バイコーン
本日1回目の更新です。
……………………
──バイコーン
久隆が先行して20階層に降りる。
情報通り、広いフロアに出た。
床にそっと触れ、バイコーンの存在を確認する。
バイコーンの位置はすぐに特定できた。何せ、1トン近くある巨大な馬なのだ。位置が分からないはずがない。それが蹄の音を響かせて歩いているのは音としても聞こえてくる。久隆はバイコーンの位置をある程度把握し、近距離での偵察を試みる。
足音を立てないように慎重に、慎重にバイコーンに接近する。
そして、目視で確認した。
確かに聞かされていた身体的特徴と一致する。巨体とその頭部から突き出た横並びのふたつの角。ダンジョンの中でその赤い瞳が不気味に輝いている。
それと同時に久隆は気づいた。
魔族たちの死体が転がっていることに。
これまでの階層では魔族の死体は目撃しなかった。アガレスに尋ねたところ、死体は弔うために可能な限り回収しているとのことだった。15階層には安置された遺体があることを久隆は知っている。
魔物は魔族や人間を殺しこそすれど、捕食はしない。彼らは魔力によって生きるのであり、ダンジョンコアに全てを握られている。魔物の生存の意志も、魔物の殺意も、全てはダンジョンコアのものだ。
久隆は偵察を終えて、19階層に戻る。
「確認した。バイコーンだ。階段から降りて、右手のフロアを歩き回っている」
久隆は19階層で作戦メンバーにそう伝える。
「フルフルは階段で待機。俺とフォルネウスはフロア出入口で待機。サクラは予定通り、バイコーンを狙った一撃を頼む。倒してしまっても構わないぞ」
「そう簡単に倒せる相手ではないのでしょう?」
「1トンだからな。ジャイアントオーガを吹き飛ばせるならば頭蓋骨も相当固い」
あの体格と1トンという重量から推測するに、バイコーンはちょっとした装甲車並みの強度の骨を有していると見て間違いない。
贅肉だったならばありがたいのだが。あいにく、それはないだろう。
「常に動き続ける戦いになる。フルフルは付呪をかけたらすぐに離脱してくれ」
「分かりました。私も頑張ります」
フルフルは久隆たちが命がけでバイコーンを倒そうとしているのを察した。
「では、いくぞ。フォルネウスは俺に続け。サクラは獲物を捉えておびき寄せてくれ。全員が全力を尽くしてようやく勝てる相手だ。油断はするな」
「了解」
そして、久隆たちが20階層に降りていく。
「フルフルはそこで待機。付呪をかける時間を作る。その前に俺たちに付呪を」
「はい。『このものに戦神の加護を。力を与えたまえ。戦士に力を』」
フルフルの付呪が久隆、フォルネウス、サクラの3名にかけられる。
「そ、それでは健闘を」
「ああ」
久隆は右隣りのフロアを繋ぐ出入口の方に向かい、サクラは今の階層からバイコーンを狙える位置を探る。
「やりますよ!」
ここまで来たらもう静寂は必要ではない。
サクラがバイコーンの頭部に向けて矢を放つ。
ガンッと鈍い音が響き、バイコーンの頭部が揺れる。
それからバイコーンは怒り狂ったように嘶き、サクラを目指して突撃を開始する。
サクラはバイコーンが出入口に向かうのを確認してから移動を開始。
バイコーンはそのまま出入り口に差し掛かり──。
「はあああっ!」
久隆とフォルネウスの攻撃を浴びた。
久隆はバイコーンの首をめがけて斧を振り下ろし、フォルネウスは胸に向けて魔法剣を突き刺す。だが、久隆の攻撃は少し肉を裂いただけに終わり、フォルネウスの攻撃は肋骨によって弾かれてしまった。
「フルフル! 今だ! 付呪を叩き込め!」
「は、はい! 『沼に嵌りて、その足に重荷を! 枷を嵌めたまえ!』」
暴れるバイコーンの速度が低下する。
バイコーンはそのまま出入り口から飛び出し、またサクラの矢を浴びた。今度は腹部に命中した矢がバイコーンを貫く。
怒り狂うバイコーンはそのままサクラを追い続ける。
久隆たちは素早くバイコーンが入ってきた出入り口に入り、次のフロアの出入り口に向かって次の攻撃に備える。
既にバイコーンの首と胸への攻撃は失敗した。久隆が予想したように相手の骨格は装甲車並みの強度であるようだ。
ならば、狙う場所はどこだ?
久隆は動物学者ではない。動物の骨格については詳しくない。
ただ、分かるのは頭部は重装オーガの鎧を貫通する矢を弾き、首への攻撃はやはり骨が攻撃を弾き、胸への攻撃も肋骨によって阻まれるということだった。
では、どうすればいい?
「フォルネウス。お前はなんとかして奴の眼球を狙え。そこには骨はない。俺は頸椎をやれないか試してみる」
「分かりました」
久隆はフォルネウスの短剣で唯一無防備だと断言できる眼球を狙うことと、衝撃に任せて損害を負わせることを狙って頸椎を叩くことを決めた。
どちらかが成功しなければいよいよもって打つ手なしだ。
「来ますよ!」
サクラがそう告げて久隆たちの待ち構える出入口を通過した。その後ろから怒り狂ったバイコーンが突撃してくる。
「今だ!」
久隆はバイコーンの頸椎をめがけて斧を振り下ろし、フォルネウスはバイコーンの眼球を狙う。久隆の斧はバイコーンの肉を裂き、頸椎に衝撃を与えた。だが、フォルネウスの方はバイコーンの眼球を貫くことに失敗した。
バイコーンはその場で怒り狂い、前足を高らかと上げると角を振り回す。
「不味い」
サクラが次の攻撃を放って誘導しなければ、この化け物と格闘戦を行うことになると久隆は背筋がぞっとするのを感じた。
だが、サクラの攻撃は届いた。
バイコーンの前足が着地した直後、バイコーンの眼球をサクラのコンパウンドボウから放たれた矢が貫通し、バイコーンが悲鳴を上げる。
「生き馬の目を抜く、ってこういうことでしょうか」
サクラはそう告げながら第二射の準備に入った。
「上出来だ、サクラ」
久隆はバイコーンに生じた隙を突いて再び頸椎に一撃。さらに振り上げるようにして、バイコーンの首を叩く。今度は骨に妨害されず、首の肉が裂けた。
「はああああっ!」
フォルネウスもこの機を逃すまいとバイコーンの眼球を短剣で貫いた。それと同時に魔法が発動し、バイコーンが眼球から脳に達した刃で焼かれる。
バイコーンはぐらりと揺れるとついに倒れた。
「やりましたね……」
「なんとかな……」
どっさりとした金貨と宝石がその場に出現するのに、フォルネウスと久隆が大きく、安堵したように息を吐く。
「作戦成功ですか?」
「作戦通りとは言い難いが、とにかく討伐は成功だ。この階層はセーフゾーンになる」
「それはなにより」
サクラはそう告げて悪戯気に微笑んだ。
「みんな心配しているでしょうから、レヴィアちゃんたちに伝えましょう」
「ああ。勝利の知らせをな」
久隆たちは19階層に戻っていく。
……………………




