65.もう一人の魔王は女の子?
幼さを感じる声だった。
俺たちは見上げる。
老魔が立っていた場所と同じ天辺に、十歳くらいの小さな女の子が立っていた。
赤黒いくるっとした髪に、ルビーのように赤い瞳。
頭からは小さな角が二本、背中には悪魔の羽、腰の後ろから尻尾が見える。
「爺から離れるのじゃ!」
「何だ? 子供か?」
「いけません魔王様! この者らはただの人間ではありません!」
「「魔王!?」」
老魔の口から魔王と聞こえた。
一番近くで聞いていたアレクシアとアスランさんは、目を丸くして驚く。
あの女の子が魔王?
まったくそうは見えないけど。
「ここは妾の城じゃ! 勝手は許さん!」
彼女は天辺から飛び降りようとしている。
見た目からは強さが感じられない。
しかし、恐ろしく強い老魔が魔王と口にした。
事実であれば、油断できる相手ではない。
そんな細かい理由までは考えられなかったけど、俺は反射的に口が動いていた。
「『動くな』」
強敵だとすれば、絶対に主導権を渡してはならない。
これまでの戦いで学んだこと。
相手の土俵で戦えば、どうしたって苦戦を強いられる。
だから先手を取る。
老魔が無理やり言霊を打ち破った光景が記憶に新しい。
おそらくすぐに解かれると思い、次の手へ移ろうとしていた。
のだが……
「な、何じゃ? 動けんぞ!」
「あれ?」
普通に言霊が効いていた。
「魔王様!」
深い傷を負った老魔が助けに入ろうとした。
しかし傷に痛みが走ったのか、膝が抜けて地面に手を突いてしまう。
演技っぽくなく、本気で焦っているように見える。
「ユーレアスさん!」
「んっ? 全く君はお人よしだな」
俺の意図を察したユーレアスさんが指を鳴らす。
彼女が落下する下には、老魔が弾き飛ばした剣が散らかっていた。
そのうちの一本と入れ替わり、彼女を両腕で受け止める。
「ふぅ、間に合った」
「……」
「あ、えっと、大丈夫?」
「う、うん。ありがとうなのじゃ……って違うのじゃ! きやすく妾に触れるな人間! 何で動けないぃ~」
彼女は悔しそうな顔を見せる。
頑張って身体を動かそうとしているのだろう。
ふんっと息を止めて力を入れている。
「あーごめん。言霊を解除してなかった。『動いて良いよ』」
だからたぶん、タイミングが悪かったのだろう。
動かそうとしていた手が急に動いて、俺の顔面に当たった。
「ぶっ!」
「エイト君!」
い、痛い……
殴られた顔を抑える俺と、心配して駆け寄るアレクシア。
抱きかかえていた女の子は殴られた拍子に離してしまった。
自由になった彼女は偉そうに腕を組む。
「ふ、ふん! 妾に無断で触れたのじゃ! それくらいで済んで幸運だったと思うがよい! た、助けてくれたことには感謝するが……」
「ど、どういたしまして?」
「調子に乗るな! 妾は魔王じゃ!」
元気いっぱいに叫ぶ彼女を見ていると、何だかほっこりする。
戦う相手ではないように感じて、気が抜ける。
そしてもう一人、彼女が無事だったことで気が抜けたのか。
「っ……」
「爺!」
老魔がへたり込んだ。
傷が深いにも関わらず、無茶をして動こうとした所為だろう。
倒れた老魔を見た彼女は、俺とアレクシアを無視して老魔のほうへ駆けていく。
「爺! 爺しっかりするのじゃ!」
「魔王様……お逃げ……ください。私はもう……」
「何を言っておるのじゃ! 爺は妾が助ける! だから、だから妾を……一人にしないで」
彼女の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
その涙は嘘偽りなく、本物の悲しみが宿っていた。
俺たちは互いに顔を見合い、そして頷く。
ユーレアスさんが言う。
「フレミアさん、頼めるかい?」
「ええ」
「すまないね」
「構いません。私も見ていられませんから」
フレミアさんは優しく微笑み、倒れた老魔の元へ歩く。
そのまま両手を握り、回復魔法を唱えた。
彼女の回復魔法は、生きてさえいればどんな傷でも治すことが出来る。
老魔の傷は一瞬で消えてなくなった。
「こ、これは……」
「爺……爺!」
老魔に抱き着く女の子を見て、微笑ましさを感じる。
フレミアさんの表情も、助けて良かったと思っているように見えた。
「な、なぜ私の傷を?」
「さて、どうしてでしょうね」
「その辺りも含めて、僕らと一度話をしませんか?」
ユーレアスさんの提案に、老魔はしばらく考えていた。
そして答える。
「わかりました。どうやらあなた方は、私が考えているような人間ではないようですね」
「爺?」
「一度話を聞いてみましょう。もしかすると、我々の目的に繋がるかもしれません」
「……爺がそう言うなら」
二人とも了承して、俺たちは一時休戦することになった。






