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集団セラピー

本日2回目の更新です。

……………………


 ──集団セラピー



 まだ1階層から9階層までのダンジョンの再構成は行われていなかった。


 久隆たちはもし再構成が起きても、それをアガレスたちに任せるということで決めており、同時に地上まで掃討戦を行った部隊は久隆の家に上げることとした。


 これは一種の休暇だ。ダンジョンの中で太陽の光も見ずに過ごすのは健康に悪い。ダンジョンの外の新鮮な空気を吸い、温かな食事を食べ、風呂で清潔になり、暖かく、柔らかな布団で眠って体調を整える。


 久隆は2階の空き部屋を片づけて、受け入れ態勢を整え、いつでもアガレスたちの部下を受け入れられるようにしておいた。


 そして、久隆にもうひとつ、ダンジョンの深層に潜る前にすることがあった。


 久隆たちが20階層でしなければならないこと。


「おう。来たか、久隆。こっちの仕事はほとんど終わったぞ」


「健康状態はマシな方か?」


「この状態ではな。マシな方だ。食欲もあるし、生きる意志もある。ただ、やはり心が折れかけている連中がいる。医者が簡単に言う心的外傷後ストレス障害って奴だ。安易に下したい診断じゃないが、あれはそう呼ぶしかない」


「そして、抗うつ剤は使用できない」


「ああ。脳にどんな影響を与えるか分からん」


 魔族の脳には人間の脳にはない器官がある。そして、抗うつ剤は脳に作用する薬だ。そのような薬を安易によく分からない脳に投与はできないだろう。


「ということは、やはりか」


「集団セラピーだな」


 そう告げて朱門は肩をすくめた。


「集団セラピーの効果は医者としてはどう思う?」


「だから、俺は精神科医じゃないと言っているだろう。効くか効かないかは本人たち次第なんじゃないか。問題を解決したいという意欲のある人間しか問題は解決できない。そうなるように周囲が粘り強く待つか。だが、そんな悠長な時間もないんだろう?」


「ないな。できる限り早く、大勢を戦線に復帰させたい」


「案外、戦っているうちによくなったりすることもあるもんだがな。忙しくて、自分の生存がかかった状態に置かれると多少の問題は見えなくなる。もちろん、悪化しないとは断言できないぞ。俺の専門は外科だ」


「軍医は切った張ったがお仕事だからな」


「そういうことだ。俺もマフィアの連中からカウンセリングを頼まれたことはない。そっちでどうにかしてくれ」


 朱門はそう告げると手を振って、20階層の整備をしている魔族の女性たちの下に向かい、彼女たちに何やら声をかけ始めていた。


「どうにかするしかないか」


 久隆は明らかに落ち込んでいる集団を見つけて近寄った。


 数は5名程度。男もいれば女もいる。誰もかれもがくたびれ果てているようだった。


「なあ、このダンジョンで何を経験したか。それを話して聞かせてくれないか?」


 久隆は優し気に彼らに話しかけた。


「……仲間が死んだんです。騎士団の同期で、仲もよかったんですけれど……。俺たちは同じ場所に飛ばされて、あいつは撤退する際に殿を任されて……。俺も一緒に残ればよかったんだ! そして、一緒に死ねばよかったんだ! なんで、俺だけ……」


 魔族のひとりが涙ながらにそう告げた。


「わ、私も仲間が死にました……。宮廷魔術師の先輩で、いろいろなことを教えてくれた先輩だったんですけれど、私たちを逃がすために魔物の大群を相手にして……。先輩ならきっと大丈夫だと思っていたんですが、後で18階層を探索した部隊が死体を……」


 そこで言葉が途絶えた。


「俺もだ。俺は仲間を守れなかった。ダンジョンの構造も分からずに右往左往して、その間にひとりずつ……。俺がちゃんと指揮していれば……」


 魔族たちはひとりひとり体験を語っていく。


「お互いの話を聞いてどう思う? 俺も軍人だった。仲間は何人も失った。悲しみに暮れたこともある。だが、俺たちは軍人だ。任務がある。義務がある。戦わなければならない。戦友たちは俺たちが戦い続けられるように犠牲になったんだと俺たちは考えた」


 久隆がそう告げて魔族たちを見渡す。


「そう簡単には割り切れないだろう。だが、お互い似たような経験をして、それを話し合って、分かったこともあるだろう。そうやって少しずつ自分たちの経験を理解し、本当の意味を知れ。何のために今を生きているのかを」


 久隆は集団セラピーの専門家ではない。


 ただ、戦場で心的外傷後ストレス障害を患った部下の面倒を見るのに、同じようなことをしていただけだ。


 自分が経験したことを吐き出す。全てぶちまける。それだけでかなり心は楽になる。そして、同じような経験をした人間を鏡として自分を客観的に見ることで、自分の経験を冷静に分析できる。自分の経験には感情のバイアスがかかるが、他人の経験を聞くのにはそのバイアスはかかりにくい。


 そうやって心の傷を少しずつ癒していくのだ。


 少しずつ、少しずつ。ナノマシン療法のようにシンプルにはいかない。この手の問題は複雑で、アナログな手段で解決しようとすれば時間がかかる。


「ゆっくり考えるんだ。すぐに戦列に戻れとは言わない。だが、立ち直ってくれ」


 久隆はそう告げてグループから去っていった。


「上出来じゃないか、久隆先生。お前、軍人になるよりも精神科医になった方がよかったんじゃないか?」


「そんなわけないだろ。素人の経験則でやる集団セラピーなんて症状を悪化させるかもしれないぞ。俺たちのやっていたことは応急手当と一緒で、本国に帰って、軍病院でちゃんとした精神科医の治療が受けられるまでの時間稼ぎだったんだ」


「そんなものかね」


「そんなものだ。そもそもお前だって基礎として精神疾患について学んでいるんだろう? だから、心的外傷後ストレス障害って診断が下せるわけだし。お前がやれ、お前が」


「勘弁してくれ。俺は自分自身がうつ病で傷病除隊したような人間だぞ。他人のメンタルにまで責任はもてない」


 朱門はそう告げて肩をすくめた。


「ったく。他の治療は本当に任せるぞ?」


「任せておけ。他は便秘から腰痛まで面倒見てやる」


 朱門はそう告げると時計を見た。


「時間、狂っているのか? 俺は6時間ほどここにいたことになるんだが」


「外では2日と15時間過ぎている。これがダンジョンというわけだ」


「全く、困ったものだな」


「だが、ダンジョンは経験できただろう?」


「ああ。まさにダンジョンだ。こいつは好奇心が刺激されるぞ」


 久隆が告げ、朱門がにっと笑う。


「久隆ー! そろそろいくのー!」


「じゃあな、朱門。上に上がるなら護衛をつけてもらえ。ダンジョンの再構成がそろそろ始まるころだ」


 久隆はそう告げるとレヴィアたちの下に向かった。


……………………

本日の更新はこれで終了です。


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