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騎士、再び

 確かヴァルザー男爵の子と言っていたか、彼はビビッた様に下がって仲間の後ろに隠れる。一緒に怒鳴っていた二人も慌てて後ろに下がって隠れ、下を向いていた二人が前へと押し出されあうあうしている。


「申し訳ありません、レンさん。すぐに下がらせますので。」


 奴隷の暴挙に棍棒を振り上げていた奴隷商の使用人達は、奴隷が大人しくなったのを見て棍棒を下ろして奴隷商の指示を伺う。当然だが奴隷商は慌ててバルドゥイーン達を下がらせようとした。だがバルドゥイーンを諫めようとしていた男が待ったを掛けた。


「あいや、しばらく。しばらく。

 先程の暴言はお詫びしよう。


 それで商人殿はこれからカウマンス王国に戻るのだろうか。」


 奴隷商はこちらを見てどうするかを目で問う。面倒くさいと思いながらも俺は何気なく答えた。


「騎士殿、私は確かにカウマンス王国への帰途ですが、

 それが何か。」


「おお、そうでしたか。しばしお待ちを。


 若様、ここはこの商人殿のお力を借りて領へ戻られるのが最善かと。」


 コイツ、何を言ってるんだ。俺が金を貸して解放しろと言うのか。それを聞いたバルドゥイーンは、仲間達の一番後ろから顔を出し、もの凄く嫌そうに俺を睨みながら言った。


「むぅ、あな悔しや。

 商人よ、我をここから解放し、我が領まで送るのなら、

 これまでの貴様の数々の無礼、罪を減じてやらぬでもないぞ。」


 俺はそれを聞き、即座に奴隷商へと言った。


「チェンジで。」


「何と。身の程も弁えぬ下人がぁっ。」


 バルドゥイーンが吠える。


「若様、何卒(なにとぞ)ご寛容を。


 商人殿、若様は轗軻数奇(かんかすうき)なる身の上なれば、

 少しばかり錯乱されているご様子。」


 その男はそこまで言うと、膝を突いて頭を下げた。


「貴様、テオフィル。

 その様な下郎に頭を下げるとは、気でも違ったかぁ。」


「商人殿、若様に代わって(それがし)がお詫びを。


 その上でお願いがござる。

 是非とも某を買って頂きたい。


 某を買って頂ければ誠心誠意働くでござる。

 その代わり御館様(おやかたさま)の領地に立ち寄って頂くか、手紙を出させて頂き、

 若様の現状を御館様にお知らせさせて下され。」


 ふむ、理屈の分かりそうな男だし、義理堅いようにも思える。ただ6人の中で一番背は低く身長は170㎝くらいか。俺のいた時代の日本でなら平均的な身長だが、この世界に来てからは武闘派なら身長190~200cmは当たり前の中で、彼の身長は兵としては如何にも頼りない。


「テオフィ~ル。

 貴様、我を裏切り一人で逃げ出そうというのではあるまいな。」


 アイツほんと、うるせいぇな。それにしても、このテオフィルという男、信じられるだろうか。ハッキリ言って俺に人を見る目は無い。この場でだけそれらしい事を言って、ヴァルザー男爵の所へ行けば息子の仇と男爵に復讐されるかもしれない。


「若様、このテオフィルのマイエ家。

 3代前からヴァルザー男爵家にお仕えし、ご恩をお受けしていますれば、

 この命を惜しむ事など決してありませぬ。」


 だいたいマニンガー公国との戦争で捕虜になって奴隷になった、その奴隷がカウマンス王国に来たら奴隷のままにしておけるのか。一般の平民ならともかく、貴族の家来ならこれ幸いと無償で解放となったりしないだろうか。

 この男も3代の恩とか言って、俺を裏切る可能性もあるのではないか。ん、待てよ。男爵に知らせると言っても、マニンガー公国側もいきなり奴隷にしたりせずに、最初は身代金交渉となるだろう。

 男爵が身代金を払わなかったから、バルドゥイーン達が奴隷になっているのだとすると男爵はとっくにここにいるのを知っているのではないか。そう考えるとこのテオフィルも逃げたいだけか。


 うん、リスクばかりが目立ってメリットが見えない。俺はもう一度奴隷商に言った。


「チェンジで。」




 白壁の街テンツラーを2台の馬車が出て行く。テンツラーの奴隷商にもガイガー商会が違約金のカタに売った御者達が安めに売っていた。しかし、俺の欲しい道中の安全を確保する為の戦力は、やはりそう安く売ってはいなかったので買わずに出たのだった。

 ここからは国境を越える為、警戒レベルは上げていかなければならないだろう。そう思ったところで、街道脇の岩陰に人の気配がする。それもヤバイ奴だ。ぶわっと一瞬で()いた冷汗が背中を伝う。

 俺は馬車を止めると、護衛の傭兵団『(アイロン)(シールド)』に岩陰を見て来てもらうよう頼んだ。そしてしばらくすると『鉄の盾』は一人の人物を連れて戻って来た。


「ヒッ。」


 思わず俺の口から悲鳴が漏れる。


「おいおい、そんなに怖がるんじゃねぇよ。

 別に殺しに来たって訳じゃ無いんだからよ。」


 そこには身長2m近い細マッチョが長剣を腰に佩いて立っていた。エトガルの手下だったザンという男だ。


「そ、それでは何の御用で。」


「俺を雇え。」


 雇え、雇え、雇えかぁ。俺を殺し掛けといて何を平然と言ってるんだろう。色々聞きたい事もあるが、一番大事な事を聞いてみる事にした。


「おいくらでしょうか。」


「ん~、月金貨20枚(200万円)ぐらいか。」


「それはちょっと、うちの様な小さい商会では。」


「そうか。じゃあ、飯と寝床と酒だけでいいぜ。

 あとは出来高払いだな。」


「出来高払い?」


「一人殺したら幾らって感じだな。」


 いわゆる何かあった時に、先生お願いします、と言って金を払うタイプの雇用だな。俺は怖いので言うがままに雇った。どうやらエトガルが落ちぶれて、マニンガー公国に居づらくなったとか。指名手配されていないらしいのは幸いか。

 こうしてさらに一人増えた隊商は、ペルレに向けて帰るのだった。ビクビクしながら。

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― 新着の感想 ―
チェンジしろよw
[良い点] ああ……このヘタレ具合が実にいい。 刺さります。
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