肉を食う
本日1回目の更新です。
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──肉を食う
しゃぶしゃぶパーティーは全員の食欲もあって順調に進んだ。
食べ盛りが多いと思って、割高なコースにしておいたのは正解だった。肉は次々となくなり、野菜も美味しく消費されていく。
「お肉美味しいの!」
「肉で野菜を巻いて食べても美味いぞ」
「試してみるの!」
レヴィアもよく食べるし、フォルネウスもこの時はバイコーン戦の鬱憤を晴らすようによく食べた。マルコシアとフルフルは野菜がお気に入りのようで、サクラはバランスよく食べている。
「茹でただけなのに美味しいなんてずるいですよ」
「いいじゃん、いいじゃん。これならヴェンディダードでもやれそうだし!」
「そうですね。ヴェンディダードに戻ったらみんなでやりましょう」
野菜をもぐもぐと食べながらフルフルが頷く。
「けど、ただのお湯で茹でているわけではないですよね? 何かしら味があるような」
「ダシだ。昆布を煮たりして出てくるうまみ成分という奴が重要になる。魚介類からでもダシは取れるがしゃぶしゃぶに合うかは分からないな。俺も料理にそこまで詳しいわけじゃない。海鮮しゃぶしゃぶというものもあるそうだが」
「海鮮しゃぶしゃぶ……。お肉もいいですけれど、お魚もいいですよね……」
「フルフルは本当に魚介類が好きだな」
「それは、その、故郷の味なので。故郷に帰ったら教えてあげたいです。こういう魚介類の食べ方もあるんだってことを」
「レシピを検索しておいてやるからそれを持って帰るといい」
「はい。ありがとうございます」
フルフルは美味しい食事のためか、いつもより温和で、落ち着いていた。
「さあ、しっかり食えよ。力仕事には肉だ。しっかりスタミナつけて、明日に備えろ。明日は20階層以下を目指すぞ」
「20階層以下は25階層までしか分かってないんですよね」
久隆が告げるのにフォルネウスが肉をほおばりながらそう告げた。
「そうらしいな。何か25階層までの情報を知っているやつは?」
久隆がそう尋ねるが返事はない。
「仕方ない。明日、アガレスに聞いておこう。アガレスは何か把握しているだろう。出没する魔物。ダンジョンの構造。モンスターハウスのある場所」
次のエリアボスは30階層だ。
そこまでいつになったらたどり着けるだろうかと久隆は思った。それとも30階層にダンジョンコアがあったりしないだろうか?
アガレスは今も行動中である。20階層が制圧された今、それより下層に偵察部隊を派遣するのはより容易になった。彼らが集めてくれた情報をしっかりと受け取って、ダンジョン深層の攻略に役立てなければと久隆は考える。
恐らくこれまでの傾向からして、ダンジョン内の魔物も変わってくるだろう。より強力な魔物が出没するようになり、ダンジョン1階層の攻略時間は延びる。しかし、だからと言って急ぎすぎれば、ダンジョンの魔物から致命傷を受ける可能性は上がる。
急がば回れだ。時に遠回りに見えても、それが最適解だったりすることは軍事でもよくあることだ。迂回突破することで犠牲を少なく抑え、目的を確実に果たすということは、少なくない。無理に敵に正面から挑み続けることは能がない。
時間をかけて着実に目的を果たす。
確かにタイムリミットのある仕事だ。悠長にはやってられない。だからと言って、無理をしてはならない。久隆たちの全滅は、ダンジョンに取り残されている魔族たちにとって致命的だ。レヴィアの死も、他のものたちの死も、打撃になる。
もし、ここに訓練された海軍特別陸戦隊の1個小隊がいて、後方支援もあり、フル装備であったならば、ナノマシンで脳を強制的に活性化させ、夜も眠らずダンジョンに潜り続け、今頃は50階層辺りに到達していたかもしれない。
だが、ここにいるのは寄せ集めに近い捜索班6名だけであり、後方支援はあまりにも乏しい。それを現実として把握しておくことも指揮官としての務めだ。
この捜索班で無理はできない。長期間、緊張状態に置くことや、十分な休息がなければあっという間にこの捜索班は機能しなくなるだろう。そうすれば、どれだけの間、捜索に穴が開くだろうか。
こうやって勝利を祝っているのもそれが必要なことだからだ。緊張感を弱め、自信を持たせる。そうしなければ肉体的にも、精神的にも、レヴィアたちは参ってしまう。
ただでさえダンジョン内は緊張感に満ちているのだ。まだ子供であるレヴィアたちがいつまでも持つとは考えない方が適切であり、可能な限り平和な環境──ダンジョンから外に出た空間での休息を取らせるべきだ。
だから、ゲームも買い与えたし、こうしてみんなで食事もしている。
「久隆、久隆。お肉食べないの?」
「ああ。食うぞ」
久隆はレヴィアに言われて肉を貪った。
肉は美味い。こうして美味い食事をしているだけでも士気は上がるし、戦闘での緊張を忘れられる。イラク戦争の際、兵士たちを戦地からアメリカ本土に帰す際には、彼らは仮想的なアメリカの光景を再現し、そこで兵士たちに日常生活を思い出させる必要があった。戦争とはそれほどまでに人間を傷つけるのだ。
今はナノマシンがあると人は言うだろう。だが、ナノマシンは万能ではない。ナノマシンは賢者の石ではない。ナノマシンの濾過された感情の内、暗く、どろりとしたものは兵士の脳内に残り続ける。久隆が戦場を懐かしむように。
結局のところ、ナノマシンはキラーマシンを作り上げたが、そのキラーマシンは戦場では効果を発揮したものの、戦後においては古典的なカウンセリングとセラピーが必要だったということである。
「全員、明日は恐らくあまり深くは潜らないだろう。新しいエリアで試行錯誤しながら前進することになると思う。だが、それが確実な手段だ。助けたかったら焦るな。焦って自分たちが壊滅すれば、救助は遠のく」
「分かったの」
レヴィアが頷き、他のメンバーも頷く。
「着実にことを進めていこう。捜索班のメンバーも増えた。新しく、確かな戦法を確立しながら進んでいきたいところだ」
「昔から久隆さんは慎重でしたね。英雄にはならない。けれど、任務は必ず果たす。兵士たちにとっては理想の指揮官です」
「そうか。そうだといいんだがな」
久隆はそう告げてウーロン茶を飲み干した。
「英雄にはならないのですか? 既に久隆様は英雄のようなものですよ」
「英雄というのは死んで完成する。生きている英雄は偉業を成した個人だ。そこから評判が落ちることもある。偉業を成したものが、晩節の愚行で評価を落とす、ということは少なくない。だから、英雄となりたければ死ななければならない。生き残った英雄は英雄ではない。俺たちはそういう考えをしている」
日本海海戦で日本の完全な勝利を収めた東郷平八郎も、戦後は改革の邪魔になる存在だった。死んでこそ英雄というのはそういうことだ。生きていれば、人間が人間である限り、何かしらのスキャンダルを生じる。
「久隆は英雄なの。少なくともレヴィアにとってはそうなの」
「ありがとう。さ、もっと食え」
久隆たちは食事をたっぷりと楽しみ、その日は家に帰ると風呂に入って早々に眠ってしまった。明日はまたダンジョンだ。
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