77.失いたくないもの
アレクシアを中心に、俺たちはモードレスに挑む。
俺の言霊で危ないときは動きを止め、隙は他のみんなが作る。
フレミアさんの回復もあるから、致命傷さえ受けなければ死ぬことはない。
問題があるとすれば、俺たちの体力がどこまでもつのか。
「まず間違いなく、あれに体力なんて概念はないだろうね」
「でしょうね。もう一つ言えば、魔力の総量も底が知れませんよ」
「ああ」
後衛で援護する俺とユーレアスさん。
距離が遠い分、前衛で戦うアレクシアたちより冷静に分析できる。
そして分析するほどに勝ち筋が消えていくのが一番困る。
「時間をかけるほど不利になる。とはいっても、無策で挑めば死ぬだけだ。エイト君、喉はまだ平気かい?」
「ええ。まだ大丈夫です」
「無駄撃ちしちゃだめだよ。君の力は、僕らが死なないためにも不可欠だ」
「わかってます」
止める以上の強力な言霊は使わないほうが良さそうだ。
無駄になる可能性が高いし、先に俺の喉が潰れたらみんなを守れない。
ただ現状、押されているのは俺たちのほうだ。
せめてもう一手ほしい。
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アレクシアたちの戦闘を傍観するインディクス。
その傍らには彼を見張るエリザと、先代魔王の娘ルリアナと彼女に仕えるセルスの姿もあった。
セルスは眉をひそめて戦いを見つめる。
「ルリアナ様、私も彼らの援護に入ります。おそらくこのままでは勝てない」
「待つのじゃ爺! それなら妾も」
「なりません」
セルスは力強く否定した。
ルリアナはびくっと身を震わせる。
「お言葉ですが、ルリアナ様があの戦いに入れば間違いなく殺されます」
「じゃ、じゃが……」
「まるで自分は殺されないような言い方だな」
二人の会話に口を挟んだのはインディクスだった。
セルスは彼を睨む。
「どういう意味でしょう?」
「そう睨まないでくれ。私は可能性を口にしたまでだ」
「……私は殺されると?」
「その可能性は高いだろうな。いや、君に限った話ではない」
話ながらインディクスはモードレスとの戦いに視線を向ける。
「見ての通り苦戦している。手が足りないのは事実だ。その理由は彼らが庇い合っているからだ。犠牲を前提にして戦えば勝てるものを、わざわざ不利な方法を選択している。まったく理解できない」
「……何人ですか?」
「ん?」
「貴方の予測では、何人の犠牲が必要ですか?」
「爺?」
不安そうにセルスを見つめるルリアナ。
インディクスは悩むことなく答える。
「最低でも一人は犠牲になるだろう。無論、要である勇者以外の誰かだ」
「なるほど」
「その犠牲に自分がなるつもりか?」
「必要とあらばそうしましょう。元より枯れかけの命です」
「だ、駄目じゃ! 絶対に駄目じゃぞ爺!」
慌ててセルスの服の裾を掴むルリアナ。
セルスはそんなルリアナを諭すように言う。
「ご安心ください。最初から死ぬつもりはありません。ただ私にとってはルリアナ様の命が最優先。そして彼らも、魔王を倒せる彼らを見殺しにはできない」
「爺……約束じゃぞ! 絶対に死ぬな! 誰も死なせるな!」
「かしこまりました」
セルスは剣を抜き、モードレスとの戦いに参戦する。
「セルスさん!」
「遅くなりました。私もこれよりご助力いたします」
「ありがとうございます!」
彼の実力を身をもって体感している彼女たちにとって、彼の参戦は待ちに待ったものだった。
セルスが加わったことで戦闘が安定する。
ただし一時的に。
底なしの力を前に、徐々に戦況は不利へと傾く。
インディクスの発言は正しかった。
彼らは犠牲を前提にしていない。
庇い合い、倒すことよりも、互いが死なないことを優先している。
それでは一歩どころか十歩以上足りない。
「……」
セルスの最優先はルリアナの生存。
と同時に、彼女の心身も気にかけている。
自分が死ねば、彼女は心に深い傷を残すだろうとわかっていた。
だから踏み切れずにいた。
それでも、失ってしまうよりは良いと、諦めたようにため息をつく。
「セルスさん?」
「爺!」
セルスが真正面からモードレスに向っていった。
無謀とも思える突撃に驚く一同と、心配そうな顔で名前を呼ぶルリアナ。
「私が隙を作ります! 皆さんはその隙を――」
命がけの特攻。
それをあざ笑うかのように、モードレスの茨が周囲を覆う。
「なっ、ごほっ……」
「爺!」
「セルスさん!」
茨がセルスの腹を貫く。
一本一本は細いが、鋭い棘が肉を抉る。
危険なのは彼だけではない。
茨は四方に広がっている。
アレクシアたちも吹き飛ばされ、散り散りになって地面に倒れ込む。
「くっ……」
「勇者ぁ、お前は、君は、ここ、ここで死んだほうが幸せだよ」
「【止、まれ】」
言霊によって僅かに動きを止めたが、アレクシアも傷が深い。
一瞬では逃げられなかった。
「くそっ……アレクシア」
「まだ……です」
セルスがアレクシアの前で立ち上がる。
「駄目じゃ……駄目じゃ爺」
ルリアナの瞳が潤む。
決死の覚悟を決めるセルスを見て、彼の死が脳裏に過る。
仲間たちも倒れ、フレミアの治療も届かない距離だ。
「嫌じゃ……せっかく会えたのに、妾は、妾は」
その繋がりを失いたくない。
彼女の思いに、奥底で眠っていた力が応える。






