第十七話 『知りたい。分かり合いたい』
本日2度目の更新です。
今回は少し短めですが、もしかしたら明日もう一話更新できるかもしれないので、頑張ります。
光に照らされた千秋ちゃんの顔は、いつもの優しげな表情とは程遠いものだった。
生気のない虚ろな瞳。
頬は薄汚れ、青白くなった唇は小さな吐息を漏らしている。
そして──目元からは涙が伝っていた。
「よう、千秋ちゃん。息災かい?」
嘘だ。聞かなくても、そんなの見れば判る。
彼女の痛ましいその姿を見て、何故そんなことを言えるのか。
無事なら、彼女はそんなに悲しげな瞳をするだろうか。
苦悩と絶望に塗れた少女の姿が、今、目の前にある。
「そんな風に……見えますか?」
「……いや。どう見ても、息災には見えない。今の千秋ちゃんは……」
まるで、死人のようだ。
「どうして、ここにいるって判ったんですか?」
「千秋ちゃんの優秀な親友様が心当たりを教えてくれてな。ただ道を真っ直ぐ進んで追い付いたんだよ」
「灯里……ですか。確かに灯里ならここは判りますね……それで? 灯里は一緒じゃないんですか?」
「一緒じゃないよ。灯里に千秋ちゃんを頼まれたからな」
訝しげな視線を、俺はしっかりと受け止める。
今の千秋ちゃんには、誤魔化しだのなんだのは逆効果だ。
真摯に向き合い、そしてぶつかり合う。
千秋ちゃんに心を開いてもらい、そして理解するにはこれしか方法はない。
「頼まれた……?」
「あぁ、百合ちゃんのことを……そして悪い事をした千秋ちゃんの事をな」
託された。頼まれた。
爺さんも、真白さんも、そして灯里や村の人たちも。
全員が千秋ちゃんと百合ちゃんの事を思い遣ってくれている。
だから俺が代表して二人を連れ戻す。
「そうですか……それで? 私を連れ帰るんですか? 『後は俺に任せろ』なんて言って、私の代わりに百合を探しに行くんですか?」
「────」
それは初めて聞いた言葉だった。
あの千秋ちゃんが、温厚で誰かの事を一番に考えてくれる千秋ちゃんが。
人を傷付けるための悪意を乗せた言葉を発する。
「そうだとしても、私は帰るわけにはいきません……! 私は百合を探して無事に皆の下に返さないといけないの! 百合は家族の宝で、村の宝で……あの娘が失踪した原因を作った私が責任を取らないといけない! それが私の贖罪なんですよ……!」
涙が引いて赤く腫れていた目元から、また雫が零れ出す。
感情の吐露。
まだ成人もしていない少女の弱い心が悲鳴を上げた。
だからこそ、俺に出来ることは限られている。
「そんなつもりはない」
「え……?」
「言ったろ? 俺は千秋ちゃんを頼まれた。だから来た」
ただ連れ帰すだけなら、俺じゃなくても良かったはずだ。
でも、皆は彼女を託せるのは俺しかいないと言った。
家族である爺さんや真白さんでもなく、親友の灯里でもなく、長年過ごしてきた村の人々ではない、この俺に。
──だから、
「──俺は、お前を説教しに来たんだぜ?」
◇ ◇ ◇
「説教……?」
「あぁ、自分勝手に飛び出して人さまに迷惑をかけた女の子にな」
それを聞いた瞬間、千秋ちゃんの目つきが変わった。
聞き捨てならないと言った具合に、俺のことを睨みつけてくる。
「貴方に……貴方になにが判るんですか……?」
「判んねぇよ。千秋ちゃんの父親のことも、なにがあったのかもな。興味はないって言ったら嘘になるが、別に判らなくても俺にとっちゃどうでもいい」
「なっ……!?」
千秋ちゃんの過去に何があったのか。
俺には聞く権利なんてない。
軽々しく聞いていいものでもないだろうし、聞く必要もない。
千秋ちゃんから話してもらえなきゃ、前には進めないんだ。
「どうして……私の父の事を……!」
「千秋ちゃんの様子見りゃ、大体は察せる。で、その悲しい現実を直視しなくてずっと罪意識を感じているなんて──そんなのは馬鹿だ」
「──っ!! 神谷くんっ!!」
「そりゃそうだろ。前を見ろよ。逃げてきた俺が言うのもなんだけどさ。今の千秋ちゃんは……ただの臆病な子供だよ」
「────ッ!」
言い切ってやった。
千秋ちゃんの心に潜む闇を、トラウマとなっている部分をわざとつついてやった。
怒りに染まる彼女の姿を見て、俺はどこか満足げに微笑んだ。
「なにも知らないくせに……!」
「だから言ってるだろ。俺はなにも知らないって」
「なにも判っていないくせに……!」
「判っていないな。そうだ。俺は確かに千秋ちゃんやこの村で起こった出来事を理解しているとは言えない」
『でも、』と一息吐き、
「俺に判ろうとさせないのは……俺に心を開いてくれない人は……千秋ちゃんの方なんだぜ?」
「────」
呆気に取られたように、彼女は目を見開いて、俺を見つめる。
予想外の切り返しだったのだろう。
次の言葉が出ていなかった。
「俺に判ってもらいたいのなら、理解してほしいのなら、俺に話してくれないか?」
「……神谷くんに話して、なんの意味があるんですか?」
「判んねぇよ。だって俺はなにも知らねぇ。千秋ちゃんの心に触れようとしてこなかったんだから。そして、千秋ちゃんも触れてこようとはしなかった。それで判るわけがない」
美春を失って、人と触れ合うのが怖くなった。
裏切られたくないし、失望されたくない。
素の自分は好かれる価値なんてあるのか、俺には判らない。
だけど。
立ち止まっているだけじゃ。
触れ合おうとしていないんじゃ。
俺は、なにもかも判らない。
「教えてくれ。千秋ちゃんの過去を。想いを」
「私、は……」
「俺は前を向くと決めた。それを教えてくれたのはこの村だ。そんな俺の恩人が蹲っているのなら、俺は手を引いてやりたい」
千秋ちゃんの心の闇を、解決できるのなら。
少しでも彼女の気持ちを分かり合えるというのなら。
俺は、知りたい。
過去の事ではなく、今の千秋ちゃんの事を……!
「どうしても……ですか?」
「千秋ちゃんの思いが知りたいんだよ。父親の事よりも、俺は千秋ちゃん自身が知りたい。分かり、合いたい」
そう言った俺の事を、困った表情で見つめて。
千秋ちゃんは、ゆっくりと過去の事を話し出した。
明日更新……かも。




