新しい領域へ
本日1回目の更新です。
……………………
──新しい領域へ
先進国の兵士たちの価値は高いものとなった。
それは純粋な装備や訓練のための費用ではなく、世論というものに対しても。
白木の箱が増えるたびに支持率が低下する。それはもはや常識だ。
日本国民は日本国が国際社会から求められる義務を果たしながらも、日本人の兵士が死なないという魔法のようなことを望んでいた。東南アジアの戦争における少人数の地上部隊と大多数の現地の兵士、そして航空支援という組み合わせはそのような世論を反映したものだった。
命は地球より重くないし、命の重さは平等じゃない。
だからこそ、日本政府は日本国防四軍に大規模な地上軍を展開するのは中央アジアに限定し、東南アジアでは現地の国軍を使用することを求めたのだ。
日本の兵士が死ねば支持率が下がる。だが、民間軍事企業のコントラクターや日本人が関心を見せない東南アジアの兵士が死んでも、日本国民は気にもしない。
民間軍事企業のコントラクターは日本の投票権を持っていないし、東南アジアの兵士たちの家族も日本の投票権はない。どうなろうと政治家たちは気にしない。
マスメディアが軍によって飼いならされてるとしても、人々は日本国軍人の死は忌むべきものであり、避けなければならないという。だが、東南アジアで数百人の現地政府軍の兵士たちが死のうと、数百人の子供兵が死のうと気にはしない。それどころか、海賊にならざるを得なかった貧しい漁師たちが航空爆弾で八つ裂きにされても、スマートフォンで面白おかしい動画を見て笑っているだけだ。
ただ、日本国の通商路に海賊が出没するのは困る。ただ、ただ、それだけのために日本国は軍事介入を決めた。それがなければ、東南アジアで何万人という民間人が虐殺されているという事実に目を背け、知らぬふりをしていただろう。
そう、命の重さは主観で決まる。関心のない人間にとって、世界の悲劇とは目に入らず、命は地球よりも重いどころか、羽根よりも軽いのだ。
ここにいるレヴィアたちの命の重さにしても同じ事だ。
レヴィアたちは久隆にとってはとても重い命だ。彼が彼女たちを助けると決めたときからそうであった。だが、他の人間にとっては?
日本情報軍などの軍部にとっては彼女たちの命は軽いものだろう。そして、日本国防四軍に現地の政府軍に日本人の代わりに死んでもらえと命令した日本政府にとってもそう重いものではあるまい。
だからこそ、久隆が助けなければならないのだ。
「よし。いくぞ、25階層だ」
ついに25階層に潜る。
既に偵察部隊は27階層までは到達済みだ。久隆たちは27階層のモンスターハウスをどうにかしたら、一旦20階層のパイモン砦に戻り、再び偵察部隊を27階層より下に派遣してもらおうと考えていた。
彼らは偵察のプロであり、そのために必要な装備を持っている。それにいうではないか、餅は餅屋と。
よって、久隆たちの目的のひとつである25階層の掃討が終わって、余裕があれば27階層の掃討を目指す予定だった。だが、相手はモンスターハウスだ。それも恐らくこれまで相手にしてきた中でも面倒なモンスターハウスだ。
一度地上に戻って立て直してからということも考えたが、ダンジョンの再構成を考えるとあまり悠長にはしてられない。
可能な限り27階層掃討を目指し、27階層以降の情報を収集してもらう。
それを目的に久隆たちは25階層に降りた。
「ジャイアントオーガ1体、オーガ2体、オーク8体、ゴブリン24体」
「ゴブリン24体……?」
「ああ。それも3か所に分かれている。これは面倒だな……」
フルフルが息をのむのに、久隆が呟いた。
「とりあえずは可能な限り、隠密行動だ。敵を静かに片付けていく。乱戦になった場合、損害が出る恐れがある。25階層から20階層までの間に敵はいないが、負傷者に回復魔法をかけられる時間的猶予があるかどうかは分からない」
久隆はそう告げて、ゆっくりとダンジョン内を進んだ。
物音を立てず、気配を殺し、オークなどのゴブリン以外の魔物を避け、着実に久隆たちはまず1グループ目のゴブリンたちに接近した。
「この先だが……」
久隆が手鏡を出して様子を窺う。
「いた。ゴブリン長弓兵5体、残りのゴブリン長弓兵2体とゴブリンシャーマンの姿は見えない。またこのパターンか。面倒な」
廊下に広がっているのはゴブリン長弓兵5体だけで、足音はするし、存在することは確実であるゴブリンシャーマンの姿は見えない。
「どうするの?」
「静かに殺す。いつも通り、誘き出して叩く。幸いにしてダンジョンコア殿にも魔物たちにも学習能力はないらしい。しかし、いつまでも同じ手が通じるとは思えんな」
そう言いながら久隆は小石を拾い、ゴブリン長弓兵に投げつける。
ここからはいつものように、とはいかなかった。
ゴブリン長弓兵たちは仲間を呼ぶと纏まって久隆たちのいる場所に接近してきたのだ。ゴブリン長弓兵が5体。廊下を進んで久隆たちの方に向かってくる。
「仕方ない。纏めて片付けるぞ。サクラ、2名を任せる」
「お任せあれ」
久隆も斧から軍用ナイフに持ち替え、ゴブリンたちを待ち構える。
そして、ゴブリン5体が用心しながら廊下を曲がった時だ。
久隆たちが飛び出てゴブリンを地面に押し倒すと軍用ナイフで一瞬の間に喉を引き裂いた。そして、そのまま2体目のゴブリンの喉に軍用ナイフを突き立て、抉るようにして抜く。サクラも全く同じようにして2体のゴブリン長弓兵をほぼ同時に仕留めた。
「よし。これでいい」
ダンジョンには静けさが漂っている。
「な、なんというか……。近衛騎士が戦うのはこれまで見てきましたが、それとは全く異なりますね……。殺しに特化した戦い方とでもいうべきか……」
「いずれ、そっちの世界でもこっちの世界と同じような手段で殺し合うことになる。そっちもどうやら戦火が絶えない世界のようだからな。戦争というものは徐々に名誉や誇りを捨てていき、実利だけを取るようになる」
人道は?
久隆は知っている。日本情報軍が非合法な捕虜収容所を民間軍事企業の警備の下で運用し、非合法な尋問を行っていることを。ローマ規程を結んでいる日本国がそのようなことをするのは完全に国際法違反だが、彼らもまた実利だけを取ったのだ。
日本情報軍の将校が『我々が得た、明確にはできないが確かな筋からの情報によると』と言った場合、その非合法な捕虜収容所での拷問の情報だと分かる。
それに今のローマ規程はアメリカや中国、ロシアの不参加によって穴抜けの状態だ。声高に社会的正義を叫ぶ欧州諸国も右派政権の台頭によって、正義より実利を取ろうとしている。世界は徐々に混沌に舞い戻りつつあった。
テロリストは裁判にかけられずに拷問される。死刑はあらゆる国で復活しつつある。民主主義は絶対的な価値観ではなくなりつつある。
争いの絶えない世界は争いの絶えない世界として最適な形に“進化”したのだろう。
……………………




