弔いと前進
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──弔いと前進
久隆たちは戦勝祝いをしっかりと楽しんだ。
焼肉を腹いっぱい食べ、仲間との談笑を楽しみ、次の階層の攻略への意欲を燃やした。帰るころにはレヴィアたちは満腹からうとうとしており、久隆は自宅に戻ると彼女たちを布団に運んだ。
朱門は留守だった。本当にバーに出会いを探しに向かったらしい。
「まあ、今は負傷者もいないし、出る予定もないが……」
本当に当てにしていいのだろうかと久隆は少しばかり疑問に感じた。
まあ、朝には帰ってくるだろうと思い、久隆は明日の探索の準備を整えてから、布団に入った。目覚ましは6時にセット。そして、ゆっくりと眠りについた。
そして、朝がやってきた。
久隆はバターロールパンを温め、ベーコンエッグを焼き、バナナを剥いてから切る。
それから弁当の準備始めたころにごそごそと音がし始めた。
「おはようございます」
「おう。おはよう、フルフル」
一番に起きてきたのはフルフルだった。
「昨日はありがとうございました」
「……レヴィアの件か?」
「ええ。陛下が直接魔族の死を見られる機会はほとんどありませんでしたから。かつての魔王は近衛騎士団を率いてダンジョンを攻略したそうですが、そのせいで魔王がバタバタとして後継ぎ問題が頻発したのと、今では魔王を政治的なシンボルとして見ることが多いことからそういう機会はなくなったのです」
「だろうな。リチャード1世も、ナポレオンも前線にいたが、それは昔の話だ。政治をしなければいけない人間を前線に投じるようでは困る」
「ですが、かつては魔王という地位を示すには戦うしかなかったのです。過去の王たちが戦ったからこそ、近年の魔王は戦わずして、魔王という地位にあるのです」
「過去の積み重ね。歴史。王室ってのはその象徴だな。だが、レヴィアは今は戦っている。お前の語るかつての魔王たちのように」
「はい。ですが、レヴィア陛下は今回のことでかなり落ち込んでおられましたから。何とか元気を取り戻してもらわなければと思っていたのです」
フルフルはそう告げて食卓に朝食を運ぶ。
「今はどうだ? 少しは元気になったか?」
「ええ。あなたが励ましてくれたおかげですよ。私では無理だったでしょう……」
俺にだって無理だっただろうさと久隆は思う。
久隆もフルフルも児童心理学者でもセラピストでも精神科医でもない。子供が死に直面して、心にどうやって傷を残さずに済むのかを知るような術はもたない。そして、それは素人が迂闊に踏み込んでいい問題でもない。
それでもどうにかしなければならないというのならば、久隆はこれまでの経験を活かした。海軍時代も仲間の死に対面することは幾度かあった。そのために部下を励まし、元気づけなければならないことがあった。
もちろん、本格的な治療は軍の精神科医がやってくれた。久隆たちがやるのは体の傷と同じで応急手当だ。今のご時世、精神医学は非常に発達しており、ナノマシンを使った化学物質分泌の操作などで、うつ病も早期に完治するようになった。
だが、そのような技術があっても再発の可能性は常にあった。精神は肉体の影響を受ける。そして、肉体は環境の影響を受ける。環境が変わらなければ、肉体が変質し、精神が変質するのは当然のことだった。
だから、精神科医はナノマシンや薬剤での治療と同時に、患者の環境を整えようとする。ストレスのかかる職場ならストレスを上手く発散する方法を。人とのコミュニケーションが苦手ならば、コミュニケーション能力を身に付けるセラピーを。
そうやってコツコツと治療していって初めて精神疾患は治癒したと言える。
その点、今回のレヴィアに対する久隆たちの出来たことは限られていた。
久隆たちはナノマシンも抗うつ剤も使えない。人間と魔族の脳の構造が異なるのだから、そういうもので治療するわけにはいかないし、医者である朱門自身も精神疾患は専門外だった。久隆たちは進んだ精神医学の恩恵は受けられなかった。
そして、環境を変えることもできない。レヴィアを置いて、久隆たちだけで探索を行うというのは久隆たちにとっても、レヴィア本人にとってもいい選択肢ではない。レヴィアは自分が役に立たないから捜索班から外されたと思うだろう。そして、久隆たちは貴重な戦力を失うことになる。
久隆たちにできたのは気分転換を行わせることぐらいだった。話をし、励まし、美味しい食事をする。ナノマシンも抗うつ剤も専門のセラピーもなし。
それでも、レヴィアは大丈夫なのだろうかと久隆は不安を少し抱えていた。
「レヴィアには悪いが、今日も潜る。恐らくアガレスがレラジェの偵察部隊を30階層以降に送り込んでいるはずだ。それに俺たちはべリアを追わなければならない。べリアは間違いなく30階層より下にいる。そして、もう少しで捕まえられるかもしれない」
ようやくダンジョンコアの暴走を解除し、元の世界に戻るカギであるべリアの足取りが掴めたところだ。彼女が単独で下層に潜りすぎて、何かしらの危険に遭遇する前に救助しておきたい。
「もう少しかもしれないし、まだかかるかもしれない。だが、べリアを救助しないことには始まらないんだろう?」
「そうですね。べリア様がいなければ、ダンジョンコアを操作することは……」
「なら、追いかけよう。便利な道具も仕入れてきた。早速使ってみよう。それから、今日は泊りがけで行こうと思う。30階層になって30階層まで潜るだけで相当な時間がかかるようになった。2日程度は潜っておきたい」
「そうですね。私としても同意します」
フルフルも30階層までダンジョンの捜索が完了したことで、30階層まで潜って、また地上に戻るというのは時間のロスではないかと考え始めていたところだ。30階層を拠点に2日程度潜り続ければ、もっと深く潜れるだろう。
「では、今日も頼むぞ、フルフル」
「ええ。私もよろしくお願いします、久隆さん」
フルフルはそう告げたとき、またごそごそと音がし始めた。
「ふわあ。おはようなの」
「おはようございます!」
レヴィアたちも起きてきた。
「おはようございます、久隆様」
「あら。言ってくれればお手伝いしましたのに」
フォルネウスとサクラも起きてきた。
「全員朝食だ。今日は長く潜るぞ。そしてべリアを追う。なんとしても彼女を捕まえないとな。そうしないと戻れないだろう?」
「そうなの。べリア、きっと苦しい思いをしてるの。助けなくちゃ!」
「そうだ。頑張ろうな」
「うん!」
レヴィアは満面の笑みでバターロールにジャムを塗って齧りついた。
心に傷は残っていないだろうか。自分たちは上手くやれただろうか。
悩んでも仕方ない。悩んだところで答えを導き出せる知識も経験もない。
今はとにかく前に進むだけだ。
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