戦闘報告書
本日1回目の更新です。
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──戦闘報告書
30階層を拠点とする場合、これからアガレスたちは30階層から地上までの階層の掃討をしなければいけなくなる。そうしないと兵站線が途絶えてしまう。久隆たちが掃討してもいいのだが、久隆たちはなるべく体力を温存して、今度は30階層以降に挑みたいのだ。
幸い、アガレスには15名の部下がいる。6名チームでもある程度回せるし、それにダンジョンの再構成は6、7日後だ。休む時間と物資を運び込む時間は十二分にある。
だが、25階層から30階層までの間には、ゴブリンシャーマンやゴブリンロード、ゴブリン長弓兵などが重装オークとセットで出没する。
これの効率的な倒し方を経験者として伝えておかなければならない。
久隆は片付いた食卓でノートパソコンを広げ、戦闘報告書の作成を始める。
「ゴブリン長弓兵への対処法。ダンジョン内でゴブリン長弓兵が前列にいる場合、または前衛の防御が薄い場合の直接射撃に注意。ゴブリン長弓兵自身の防御力はそれほどでもなく、魔法によって戦闘不能に追い込むことが可能、と」
久隆は自分たちが経験した戦闘を記載していく。
隠密行動の必要性やオークとゴブリンの各個撃破など。
隠密行動については訓練を受けていないと難しいだろうが、できれば非常に効率よく戦える。隠密行動についての基礎について久隆は記しておいた。隠密行動の際の陣形や、どの敵を優先して排除するか、そのタイミングはいつか、そしてその後の行動をどうするか。まるで教本でも書くように念入りに記していく。
「お疲れ様です、久隆さん」
「ああ。サクラ。戦闘報告書を見てくれないか? まだ十分ではない気がする」
「ええ」
サクラはノートパソコンで作成されていた戦闘報告書を眺める。
「重装オークについての記載が少し少ないですね。重装オークの弱点は顔面。そこに魔法を叩き込むか、矢を叩き込む。相手はゴーグルなどはしていないので、煙などでも視野は潰せるかと思います。実際にマルコシアさんは重装オークの頭を結界で覆って、重装オークの頭部を燃やし、視野を奪いましたから」
「なるほど。敵から視界を奪うことの重要性について記しておこう。そういう魔術が得意なものもいるかもしれない」
「それから隠密行動についてですが、彼らの場合武器のほとんどがナイフより長いものでした。彼らがサブでナイフを有しているなら使用することを勧めましょう。ゴブリンの生物学的特徴は人間と同じようなので、悲鳴を上げさせずに仕留めるにはナイフを鎖骨下動脈を貫くことや、大腿動脈、腎臓を狙って出血性ショックを起こさせることも」
「そうだな。俺たちにとっては常識でも向こうは知らないかもしれないからな」
久隆は人体の血管などが表記された画像をネットでダウンロードし、それぞれに急所となる位置を示していった。人体を知ることは相手を殺すことにも役立つし、応急手当の際などにも役立つ。基礎的な人体の構造については士官も下士官も学ぶ。
久隆は朱門から脳以外は魔族と人間に差異はないと聞いている。これは魔族たちが自分たちの身を守る上でも役に立つ情報となるだろう。
「戦術についてはやはり各個撃破が有力ですね。隠密はできるに越したことはないですが、訓練されていない人間には難しいでしょう。それにフォルネウスさんを見て思いましたが、彼らの防具はあまり隠密行動には向いていません」
「ふむ。レヴィアが言うからには近衛騎士には重騎士と軽騎士がいるそうだ。俺がみた軽騎士は革の鎧で動きやすそうな格好をしていた。兵科によって行動が異なるということは流石に説明せずとも分かるだろう」
「念のため記しておいては?」
「一応、指摘はしておくか」
久隆は装備についての記載もしておいた。
「そういえば、弓を持つ魔族はいるのでしょうか?」
「いるみたいだぞ。なんでもアーティファクトと言ってな。いくら使用しても劣化しない古代の魔法がかけられた品を利用しているらしい。実を言うと俺もアーティファクトを使用しているんだ。驚いたか?」
「久隆さんがアーティファクトを? どこで手に入れられたんです?」
「こっちの世界の腕利きの職人が作った品はアーティファクトになるらしい」
久隆はアーティファクトについての説明をサクラにした。
どの品がアーティファクトになって、どの品がならないのか。
「へえ。私のコンパウンドボウはアーティファクトにはならないですね。あれは別に職人が手作りしているわけではないですから。もちろん、製品としては一流の品ですけれど、アーティファクトの条件は満たしていないです」
「ああ。交換部品なんかも必要になるだろうし、矢も必要だろう。ところでスポーツ用の矢でよく魔物を撃ち抜けるな」
「あれ? あれはスポーツ用じゃないですよ。欧米で販売されている狩猟用です。法改正でコンパウドボウでも一定の威力があれば、狩猟につかっていいってことになったんです。久隆さんは猟友会に入られていると聞いたので、一緒に狩猟ができないかなと思って持って来たんです」
「そうなのか? クロスボウと弓は完全にスポーツ用だとばかり」
「あはは。銃を持つのは大変ですけれど、コンパウンドボウならそこまで大変ではないですからね。今の天然物の野菜や果物は非常に高価な品で、日本はそういう宝石みたいな果物と野菜を生み出すノウハウがありますから、政府も害獣対策に力を入れたってところなのでしょう」
「確かにイノシシなんて季節に限らず、田畑を荒らすからな」
ほとんどの食料が工場生産されるようになり、自然農法──正直なところ、そこまで自然とは思えないが──による作物は希少価値を得た。
昔から日本の贈呈用の果物は『中に宝石でも入っているのか?』と言われるぐらいの値段がしていたが、それがさらに高騰した。自然農法の品。自然の品。そういう付加価値が付き、大きく値段は上昇したのだ。
日本の政治家は昔から国内の農産業を守ることに必死だったが、食品工場の拡大と工場製の安くて栄養価の高い農作物には流石に勝てなかった。それでも、希少性という付加価値をつけて、農作物を富裕層に高く売ろうと努力した。
努力の結果は実ったが、気象異常と自然環境の崩壊による野生動物の出現によって自然農法は大きな脅威に直面している。
だから、政府は害獣駆除のための猟友会への入会手続きや、猟銃所持の規制を緩めていったのである。一部の現実を知らない動物保護団体が抗議しただけで、今も害獣駆除目的の狩猟は続いている。
「さて、この資料を印刷してアガレスに渡すか」
「向こうの方、日本語でも大丈夫なんですか? みんな流暢に日本語喋っていて、ちょっと驚きはしたんですけれど」
「魔法だ。魔法で全てが解決するらしい。あの魔法が地球に伝わったら、翻訳家も通訳も全員失業する羽目になるな」
「まあ、怖い」
サクラはそう言いながらクスクスと笑った。
「さて、サクラ。お前も休んでおけ。明日はアガレスから偵察結果を聞いて、それから行動開始だ。27階層より下に潜ることになるだろう。できれば早期に30階層のエリアボスを討伐してしまいたいところだが」
「焦らず行きましょう。着実にです」
「そうだな。着実にだ」
久隆とサクラはそう言葉を交わすと、それぞれの寝室に向かった。
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