69.己の起源を知る
「父上……会いたかったのじゃ」
「ああ、私も会いたかったよ。ルリアナ」
本を開く前、涙を必死に堪えていたルリアナ。
今ではそれが嘘のように、大粒の涙を流している。
亡き父親と再会したことで、我慢なんてしていられなくなったのだろう。
抱き着き泣き続ける彼女の頭をサタグレアが撫でる。
そのまま視線を俺のほうにむける。
俺と目が合うと、彼は小さく笑って言う。
「君とは本当に初めましてだね?」
「はい。その……あなたが先代魔王……なんですか?」
「そうだよ」
「……」
「そうは見えないだろう?」
俺はこくりと頷いた。
すると彼は呆れたように笑って言う。
「素直だね。まぁ昔からよく言われていたよ。悪魔らしくないとか、人間みたいだとか。もう慣れてしまったが……それにしても、若い頃の私に似ているな」
「え、誰がですか?」
「君以外いないよ」
俺が……似ている?
確かに、誰かと似ているような気はした。
その誰かで最初に思い浮かんだのは、俺の父親だ。
小さい頃に亡くなった俺の父親と、サタグレアは雰囲気が似ている。
「そうか。だから君に渡ったのかな? いや偶然か。まぁどちらでも良い」
何の話をしているのだろう。
わからない俺は首を傾げる。
サタグレアは、ルリアナの名前を呼ぶ。
「ルリアナ」
「父上?」
「すまない、そろそろ泣き止んでほしい。あまり時間がないんだ」
「え……」
「この空間は、生前に私が残しておいた保険なんだ。そう長く保てない。あと十数分もすれば崩壊してしまう。その前に、伝えるべきことがあるんだ」
そう言って、サタグレアは俺に目を向ける。
「君にもだ」
「俺に?」
「そうだ。リブラルカを止めるためには君の力も必要だ」
「父上? 何の話をしているのじゃ?」
「それを今から説明するよ。まずはリブラルカのことだ。もう知っての通り、私は彼を止められなかった。こうなることはわかっていたのに……不甲斐ない話だ」
サタグレアは未来を予知する千里眼を有していた。
全てを見通せるわけではないが、自身と深く関係する出来事、特に危機には敏感だった。
彼は戦う前から、自分が死ぬことを予感してた。
それでも彼は、説得を試みたのだ。
戦いを好まない彼を、リブラルカは問答無用に襲った。
「私の言葉は彼には届かなかった。どうにかして未来を変えたかった……その結果がこれだ。部下を危険にさらし、娘を一人にしてしまった」
「父上は悪くないのじゃ! 悪いのは全部あいつじゃ! あいつが裏切ったから」
「違うよ。裏切らせてしまった私に問題があったんだ。君を一人にしてしまったのも、彼を説得できると、やり直せると欲をかいたからだ。結局、多くを失ってしまった」
未来が見えていたのなら、他の方法を選ぶべきだったのかもしれない。
説得なんてせずに戦っていれば、結果は変わっていたのかも。
でも……
「彼女は生きている。失ってなんかいませんよ」
「お前……」
「ありがとう。だが、それも永遠ではないんだ」
「どういう意味ですか?」
「私が死の直前に見た最後の予知。それは……私の仇を討とうとリブラルカに挑み、無残に殺されるルリアナとセルスだった」
俺とルリアナが驚愕する。
「そんな……」
「私は後悔したよ。自分の選択がいかに愚かだったのかと……だから最後に、私は自分の力の一部を切り離して、世界に放ったんだ」
それは魔王の因子と呼ぶべきものだろう。
サタグレアは死ぬ間際、悲惨な未来を変えるため、自分の力を誰かに託そうとした。
未来視の力と魔法の力で時間すら超え、魔王の力を宿し、使いこなせる誰かの元へ送った。
「それが君だよ」
サタグレアは俺を指さしてそう言った。
「俺に……?」
「そう。君の中には私の力が宿っている。最後に飛ばした私の力は時空を超えて、君の元にたどり着いた。だから本の仕掛けも解くことが出来たんだ。私の力に反応して、この本は開いた」
彼の手にはいつの間にか、魔王にしか開けないという本が握られてた。
「元々は別の用途で作った物だったのだが、それを上手く活用させてもらった。力を切り離した後で、自分の意識も切り離し、この本に閉じ込めた。こうして、君たちと話をするために」
俺はこの時、彼から感じた懐かしさの理由に気付いた。
父親と似ているとかじゃない。
俺の中に、彼の力が眠っているから。
両親よりも、誰よりも、自分の中にもう一人の誰かを住まわせていたように。
身近な存在だったからこそ、俺は懐かしいと感じた。
魔王軍の幹部たちが驚いた理由もわかる。
言霊使いの力は、本来人間には宿らないのだろう。
それが俺の中にある。
だとしたら、俺が勇者パーティに選ばれたことも全て、最初から決まっていたことのように思える。






