時代の10倍。私に分かるのはそれぐらいです」
「そういうものか」
サクラの伝手で密かに民間軍事企業をとも考えたが、それだけしか分かっていないのであれば不可能だろう。
「太平洋保安公司っては外国の企業なんだろう?」
「台湾ですね。起業したのは日本情報軍参謀総長と台湾陸軍中将。所属している人間も日本国防四軍の人間が多いです。業務はほぼ西側よりの軍隊への軍事支援。国防政策の策定から国軍の教練まで」
「日本では民間軍事企業は創設できないからな。台湾で起業したか」
日本の法律は民間軍事企業の国内での創設を認めていない。警備会社は許されるが、民間軍事企業となると話は変わる。日本政府も、治安当局も、日本国内で実弾を使う武器が蓄えられることを拒絶しているのだ。
唯一の例外は空軍のアグレッサー部隊を担当する民間軍事企業で、空軍の練度上昇のために退役したパイロットやアメリカ空軍の人間をスカウトして、平均飛行時間8000時間越えのベテランによる部隊を編成している。
使う機体も西側が仮想敵国として考える東側の機体で、東側の空戦ドクトリンを踏襲した飛行方法を行って、日本空軍のパイロットたちを鍛えている。
この企業はアメリカ空軍やイスラエル空軍も訓練しており、腕前は上々だ。
「民間軍事企業に加わってはどうかと朱門に言われた。だが、俺はそういう気にはなれない。自分が祖国を裏切っている気がするんだ。いくら祖国が手足を失ったことで俺を軍から蹴り出したとしても」
久隆は素直に民間軍事企業へのスタンスを告げた。
……………………




